第30話
まだ正午前だというのに、夢幻魔法に関する碌な情報が得られず、既にアイルは徒労感でいっぱいだった。
「悪い、ライラ。こんなはずじゃなかったんだが……」
「私は大丈夫。記憶が無くても不便なことなんてないし。お家にはふかふかのベッドもあるし、今の生活は結構楽しいよ。それに、私のために頑張ってくれてるってだけでも、嬉しいから」
「ライラ……」
いつに無く饒舌なライラ。嘘偽りない心からの言葉なのだろうが、アイルを慰めてくれようとしてるのは明らかだ。彼はそれ以上何も言えなくなる。
「あ、でも、早起きして依頼に行くのはちょっと嫌かも」
場を和ませようとしてくれたのだろう。ライラの気遣いを無為にして、いつまでも暗い顔をしてるわけにはいかない。
「そうだな。帰ったら、依頼の時間をずらせないか、ソフィアさんに打診しておこう」
「うん、ありがとう」
ライラは小さく笑う。
何となくだが、背中にのしかかっていた重荷が軽くなった気分だ。
「おーい!」
後ろから子供の声が聞こえる。続いて、細かい間隔で近く足音。それは、ちょうどアイルたちの真後ろで止まった。
「ねえ」
明らかにアイルたちに声をかけている。誰だろうと振り返ってみると、案の定知らない子供だった。だが、その目は他でもないアイルをしっかりと見ている。
「俺か?」
「うん。はい、これ」
子供が差し出してきたのは、二つ折りにされた白い紙。
「これは、手紙…… ? 俺たちに?」
「うん。さっき男の人に頼まれて」
「男の人?」
わざわざ子供を介して手紙を渡すなんて、どういう了見なのだろう。
「名前とか聞いたりしてないか?」
「ううん。銀髪の女の人と一緒にいる、黒髪の男の人に手紙を渡してくれって言われただけだから何にも」
「そうか…… わかった、ありがとう」
アイルが礼を言うと、子供は踵を返し駆けていった。
「誰からかな…… ?」
「さあ」
興味津々といった感じのライラにも見えるよう、アイルは二人の間で紙を開いた。
「これは……」
『お前の秘密を知っている。今から一時間以内に、北西にある遺跡に来い。他の人間に助けを求めれば、この秘密を公にする』
アイルは手紙から目を離すと、素早く周囲を見回した。街を行き交う群衆、家屋の屋根、路地裏に続く建物の間。しかし、こちらの様子を窺っているような怪しい人間はいない。
「この手紙って……」
隣から手紙を覗いていたライラが、少し遅れて反応をする。
「脅迫文といったところだろうな」
「でも、誰が? 秘密って夢幻魔法のことなのかな?」
「俺の秘密なんて、そのくらいしか思い当たらない。そして、そんな事を知っている奴は数えるほどしかない」
アイルの脳裏には、三人の人物が浮かんでいた。だが、その内の一人は既に王都にはいないはずだし、仮にいたとしても、彼を脅すような愚行は犯さないはずだ。そして、もう一人は子供の伝言とは性別が食い違う。よって、消去法からたどり着いたのは、未だ再会を果たしていない一人の少年だ。
「行くの?」
「ああ。何にせよ、そのことを公言されたら、俺たちは普通の生活が送れなくなる。ライラはギルドに戻っていてくれ」
あまり遅くなると、本当に夢幻魔法のことを暴露されるかもしれない。しかし、そんなアイルの袖が引っ張られた。
「私も行く」
「いや、呼ばれているのは俺一人だけだ。ライラは危ないからーー」
「アイルに何かあったら、嫌だから」
その真剣な声音は、簡単に引いてくれそうもない。
「だが……」
「師匠の命令」
アイルは目を丸くした。あんなに師匠と呼ばれるのを嫌がっていたのに。それほど心配しくれてるということか。
「わかったよ、師匠。でも、夢幻魔法を使うのは最終手段だぞ?」
「うん!」
王都を抜け、周りに警戒しつつ目的の場所を目指す。
見えてきたのは、草原に佇む朽ち果てた建造物の跡。床であった部分は、岩の大半が無くなり代わりに緑が覆っていた。巨大なボロボロの石柱は、ツタが成長するために丁度良い支えへと変わっている。
その石柱に寄りかかる一人の男。
「ほう。逃げずに来たか」
だが、それはアイルの予想していた人物のどれでもなかった。
「あなたが手紙の差出人なんですか? レナードさん」
そもそも他に人影が見当たらないので、レナードであることはほぼ確定だ。しかし、もしものこともあるので一応聞いてみた。
「なんだその顔は。誰か他の人間を想像していたか?」
「ま、まあ……」
やはり、レナードがあの脅迫文を寄越した張本人らしい。てっきりレイリーかと思っていたので、出鼻を挫かれた感じが否めない。
「ふ、それだけ隠し事が多いということか。それより、なぜその子も連れてきた?」
「どうしても来たいって、聞かなかったので」
視界には入っていないが、隣から抗議の視線を感じる。
「そうか。目的はお前一人だったが…… 別に構わん」
「それで、俺の秘密とは一体なんのことですか?」
「この期に及んで、まだしらを切るつもりか」
「そんな事を言われても、本当に思い当たる節がなくて」
アイルは本心からそう言う。
まさか、レナードが夢幻魔法の事を知っているとは思えない。だが、彼の表情を見るに、何かしらについて確固たる証拠があるのだろう。
「そうか。なら、私が教えてやろう。貴様、烈風焔刃からの回し者だな?」
「は?」
あまりに突拍子もない、そして、的外れな発言にアイルは開いた口が塞がらない。
「いやいや、どうしてそうなるんですか。何か根拠でもあるんですか?」
「もちろんだ」
レナードは石柱から背中を離した。
「まず第一に、貴様の出身が烈風焔刃リーダーと同じということ」
「それは俺の出身を調べた時点でわかっていたことでしょう? それに、それだけで仲間と決めつけるには早計だ」
「まあ、そうだな。これだけでは、まだ憶測の域を出ない」
まだ手札は残っていると言いたげな、余裕に満ちた声。
「初日の依頼を覚えているか?」
「スキア・サラマンダーの討伐のことですか?」
「そうだ。あの時、村人は翼の生えた魔物に襲われたはずだった。だが、貴様が討伐したというスキア・サラマンダーにそれはない」
「翼の件は錯乱していた村人の見間違いだったと」
「いいや。後日、あの村へ確認に行ったら、飛び去っていく翼の生えた竜種を見たと」
あの竜種が生きていたことに安堵した反面、目立たぬように行動できなかったのかと少し呆れる。それにしても、わざわざ確認に行ったのか。
「なぜ隠していた?」
「それは……」
とっさに上手い言い訳が出てこない。
「それ以来、竜種による被害が出なかったから良かったものの、その竜種が再び村を襲っていたら氷晶の薔薇の評判に大きな傷がついていたところだ。お前の狙いはそれだったんだろ? あいにく、竜種には裏切られたらしいが」
「ですが、スキア・サラマンダーは討伐しました。それで氷晶の薔薇の評価も上がったでしょう?」
「細かいことは関係ない」
そういうところは爪が甘いようだ。
「そして、最後だ」
まだあるのか。
「ヘンリーに聞いたぞ。貴様、烈風焔刃にいた運び屋と親しげに話していたそうじゃないか」
ヘンリーというと、りんごを地面に落としてしまったところをアイルたちが助けた、薔薇園の少年だ。
「私たちが奴を追っていた時も邪魔をしたが、それも納得。やはり、繋がりがあったということだ」
どうやら、知らず知らずの内に怪しい行動を積み重ねてしまっていたようだ。これでは言い逃れするのは難しい。
「私の見解に間違いがあるか?」
「色々と間違ってますが、弁解したところで、あなたの気は変わらないでしょう?」
「当たり前だ」
もう戦闘は避けられないと、アイルは悟る。
「ライラ。せっかく付いて来てくれたが、ここは俺に任せてくれ」
「…… 程々にしてあげてね?」
「ああ」
ライラは小さく頷くと、十分に距離を取った。
「貴様…… 一人で氷晶の薔薇副リーダーに勝てるとでも?」
自分が小馬鹿にされていると思ったのか、レナードは酷く苛立たしげだ。
「元より、一対一の果たし状だったじゃないですか。それより、聞いておきたいことが」
「なんだ、言ってみろ」
「なぜこんなところに呼び出したんですか? ソフィアさんに相談するなりした方が良かったと思いますが」
「ソフィア様にこれ以上余計な負担をかけさせる訳にはいかない。ここで私が貴様を仕留めれば、烈風焔刃はその幕を閉じる。そして、その功績者は私だ」
最後の一言にレナードの真意が集約されている気がした。
空中にいくつもの魔法陣が浮かぶ。
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