砂の王国

伊藤 経

砂の王国

 それがいったいいつ頃からそこにあるのか、私がこの場所に訪れたのは初めてだったのでよく分からなかった。

 ただ、小さなピラミッドの様に尖ったその頭にさらさらと風を受けるその姿を見て、それが現れたのはさほど昔の事ではなさそうだと私は思った。

 

 その巨大な砂の山は私の背丈を優に超えてそびえ立ち、その頭は焼け付く日差しを反射してまるで王冠の様な光を放っている。 それを見て私はその砂山をこの地を統べる大王の様に思った。

 その証拠とでも言おうか、彼にはそれにふさわしい偉容の王妃が付いていた。

 彼よりも二回り程小さい砂山でその麓を大王と半ば融合させる様にして後ろに控えている。

 そして更に大小様々な砂山が王と王妃の輝かしい金色の繁栄を守っている。 それらは恐らく兵士に、財宝に、民に、家畜だろう。

 私が少し耳を澄ませば、今にもその砂山達の王国を称える歌が聞こえて来る様に思えた。

 

 少し風が変わった様な気がした。 私はマントに身体をくるんでヤスリの様な恐ろしい風に備えた。

 すぐに思った通りのの凄まじい嵐が私と、王国を襲った。

 その暴風が最初に奪ったのは、小さな砂山達だった。

 それが兵士だったのか、或いは財宝か家畜か民か、吹き飛んでしまった今では分からない。

 とにかく風は容赦無く王国の持ち物を次々と吹き飛ばし、巻き上げ、何もない更地にしてしまった。

 大王とその妃はその大きさ故に他の者達よりも被害が少なかったらしいが、それも時間の問題に思えた。

 そう考えている間に妃の方はその身体をすり減らして空に消えた。

 そうして後には大王ただ一人となった。

 いや、もはや大王ではないだろうか?

 空は巻き上げられた砂山達の亡骸に覆い尽くされていた。

 大王の頭の冠は失われ、今では私の膝ほどの大きさしか残っていない。

 それから一際強い風が吹いて、その小さな砂山は声も上げずに消え去った。

 

 私は王国の末路を叩き付ける様な砂嵐に耐えながらただ見つめていた。

 それから風がやんで、もはやまっさらになった砂の地面、なだらかな丘の上に私一人が立っていた。

 歌はもう聞こえそうにない。

 

 もう行く事にした。

 嵐も王国を一通り吹き飛ばして満足したのだろうか。

 さっきまでの苛烈さが嘘の様に静まり返ったその場所を、私は柔らかい地面に足跡を押しながらゆっくりと進んだ。

 考えるのはやはり、あの王国の事だ。

 あの砂山達の繁栄は風を前に跡形もなく、抵抗すら出来ずに消え去った。

 それは、彼等が単なる砂の山に過ぎないのだから当然だ。

 だが、それならば私は一体何なのだろうか?

 四種の精霊達が戯れに人の形をしているに過ぎない私。

 人間等、彼等が気まぐれに意見を食い違わせただけで、ある日突然に死にゆく定めにある。


 あの砂山達も自分達が生きていると、永遠だと信じて疑わなかったに違いなかった。


 砂の世界も終わりが近づき、遙か向こうに緑の世界が見え始める。

 その涼しげな世界に向けて更に歩みを進めてゆく。

 途中、ふと何やら大きな物をを迂回した。 少しすすんでから私が気にかかって振り返るとそれは大きな砂の山だった。


 少し足元が不格好だったが、尖った頭に王冠を戴いているのがわかる。 そしてそこにサラサラと風が吹いていた。


 その小山がいつ頃出来たのかこの場所に初めて訪れた私にはよくわからない。

 しかし、それほど昔の事ではないように思われた。

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砂の王国 伊藤 経 @kyo126621

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