人間は肉でできた数字袋

ちびまるフォイ

目で見たものをすぐに受け入れてしまうタイプ

「今日はいつもより肌の感じ違うね。素敵だよ」


「え? ほんと? どうしてわかるのーー?」


「そりゃわかるよ。君のことばかり見ているからね」


客に表示されている数値を見ていることは秘密。

すべての人間は体調やその日の気分、肌の調子から何まで数値で表示されるようになった。


昔のような「体調悪いけど頑張っている」は即バレる。

そしてこの数値変化を注意深く見ることが女心を掴む大事なことだ。


「星夜くんすごいねぇ。今日も売上トップじゃない」


「店長、ありがとうございます」


「お客様からも星夜くんのリピート多いよ。

 いったいどんな秘訣があるの?」


店長の気分と感情の数値を見る。

信頼値が低いことからこの質問の意図を把握した。


「自分ではわかりませんが……笑顔ですかね」


「そうかぁ。なるほどなぁ」


店長は納得したようで去っていった。


きっと他のキャストにも俺のノウハウを伝授しようと思っての質問だろうが、

その意図は人体数値を見れば明らかだ。俺に隠し事はできない。


笑顔などという曖昧なものでごまかしたが、

そんなもので客が取れるんだったら体操のお兄さんが世界最強のモテ男だ。


「よし、もっともっと分析していくぞ!!」


人体数値をしっかり分析すればその人の本心から深層心理まで読み解ける。

たくさんの数字分析の勉強を重ねた。


「ふぅ……ちょっと疲れたな。もうずっと数字分析ばかりしていたし、少し気分を変えよう」


頭に叩き込んでいた数字分析の本を置いて外に出た。

外の空気をめいっぱい吸い込んで気分を入れ替える。


「あ、星夜! ひさしぶり!」


「ああ、こんにちは。その声は常連の……」


声に振り返ると、そこには人はいなかった。

いくつもの数値が人の形をした物体があった。


「こんなところで会うなんて偶然ね、星夜」


「そ……そうだね」


人間の形をしている大量の数値達はめまぐるしく値を変化させている。

そのうちの高揚値が上昇していることから嬉しいことはわかる。

同時に疑問値も増え始めて、俺の態度に違和感を感じ始めているんだろう。


「実はこれから新しい店舗を増やすために下見にいくんだ」


「え~~! 星夜の新店舗!? 行く行く~~!」

「ははは。俺じゃなくて、店長のおつかいなんだけどね」


とっさのフォローで違和感値は減少した。


もはや人間の顔もわからない状態ではあるが、

目のあった場所にはそれに見合った人間情報値が表示されている。

数値の変動がわかるので前よりも視線の移動にも敏感に器付けるようにはなった。


「いったいどうなってるんだ……」


自分の気持ちとは裏腹に、人間の体が見えていた頃よりも

人間の体が数値で構成されているように見えてから方が人気が増えた。


「星夜くぅ~~ん!! いや、君ほんと素晴らしいよ!!

 うちのNo1どころか、この町のNo1だよ!」


「ありがとうございます。この店と俺が合っていたんだと思います」


「最近はますます接客の腕を上げているみたいだし、この調子で頼むよ!」


人間すべてが数値で構成された物体に見えることで、

得られる情報量は前よりも圧倒的に増えた。


客がなにを求めていて、何に飢えているかも数値で一目瞭然。

これまで以上にお客様に沿った接客ができるようになった。


良い接客をしようと思えば思うほどに、

人間を人間として思えなくなっていった。


「お前さ、結婚とかしないの?」

「え?」


それは唐突に友人に言われた一言だった。


「ホストなら相手に困ることもないだろ。

 今の稼ぎならこの後遊んで暮らしてもお釣りが来る。

 なのにどうして結婚しないんだ?」


「数値と……結婚……」


「女性はみんな客に見える職業病でもないんだろ」


「そういうのじゃないんだけど……」


友人は首をかしげているのがシルエットでわかった。

でももうその顔も思い出せない。

数値で何を考えているかは手にとるようにわかるのに。


「このままじゃダメだ……!」


決心を固めると数字病院へと向かった。

医者はカルテを見てひとこと告げた。


「数字中毒ですね」


「す、数字中毒?」


「長く数字だけに触れているとなる病気ですよ。

 あらゆる物体が数値に変換されて見えるようになる」


「そうなんです! 建物を見ても数値の塊にしか見えなくて

 どこに欠陥があり、どこで崩れやすいかも数値の増減で気づけてしまうくらいで……」


「もとに戻りたいなら、数断をするしかないです」


「すう、だん……? 数字を絶つってことですか」


「あなたはもう生活のほとんどを数値判断に頼り切っている。

 アルコール中毒患者がお酒を控えるように、

 あなたも数字を自分から遠ざける必要があります」


「先生、でも建物も人間も空の雲ですら数値に見えるんです。

 どうやって数値を断てというんですか」


「そんな患者のための集中治療室があるんです。こちらへ」


案内されたのは文字で埋め尽くされた小さな部屋だった。


「この部屋は特殊な加工で数値が見えないようになっています」


「本当だ……普段は壁も数値で見えるのに……!」


「ここでしばらく過ごしていれば数字中毒も収まるでしょう。

 なにか連絡があるときはこの専用端末で部屋の外へ呼びかけてください」


渡されたのは小さなタブレットだった。


「これいりますか? 俺は自分の端末ありますよ」


「それはこちらであずかります。

 この端末は数値を見ないようにいろいろ加工していますから」


「な、なるほど……!」


数字中毒を直すための治療が始まった。

治療といっても入院のほうに近く、数字のない文字だらけの部屋で過ごすだけ。

こんなにも長く数字に触れていない時間ははじめてだ。


しかし時間が経つにつれ、どんどん数字を欲するようになった。

どうして中毒という病名なのかがよくわかる。


「ああ、数字が見たい……数値分析したい……!!

 数字を計算して、自分だけの数字を割り出したいーー!!!」


症状は日に日に悪化していく。

何度も症状を抑えるために少しの数字を欲したが断られた。


「ああああ!!! ダメだ!! 数字を見ないと気が狂いそうだ!

 治療なんて知ったことか! もういい!!」


もうとても耐えられない。

今自分を鏡で見ることができたら、限界数値を大きく超えているだろう。


数字がひとつもない文字の壁をぶっ壊して外に脱出。

一刻も早く外にあふれている数字の雨に打たれたくてたまらない。


「や、やった!! 町だ!! 町に出たーー!!」


人がひっきりなしに往来する街の中心部へと到達した。

これで大量の数字を見ることができると思っていた。


「なんだこれ……ど、どうなってるんだ……?」


そこに数値はひとつもなかった。

文字で構成された人間シルエットが歩いているだけだった。


「君、大丈夫かい? すごく顔色の数値が悪いよ?」


そう話す人間らしき文字には「心配」「助けたい」の文字が浮かんでいる。

心の声や感情が文字となって出ている。


「どうして……俺は……俺はいったい……」


面食らっていると、病院からかけつけた医者が追いついた。




「見つけたぞ! 文字中毒になった患者だ! 早く集中治療室へ!」

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