第274話バレンタイン企画チョコ作り対決5

「はい! 後は冷やして固めたものをカットして、淡雪のキャラに合わせて粉糖を振りかければ完成です!」

「お疲れ様ー! うまく出来てそうだね!」


 ワイワイとしながら作っていたこともあって思ったより時間がかかってしまったが、生チョコがほぼ完成した。晴先輩が拍手でのお祝いとねぎらいの言葉を送ってくれる。 

 ダガーちゃんのカカオ豆の焙煎も終わり、ネコマ先輩もカリカリ同士が纏わせたチョコでくっつかないようにするのに少し時間がかかっていたが先ほど私と同じ冷やすだけの段階まで進んだ。

 つまりこの3人はほぼ完成、残るは――


「ふぅ、生地のくり抜きまで完成! つ、疲れたのですよ~」


 額に汗を浮かべながらそう言い、一旦手を休めたエーライちゃんのみである。

 その汗が証明するように、エーライちゃんはサボっていたわけでは無かった。むしろ誰よりも集中していただろう、言葉数がいつもに比べて少なかったのもその為だ。

 ならなぜ完成が一番遅れているのか、それは作っているものに理由がある。

 エーライちゃんが作っているのは『チョコクッキー』なのだ。オーブンがあるのを見て決めたのだと言う。

 聞いた時はそういうのもありなのかとしてやられたと思ったが、今ではよく選んだなと思う。なんというか、私とかと比べてめちゃくちゃ大変そうであった……。

 お菓子作りって力仕事でもあるって聞いたことがあったけど、あれって本当なんだね……むしろ遅れているどころかエーライちゃんのフィジカルがあるからこそこのスピードで生地が出来たのだろう。


「最後はこの生地にチョコペンで動物の顔を描いて、それを予熱したオーブンで焼けば完成なのですよ~」


 しかもライバーらしい個性まで取り入れるつもりのようだ。生地にチョコを練りこむわけでは無くプレーンで作っていたのはこの為か。

 私たちが早めに終わっただけで、まだ企画そのものの時間制限には余裕がある。これは完成までいきそうだな。


「さて、描きますか! ……描けるはず……描けるはず……」


 あ、あれ? なんだか呟きが不穏だぞ? 


「よっ……ひっ!? ふぅ、セーフ……」


 たまに不安になる声をあげながらもせっせと描き進めていくエーライちゃん。

 その出来は……えっと、頑張っているとは思う。けど、動物に非常に詳しいエーライちゃんが描いたと考えると……なんというか、強くデフォルメされた物であった。

 あれだな、意外だけどエーライちゃん手先を使う細かな作業はあんまり得意じゃないのかもしれないな……。

 

「めっちゃかわいぃ……」

「ほんと? 良かったのですよ~」


 おや? ダガーちゃんからはかなり好評のようだ。ダガーちゃんかっこよさを目指している割にはかわいいモノ好きそうだし、ゆるキャラみたいな絵が逆にハマったのかな?


「ふぅ、あと一枚で最後なのですよ!」

「全部描き終わったらリスナーさんに見せるように写真撮らせてね!」

「了解なのですよ~! そうだ、せっかくだし最後に描く動物はダガーちゃんに選んでほしいのですよ~」

「え、俺が!? いいの!?」

「さっきかわいいって褒めてくれたお礼なのですよ~」

「それじゃあエーライ先輩と言えばのゴリラで!」

「分かったのですよ~! …………ゴリラ?」


 承諾はしたものの、数秒後に真顔で首を傾げたエーライちゃん。

 あぁ、確かに急にゴリラの顔を描けって言われたら他の動物に比べて困るかもしれないな。どうデフォルメすればいいのか分からない。

 エーライちゃんは一度ダガーちゃんの方に視線を向けたが、見るからにワクワクしているダガーちゃんの様子を見て覚悟を決めたようだ。


「大丈夫、特徴さえ押さえれば描けるはず……」


 まず跡を付けて下書きを描き、納得がいったのか再びチョコペンを構えた。


「……………………」


 慎重にペンを進める。極限まで集中しているのかその姿には緊迫感すらあった。


「……………………出来た!」


 今まで描いたどの動物よりも時間をかけて完成されたそれは、確かにゴリラであった。


「おー!!」


 聞こえてくるのはそれを見たダガーちゃんの喜びの声。


「ぁ……」


 だが、その視線が少しずれたかと思ったら、それは一瞬にして悲しみの声へと変わってしまった。


「クマが……」

「え? ああ!?」


 エーライちゃんがダガーちゃんの視線の先を確認すると、さっきクマの絵を描いたクッキーの上にべったりと手を置いてしまっていた。

 どうやらペンを持っていた手とは逆の体を支えていた手でクッキーを潰してしまったようだ。極限まで集中していたが故に気が付かなかったのだろう。


「…………」

「ぁ、あー……」


 無残なクマの姿を見て表情が曇るダガーちゃん。感性豊かなんだなぁ。

 その様子を見てエーライちゃんもどうしたらよいのか困ってしまったようで、しばらく視線を迷わせた後、私達の方を向き目で助けを求めてきた。

 ふっ、任せてくれエーライちゃん、一発でダガーちゃんの笑顔を取り戻してあげよう。でも……文句言わないでね? 助けを求めたのはそっちだからね?

 というわけで――


「エーライちゃんが――クマを素手で殺した――」

「は、はぁ!?」


 私の発言に目を見開いて驚くエーライちゃん。


「そ、そんなエーライちゃん! ゴリラを描くのが難しいからって憂さ晴らしで無実のクマを殺さなくてもいいじゃないか!」

「顔面がワンパンで破裂……ボス、やはり貴方こそライブオンのボスだ」

「ちょ、ちょっと!?」


 私の意図を理解してか乗ってきてくれたネコマ先輩と晴先輩。

 それでもエーライちゃんはまだ理解が追い付かないのか非難の目を向けてくる。

 そうじゃない、そうじゃないんだよエーライちゃん!


「クマってそれはクッキーの話で!」

「エーライちゃん! ダガーちゃんを見て!」

「?? あ~……」

「あはぁ~……生の組長ムーブ初めて見た(にぱー)」


 そう、ダガーちゃんは記憶喪失の癖にライブオンファンという矛盾生命体! だからクマを潰してしまったミスもライブオン名物ネタの一つ組長を絡ませてあげれば形勢逆転、笑顔を取り戻してあげることが可能なんだよ! 


コメント

:え!? クマ!?

:なにが起こった!?

:多分クマの絵を描いたクッキーになにかあったんじゃないかな?

:あー

:いや、今のあわちゃんとかの反応を見るに、お菓子の匂いに誘われてきた野生のヒグマを組長が顔面ワンパンで殺したと俺は推測する ¥893

:それだ

:そういうことか!

:クマが好きそうなキャットフードもあるしな

:クマを素手で殺した系ライバーの苑風エーライなのですよ~!

:エーライ動物園豆知識。飼育されているクマは組長が無傷でげっちゅするためにまつ毛で倒して連れてきた

:流石俺達の組長、一生ついていきやす!

:お前らwww


「ちょ、ダメダメダメ! ほぼ音だけしか情報がないからコメント欄でヘンな推測が広がっちゃってるのですよ!!」

「これもダガーちゃんの笑顔を守る為です!」

「くぅ……」


 一瞬納得しかけたエーライちゃんだったが、コメント欄を見て再び否定しようとする。

 それでも私の説得を聞いて怯むエーライちゃん。数秒悩んだ末にもう一度ダガーちゃんの顔を見たエーライちゃんが出した結論は――


「じゃ、邪魔した奴は血のバレンタインパーティーに招待してやるぜ!」

「すげええええぇぇ! かっけえええぇぇ!!(パチパチパチパチ!)」


 自分を捨て、ダガーちゃんの笑顔を守ることを選んだのだった。


コメント

:認めた!?

:いつも謙遜ばかりする組長が認めたぞ!

:こんなの初めてじゃないか!?

:今夜は熊鍋や!

:エーライちゃんの巨乳が脂肪では無く全て胸筋であることが証明されたな

:¥50000


「あはははー……帰ったら誤解解かないと……解けないんだろうなー……」


 乾いた笑いをこぼしながらクッキーをオーブンに入れたエーライちゃん。

 これにて盛り付け等を除く、全員分の調理工程が終了したのだった。 

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