第276話バレンタイン企画チョコ作り対決7
「…………あれ?」
明らかに一回一回の咀嚼をゆっくり慎重に行った晴先輩。だが、嫌そうだった表情は早まる咀嚼スピードと共に困惑へと変わった。
「まずくはない……いやむしろそこそこいけるかも」
「え゛」
そのまさかの反応に皆驚いていたが、一番驚いていたのは作った本人であるネコマ先輩だった。珍しくかわいげのない声まで出してしまっている。
「ま、マジか? え、おえぇとかないのか?」
「ちょっと待って、もう一口食べる…………うん、やっぱりいけるよこれ!」
「そんなバカな……」
企画としてはその反応はおかしいように思われるが、今回のネコマ先輩の目標は晴先輩に一矢報いること。まさかの敵に塩を送る結果にこれまた珍しく見るからに狼狽え始める。
「嘘だろ? だってチョコ纏ってるとはいえそれキャットフードだぞ?」
「いやそれがね、このキャットフード味が薄いみたいでチョコの味しかしないんだよ。でも食感はあるから堅めのチョコフレークみたいになってる! ちょっと飲み込んだ後に変な匂いするけど、逆に嫌なのはそれくらいかな」
「な、なんだそれ、じゃあネコマは何の為にそれを作ったんだよ……」
「バレンタインチョコあざす」
「そんな言葉が聞きたいんじゃなかったのに……」
ガックシとその場に頽れるネコマ先輩。ショックの後は悔しさがやってきたようで、ぐぬぬと歯を食いしばる。
「これなら同じキャットフードでも猫缶とかのウェットタイプを使えばよかったぞ」
「……というか、なんで最初からそれを使わなかったんですか? カリカリよりはずっとまずそうな物作れる気がしません?」
気になったので聞いてみると、ネコマ先輩は視線を床に逸らして歯切れ悪くしながらこう言った。
「いやだってさ……あまりにもまずい物だとさ、それはその……食べる側が可哀そうじゃん」
「優しいところ出ちゃってるじゃん。絶望的に人柄が復讐に向いてないじゃないですか」
「う、うるさいぞ!」
良心が残っていては復讐など成り立たない。ネコマ先輩は最初から牙を見せるだけで剥いてなどいなかったようだ。
コメント
:ネコマーかわいい
:なんかマジのほのぼの企画になってきたな
:むしろ不憫キャラが更に加速しちゃったよ
:商品名をかいぬちへのふくちゅうちょこに変えろ
<宇月聖>:場所を知ってたらシオンが物欲しさのあまり現地まで全力疾走してそうな名前だね
:やば、お前の彼女ライブオンじゃん
:今のシオンママならやりそう
:道中にどんな困難があっても目的地まで走ることをやめなそう
:It's My Lifeかな?
:人生見つめ直してどうぞ
<宇月聖>:It's My Wifeだよ
「それにしても意外だ、こんな組み合わせもありなんだなぁー。私も見識が広がった気がするよ」
むしろ復讐どころか晴先輩に新たな発見を与えてしまっただけのような……まぁ平和なのが一番か、よかったよかった。
「これはあわっちの生チョコとどっちが上か迷うね」
「ちょっと待ってください」
それは全くよくない。
「え、嘘ですよね? 私の生チョコってそんなにダメでしたか?」
「いいや! ちゃんとキャットフードチョコと同じくらい美味しかったよ!」
「いやそれ印象操作になってますって! 嫌だ! キャットフードに負けるのだけは嫌だ! そんなことになったら立ち直れない!」
「大丈夫だ師匠! 俺の仙豆がある!」
「それはただのカカオ豆でしょうが! トドメ刺す気か!」
「むぅ、そんなにまずいのかな? 見た目割とうまそうだけど(ポリポリ)……ゴフォァ!? 水! 水!」
なにやってんのこの子……。
晴先輩も一度口の中をリセットする為に水を飲み、次の品へと進んだ。
「さてさて! 最後はエーライちゃんの作った動物チョコクッキーだね!」
「召し上がれ~! 絵は微妙でもちゃんと作ったから味は確かなはずなのですよ~」
「いただきます! むぐっ……!? こ、これは!!!!」
クッキーを食べた瞬間、晴先輩の目はこの企画中で明らかに一番の輝きを放ち、その時にはもう勝負は決していた。
バレンタインチョコ作り対決――勝者・苑風エーライ!
「ふんふふ~ん♪」
企画が終わり、後片付けを手伝っている晴先輩を除くライバー勢は只今帰り支度中、エーライちゃんは未だ上機嫌だった。
調理の手間もそうだし、ダガーちゃんの笑顔を守ったりと色々苦労していたから、負けはしたもののこの結果も後味は悪くない。(後者は私のせいでもあるし……)
私VSネコマ先輩も、商品化不可能な点からネコマ先輩のチョコに順位が付かず、必然的に私の勝利になった。味で並ばれただけでも悔しいがまぁいいだろう。ちなみに復讐できずショックを受けていたネコマ先輩も切り替えがうまいのか今ではケロッとしている。
だけど……。
「ぅぅぅぅ……時間を戻したい……俺も鳳凰院〇真みたいになれれば戻せるかな……」
順位が付けられる中では当然のように最下位だったダガーちゃんは未だに引きずっていた。
「ダガーちゃん、突然の企画だったわけですから、なにも反省することはないんですよ。むしろ晴先輩はよくやったと思っているはずです」
「そうかなー?」
「ライブオン的には一位だったぞ!」
「新人とは思えないくらいおもしろかったのですよ~」
「そっかー……うーんそうかなぁ……もっとかっこよくこなせた方が理想なんだよなぁ……」
皆からそう言われても、譲れないなにかがあるのか釈然としない様子のダガーちゃん。
元気になってほしいんだけど、なにかしてあげられないかな。
そう考えながらカバンを整理していると、中にストゼロが一本入っていることに気が付いた。携帯用は二本持ってきていたので、余った一本というわけだ。
そうだ! これをすっとダガーちゃんのカバンに仕込めば、家に帰った後とかに気が付いて喜んでくれるんじゃないかな? サプライズプレゼントみたいな!
自意識過剰かもしれないが私のことも好いてくれているみたいだしマイナスにはならないでしょ。大して喜んでくれなくても飲んで酔って今日のミスを忘れて寝るのもそれもまたよし!
……って、あれ?
「そういえば、ダガーちゃんっていくつなんですか?」
「あー? 前に二十歳になった!」
「ええ!? 成人済みなんですか!?」
「おうよ!」
ちっこいし無邪気だから未成年なのかと思った……。
あと記憶喪失なのに分かるんだって思ったけど、もうそこはツッコむのすら野暮に思えてきたから今はいいや……。
「つーかさ、よく考えてみろよ。ガキをライブオンにぶち込むとかそれもう犯罪だぜ」
「その通りとはいえ凄いこと言いますね……匡ちゃんはいいんですか?」
「……ギリセーフ」
まぁ成人済みならあげてもいっか。
私はこっそりとストゼロをダガーちゃんのカバンに入れ、現場は解散となった。
帰宅してしばらく経った後、こんなチャットがダガーちゃんから届いた。
<†ダガー†>:師匠! これ!!
同時に私が仕込んだストゼロの画像も送られてくる。どうやら気づいてくれたみたいだ。
<心音淡雪>:企画を頑張ったご褒美です。そこそこ強いお酒なので慣れてないうちはゆっくり飲むんですよ
<†ダガー†>:貰っていいの!? やば! 神! 師匠マジ神! ありがとー!!!!
ふふっ、神は過剰だと思うけど、ちゃんと喜んでくれたみたいだ。よかった。
こうしてサプライズで開催されたバレンタイン企画は、同じサプライズによって締められたのだった。
「ふふ、ふへへへへぇ~……」
ライブオン五期生であるダガーの家、その台所にある開かれた冷蔵庫の前では、長らく奇声が聞こえ続けていた。
その発生源は家主でもあるダガー、発生理由は冷蔵庫のセンターポジションに鎮座した一本のストゼロ。
「ぁ~↑! 貰っちゃった! 師匠からのストゼロ! これはとんでもないお宝だ~!」
憧れのストゼロからストゼロを貰うというシチュエーションに、ダガーはカカオ豆のことなど忘れて歓喜していた。概ね淡雪の目論見は成功したわけである。
「どうしよ! 保存したいけど同時に飲んでもみたい! どうしよ~!」
だが忘れてはいけない――
「あぁ~ただでさえ面白いのに大切なところで優しい師匠好き~! もっとファンになっちゃう~! そうだ! まずはリスナーさんにもこのことを共有しないとな!」
このプレゼントが花束でもアクセサリーでもなく、ストゼロだということを――
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