第126話有素ちゃん家にお泊り6

「ふぁ~……」


私の住むアパートのものより一回り大きな湯舟に浸かり足を延ばすと、思わず口からいかんせん歳不相応な脱力の限りを尽くした声が漏れた。極楽のお風呂タイムだ。

有素家のお風呂を貸してもらっているわけだが、広いお風呂というものは最近流行の人をダメにするシリーズの元祖なのではないかと私は思う。瞬く間に体からは力が抜け、湯気と共に天に上っていく。今の私は軟体生物だ。

とりあえず初日はこのまま有素家で過ごし、二日目から有素ちゃんと外に出てこのあたりの名産品などを見て回り、日が落ち始めたら新幹線で帰宅という流れで今後を過ごすことになっている。

いやぁそれにしても、ただ今の時刻は大体20時くらいなわけだが、その間にも様々な有素家特有の予測不可能な出来事が私を襲ってきた……。

例えば有素ちゃんへのマッサージが終わって、夕食をご馳走になった時の話。

一家団欒の空間にお邪魔するわけだから当然緊張していたわけだが、お母様が作ってくださった数々の料理のうち、おいしそうなハンバーグを食べ始めると思わず吹き出しそうになってしまった。

いや、決してまずかったとかそういうわけではない、むしろ味は家庭料理とは思えないかなり手の込んだ一級品だと素人ながらに思う。

ただ……見た目と味が全く一致しないのだ。

私が口に運んだのは見た目がハンバーグだったのだが、口の中に広がったのは肉のうまみではなく強烈な甘み。

恐らくだが今の料理は見た目だけハンバーグのザッハトルテ系のチョコレートケーキ、つまりデザートであった。

逆にチョコレートケーキに見せかけたハンバーグもあり、一流の技術と手間をネタに捧げるその有り方にエンタメに生きる身として感銘を受けたほどだ。

有素ちゃんやお父様はそこまで大きな反応を見せなかったところを見るに、どうやら有素家は日常にもことあるごとにネタを挟まないと気が済まない性分らしい。昔のコメントで見た

:お前の家族ライブオンかよ

はどうやら正解だったようだ。

だが私も成長を知らないわけではない、対策として入浴中の今も体を休める裏では些細な違和感でも感じ取れるよう耳と目を研ぎ澄ましているのだ。

今回の入浴にあたって一つ疑問点があるはずだ、あれ? 有素ちゃんも一緒じゃないんだ? と。

意外にもこれは有素ちゃんの方からお断りがあったことで、「淡雪殿の神聖な裸体を私の目で穢すなど断罪物なのであります!」とのこと。

普段は超積極的なくせに変なところでシャイな傾向が本日見受けられてきた有素ちゃんだからこれも本心なのかもしれないが、油断は禁物。あらゆる場所からの侵入を想定しておくべきである。


「――――はっ!?」


今微かに脱衣所から音がした気がするぞ!?

……間違いない、これは誰かいるな。

ふふっ、甘いな有素ちゃん、今回は予想を的中させた私が一歩上手だったみたいだね。

さぁ、いつでも入ってこい! 白けた態度で迎え撃ってやる!


「とぅ! 淡雪ちゃんの若い裸体に誘われて有素ママ登場!!」

「いやそっちが来るんかーい!?」


まさかのタオル一枚のお母様の方登場に思わずツッコミを入れてしまった私なのだった。

あっ、ちなみにお母様は本当にただドッキリが目的だったらしく、流石に風呂場に入ってくることはなく普通に帰っていきました……。




なんだかんだありつつもお風呂自体は日々の疲れを優しく溶かしてくれたことに変わりはない。

風呂上がりで寝巻に着替えた私は、火照った体が冷やされていくことになんともいえぬ気だるさを感じながら有素ちゃんの部屋へと戻った。この気だるさが絶妙な眠気を誘ってくるものだからむしろ心地よくもある。


「あ、おかえりなさいであります! 淡雪殿!」

「ただいまです。お風呂ありがとうございました、もうお風呂に住みたくなるくらい極楽でしたよ」

「それはよかったのであります! 淡雪殿用のお布団もちゃんと敷いてありますよ。敷く場所はどこでもいいと伺っていたので一番良い場所に敷きました!」


そういえばお風呂に入る前にそんな会話もあったな。寝る場所を決めようとの話になったので、有素ちゃんは専用のベッドがある以上私は床でもリビングでもいっそのことソファやクッションでもどこでも大丈夫と返事をした。

急にお邪魔した私に布団を用意してくれるだけで感謝の極みだ。「ありがとうございます」と感謝を伝え、乾かした髪を整えていた状態から視線を有素ちゃんへと向けたのだが――。


「さぁ淡雪殿! 早く来るのであります!」

「………………ああ、なるほど」


部屋の状況を理解するのに数秒のロード時間が発生してしまったが、一応は答えを導き出せた。

いや本当に冷静な対応をしたことをほめて欲しいくらいだ、今までの経験で耐性が付いていなかったらまた渾身のツッコミを入れてしまっていただろう。

確かに私の布団は敷いてあったのだ…………有素ちゃんのベッドの上にだが。

つまり分かりやすくすると――


私の掛布団

私の敷布団

有素ちゃんの掛布団

有素ちゃんのベッド


こう詰みあがっているわけである。

確かにどこでもいいとは言ったけどこれは予想外だったよ……というか一緒に寝たいならこんな遠回しな手段とらずに普通に言えばいいのに……。

流石にこの状況では有素ちゃんが重なった布団の重量に押しつぶされそうだったので、有素ちゃんがお風呂に入った後、結局普通にベッドで一緒に寝ることになった。


「なんて幸運な展開……これがアリス・イン・ワンダーランドってやつでありますな!」

「はいはい、明日に備えて早く寝ましょうねー」

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