本心と仕事(theme of d ②)

春嵐

雪の夜

 客を取る。


 ときにはインターネットやSNSで。ときには街頭で。


 死にたい人。

 耐えられない人。

 くるしい人や切ない人。


 会って、話を聞く。それだけ。


 それが、自分の仕事だった。


 見返りを求めたことはないが、通帳の中はいつも零がたくさん並んでいた。

なぜだか分からないけど、会った人は自分の通帳にお金を振り込んでいく。理由も分からないし、なぜそうするのかも分からない。どうやって振り込んでいるのかも。


 会った人を、死にたくさせる何かを、昔から持っていた。


 正確には、誰かに会って、その人に自分が本心の感情を話すと、相手は、死ぬ。


 嘘をつけば、相手は死なない。だから、レジや受付では偽名を使ったりしていた。本心をさらけ出すことはない。


 そして、嘘をつく生活に慣れた頃、恋人ができた。


 明るい女性だった。

 誰とでもすぐに打ち解けて仲良くなる。自分ともそうだった。暖かい感じがする。


 いつも仕事で話を聞く死にたい人間は、冷たく、凍った感じがする。だからかもしれない。彼女は、暖かくて、生きる活力にあふれている。側にいるだけで、自分まで、生きる力が得られたような気がした。


 そして、関係は、一瞬で、壊れた。


 彼女に、なんとなく、なぜそんなに人と打ち解けられるのか、訊いてしまった。


 彼女は、人の顔を見れば、その人の感情が分かるのだと、言った。


 感情が分かる。つまり、本心が分かる。


 つまり、自分が近くにいて、彼女が自分の顔を見るだけで、彼女は、いつも、自分の本心に触れてしまっているのではないか。


 彼女も、死ぬのではないか。


 こわくなった。彼女まで。こんなに明るい彼女まで。自分のせいで。死ぬのか。


 そう考えると、いたたまれなくなった。


 そして、関係は破綻し、俺は部屋を出ていった。


 通帳からおかねを引き出して新しい部屋を借り、いつものように仕事を続けた。


 死にたいけど踏ん切りがつかない人の話を、聞く。本心を話す。それだけ。


 彼女のことばかり、思い出してしまった。つらくなるたびに、仕事を増やした。誰かの話を聞いて、本心を話しているときだけ、彼女のことを話してもいいから。自分の心の中は、彼女で一杯だった。でも、話せない。本心だから。


 いつものように街で仕事の相手を探しているときに、それを見つけた。


 女性。


 雰囲気が、おかしい。明らかに、死のうとしている。


 というより、生きることを、あきらめている。


 後を追って、店に入ったところで。


 声をかけようとした。


 振り向いた。


 彼女。


 恋人が、そこにいた。


 死にそうな、顔。


 声が、かけられなかった。


 外。夕方。真っ赤な空。これから雪が降るんだろう。


 立ち尽くした。


 どうすればいい。


 彼女。


 死のうとしている。


 俺のせいなのか。


 追って、会って、話を聞いて。


 それで、どうする。


 彼女を死なせるのか。


 俺が。


 自分自身で。


 彼女。もういない。


 まだ、俺の部屋に住んでいるんだろうか。


 行けば、会えるのか。


 会って、どうする。


 いつのまにか、夜になっていた。


 昔住んでいた部屋。道端で、ずっと、立ち尽くしていた。


 雪が、降ってきている。


 彼女。目の前を、歩いていく。


 どうすれば。


 どうすればいい。どうすれば彼女を助けられる。


 ごみ捨て場で、止まった。ごみを捨てている。

 ごみの日は二日後なのに。


「だめだ」


 普段は絶対に出さない声が、ひとりごとが、出ていた。


「死んじゃだめだ」


 走った。彼女の背中。


 一瞬振り返った彼女が、すぐに背中を向ける。


「待て」


「来ないでっ」


 それ以上、声が、かけられなかった。


 雪が、降る。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る