第7話
……この十年、ホスト業界で名を馳せ、夜の世界でしか物の尺度を測れなくなっていた。しかし、こんな俺にも就職活動に精を出した時期もあった。だが、どんな仕事も長続きせず、気が付いたら夜の世界に身を投じていた。
人気が出るようになってからは、金銭感覚が麻痺し、女イコール金としか見られなくなっていた。そんな堕落した自分にさえ気付かぬままに今日まで来た。
だが、この彩花という女が、熱かった若い頃の、あの思いを再び掻き立てた。このまま、虚飾の世界で生き続けたとて何になる。それより、まともな仕事で達成してみたい。第二の人生を生きてみたい。
だが俺には、一昨年入籍した妻と、生まれたばかりの子供がいる。納得のいく慰謝料と養育費を払って離婚するのは簡単だが、戸籍には×が残る。何一つ資格を持たない三十過ぎのバツイチには不利だ。しかし、どうにかしてこのチャンスを活かしたい。……どうすればいい。
野球帽を目深に被り、マスクをした和弥は代々木公園に行くと、ブルーテントが集まった場所で、同世代のホームレスを物色した。
あっ、居た!
条件に
人目につかない路地裏に
「仕事は明日だ。ホテル代をやるから今夜はビジネスホテルにでも泊まって、その服に着替えてくれ。それと、先方は身元を気にするお方だ。何か身分を証明するものはあるか?」
和弥はアウトローを演じた。
「……期限切れの免許証と保険証が」
履歴書に書かれた一つ年下の〈斉藤英行〉が、手垢で汚れたリュックサックの中を漁った。
「先方は神経質だ。斉藤さんがホームレスだと知ったら、この
「あ、はい」
斉藤が手渡した免許証と保険証は間違いなく本人のものだった。いよいよ、架空の仕事を持ち掛けた。
「明日の十時、渋谷にあるビルに行って、永田という男に後ろにある袋を渡してくれ。住所を書いたものは後で渡す。……何、ジャブとかハジキじゃないから安心しろ。単に俺の顔見知りだとまずいだけだ」
「……はい」
和弥が用意しておいた高級幕の内弁当を、斉藤は旨そうに頬張っていた。
「酒を呑むなら後ろにあるぞ。旨いか?」
「ええ。久しぶりです、こんな旨い弁当」
「履歴書には佐賀とあったが、いつ東京に?」
「高校卒業してすぐです。もう十年以上になります」
「なんでまた、ホームレスなんかに」
「六年勤めた工場が倒産して、負債を抱えた社長が、……自殺したんです。そのことがあってから生きる希望をなくし、働く気力もなくして。気が付いたら、公園のベンチに居ました」
「……親は?」
「俺が六歳の時に母が、二十歳の時に父が。母は病気でしたが、父は事故で」
「……天涯孤独か?」
「……はい」
「……寂しいな。妻や子は?」
「こんな
斉藤は苦笑いしながら、和弥が手渡したカップ酒を
「兄弟や親戚もいないのか?」
「一人っ子ですから。ま、親戚ぐらいはいるでしょうが、……
斉藤は
和弥は
①このままホストを続け、年老いたら年金で暮らす。
②彩花と結婚。社長の椅子という将来は保証されている。
一条和弥の本名は妻の裕美以外、店の者は誰も知らない。「ラブリー」に入店した時も、以前働いていたクラブからの引き抜きで、履歴書というものを書いていなかった。水商売にはそんな特権がある。つまり、面接の時点で売れると見込んだら経歴など問題にしない。店側は実力重視なのだから。
車窓から辺りを見回すと、夕闇に包まれたビルが
斉藤を
後部座席のドアを静かに開けると、用意していたゴム手袋をして紐を握った。
「……すまない」
和弥は小さく呟くと、鼾をかいている斉藤の首に紐を回した。――そして、埼玉の山中に埋めた。
裕美を納得させるために和弥は話を作った。
「……今の仕事を辞めようと思う。子供のためにも。建設の仕事が見付かった。だが、各地を転々とする。家には帰れない。お前には苦労をかけるが、毎月の生活費と養育費は振り込むから安心しろ」
ホストを辞めてくれることが嬉しかったのか、裕美は涙目の笑顔を向けた。
当夜、彩花から店に電話があった。
「急用で今夜は行けそうもないの。明日の午後四時に、成田にあるGホテルの五〇五にいらして。父が会いたいんですって――」
(ヤッター! 殺った
和弥は天にも昇る気持ちだった。
(翔、悪いな。俺の勝ちだ。ハッハッハッハ!)
珍しくお茶を
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