追加エピソード BEFORE 後編 不穏な予言 前日譚
まだ朝日が昇らないような時間に、ブライアンの運転するバンを先頭に三台の車が山間の道を進んでいた。後ろの二台には、ルネやニケ、生け捕りにした反抗勢力の捕虜の他に若い組織の連中が数人乗っていた。そして、ブライアンの車には黒い服に身を包んだ老夫婦が後部座席に座っている。彼らは拷問のスペシャリストで、捕虜を捕まえるとこうして呼ばれる。夫婦でこうした仕事をするなど正気の沙汰とはブライアンは思えなかった。夫は斜視で常にどこをみているのかわからず不気味で、妻は黒いベールで顔全体を隠していて、正体を知らなければ魔女と勘違いしてしまいそうな見た目だった。
山間の蛇行した道をしばらく進んでいると、前方に湖が見えた。ブライアンたちが向かっているのはその湖のほとりにある組織のコテージだった。組織の一部の人間しか知らず、人も立ち寄らないそのコテージは地下室が拷問部屋になっており、こうした事態の時にのみ使用される。
目的のコテージに着くと、ブライアンは車から降りて、後部座席のドアを開けた。老夫婦が車から降りるのを介助していると、後ろの車から捕虜の男を連れてルネたちが降りてきた。捕虜は耳栓と目隠しをされ、猿轡を口に付けられていた。
「こんなことのために来るんじゃなけりゃ、ここは眺めもいいし最高なんだがなあ」
とルネが捕虜に不満をぶつけるように言った。ブライアンはルネにコテージの鍵を渡すと全員に聞こえるような声で話しかけた。
「とりあえず、ルネは捕虜を地下室へ連れて行ってくれ。そして、他の連中は全員、各自の持ち場を頼む」
ブライアンがそう言うと、それぞれが目的の場所へと移動していった。捕虜を尋問する間に襲撃があるかもしれない。そのための見張りに若い連中を連れて来ていた。
ルネは鍵を開けると、捕虜と一緒に中に入っていった。ブライアンは扉を右手で押さえると、老夫婦に先に入るよう促す。彼らが中に入ると、ブライアンは扉を閉めた。コテージの中はそこそこの広さで、カウンターキッチンが設置されており、家電一式の他にテーブルやソファ、暖炉などが備え付けられている。そして、バルコニーからは湖を見渡すことができるようになっていた。
捕虜を連れたルネと、老夫婦はそのまま暖炉の近くにある地下室への階段に向かった。ブライアンも付いていこうとしたが、妻の方に、
「ここからは私たちの仕事よ。ここまで送ってくださって感謝するわ。ソファでお待ちにでもなって」
と言われたので、ブライアンは仕方なくソファに座って待つことにした。
・・・
もう日が暮れようとする時間にようやく地下からルネと夫が出てきた。ルネは顔が青ざめていて、コテージの入り口に一直線に向かっていくと、そのままどこかへ行ってしまった。そして、その老紳士の方はブライアンの座っているソファの隣に座ると、書類を渡してきた。中身を見ると、どうやら捕虜から聞き出した情報をまとめたレポートのようだ。
「最近の若者は忍耐力が足りんな。昔なら、数日間泊まり込みでやったものだ……」
と急にその夫は話し始めた。何と言っていいのかわからず、ブライアンは「そうなのか」と軽く返事をすると、その老紳士を一瞥した。
「君は私がなぜこんな仕事をしているのか疑問に思っているようだね」
心の中で思っていたことを言い当てられて、驚いたブライアンは老人の方を見た。
「なあに、普通の人間ならそう思うさ……こんな仕事したい奴がいるのかってね。でもね、思うに私は自分の才能を認めた結果この仕事をやっているんだ。私は天職だと思っている。君はどうだね? 君は自分の仕事が天職だと思うかい?」
「さあな、俺にはわからん」
「今まで君の噂を聞いていたが、今日君に出会って確信したよ。私が見るに、君は自分の仕事にプライドを持っているが、一方で実は好ましくないと感じている。矛盾した二つの考えを持ちながら、仕事をしている。そういう風に見えるよ。」
ブライアンはその斜視な目に心を全て見透かされているようで急に怖くなった。
「あんたに俺の何が分かるんだ! 放っておいてくれ」
そう言って、ブライアンがソファから立ち上がった時だった。扉が開き、若い男が一人は行ってくる。
「ブライアン、レポートができたって聞いたので、取りに来ました」
ブライアンは「これだ」と言って、手に持っていたレポートを渡すと、その男は「ありがとうございます」と言ってコテージから出て行った。ブライアンはそれに乗じて、コテージから出ることにした。
「俺は先に車に乗っている」
「ああ、わかった。片付けが終わったらすぐに行くよ」
と老紳士は言うと、ソファから立ち上がり地下室に向かっていった。
・・・
そのレポートから、奴らの拠点と大まかな構成員の人数や個人情報などが判明した。そして、その二日後に拷問したのと別の構成員”ロマン”を生け捕りに成功したことから、作戦が立案され、今日実行されることとなった。
日が沈んだ頃に、ブライアンとルネ、ニケ、ロマンの4人で敵の拠点に向かうことになった。ロマンを運転席に座らせると、ニケが助手席に乗り込み、銃口を彼に向ける。ブライアンはルネと別の車に乗り込んだ。ロマンの運転する車が動き出すと、ルネもその後を追った。敵の拠点は街の中心から離れた所にある廃倉庫だった。横にはビルが併設されていて、表向きは使用されていないことになっている。だが捕虜が言うには、別の組織が管理していて、今はアルベルトたちが根城に使っているらしい。ロマンが倉庫の近くの通りに車を停めると、その後ろに続いてルネも車のエンジンを切った。ブライアンとルネは車から降りると、前の車の後部座席に乗り込んだ。そして、四人で最後の作戦会議をする。
「ロマンに車を運転させて、ブライアンが敵の倉庫に突っ込み敵陣のど真ん中で暴れたところを、マディソンの部隊が攻め込むと……ゴミみたいな作戦だな!」
「ああ、まったくだ」
とブライアンは答える。
「ニケはあそこのビルからの狙撃で、俺は逃げた奴の追跡のため車で待機か……やっぱり、マディソンの野郎、この期に乗じてブライアン、お前を殺そうとしてるぜ」
「ああ、分かってる」
「これじゃ、俺たちがブライアンをフォローできないじゃねえか。本当にクソだぜ!」
そこで口をはさんだのはニケだ。
「何とか生きて帰るさ」
そうブライアンはなるべく笑顔を作りながらニケに返事をする。その時、ロマンが震えながら、ブライアンたちに質問する。
「ちゃ、ちゃんと言うとおりにしたら、生かして返してくれるんだろうな?」
「もちろんだ。だから、ちゃんとしろよ」
とルネが答える。
「それより、マディソンの部隊はどこにいるんだ。」とニケが言うと、
「反対側の通りにいるらしいが、よくわからん。全くむかつく野郎どもだぜ!」
とルネも苛立ちを露にしながら言った。ブライアンは時計を確認すると、二人に聞こえるように話しかける。
「そろそろ時間だ。それじゃあ、お前らも頑張れよ」
「ああ、グッドラックだ。ブライアン」
「グッドラック」
ルネとニケはそう返事して車を降りる。ブライアンは残ったロマンに運転席の後ろから銃口を向けると、「変なことはするなよ」と一言牽制した。
・・・
ロマンが倉庫のゲートに向かって、車を走らせる。ブライアンは後部座席で身を屈める。ロマンがゲートに着くと、上の方にある監視カメラに向かって窓を開けて手を振った。しばらくすると、ゲートが開く。ゲートを抜けると、倉庫までは空き地のような空間になっていて、男たちが見張りで徘徊したり、一部の連中はバスケットボールをプレイしていた。倉庫の扉は車が通れるほどの幅が開いていて、中から明かりが洩れていた。
「よし、倉庫に突っ込め」
ブライアンはロマンに命令する。ロマンは躊躇っているのか不安な顔をして、ブライアンの方を見る。
「いいから早くしろ」
と言って銃口を顔に向けると、ロマンはアクセルを思いきり踏んだ。すさまじい速度で車は倉庫の扉に向かって進行する。途中で外の見張りの男が異変に気付いて銃弾を放ったが、意味は無かった。そのまま倉庫の中に侵入する。倉庫の扉に接触して、右のサイドミラーが取れたが、お構いなしに車は倉庫の通路を駆け抜ける。途中、倉庫の通路に立っていた男たちを何人か跳ね飛ばしたが、お構いなく奥まで車を走らせた。一番奥まで行くと、勢い余って倉庫の壁に車はぶつかった。
「俺はもういいだろ!」
ロマンはそう言うと、車から降りようとする。ブライアンはロマンがドアノブに手をかけたところで、彼の頭を撃ち抜いた。そして、足元に隠してあったアサルトライフルを持つと、トリガーを引いた。連続して放たれる弾丸はリアガラスを突き破り、通路の様子を見に来た男たちの体を貫いた。そして、そのままブライアンは物陰から銃撃してくる男たちを迎撃する。
そうしていると、目の端に何かが写るのが見えて、急いで伏せた。その直後、一発の銃弾が頭上を通過する。左の通路から、男が二人こちらに向かってきていた。一人はショットガンを手に持ち、何発も銃弾を放ってくる。流石に近距離に近づかれると扉を弾が貫通してしまう。ブライアンは男たちのいる反対側のドアから車を降りて、近くに置いてあるドラム缶の裏に隠れた。そして、ポケットから起爆装置を取り出すと、スイッチを押した。すると、先ほどまで乗っていた車は爆発して炎上し、近くにいた男たちが巻き込まれて吹き飛んだ。
ちょうどそのタイミングで外から、銃撃の音が聞こえた。マディソンの部隊が攻撃を開始したのだろう。仕事はもう終わりだ、とブライアンが倉庫からから出ようと箱から飛び出して出口に向かって走りだした時だった。
「ブライアアアアアン!」
と呼ぶのが聞こえて、声の方を見ると少し離れた場所にアルベルトが立っていた。手にはマシンガンが握られている。咄嗟に近くの物陰に隠れようとするが、間に合わず、右足の太ももに銃弾が何発か命中した。ブライアンは激しい痛みにうめき声をあげた。この足では出口まで走ることはできない。確認はできないが、アルベルトは追ってくるだろう。仕方なく、ブライアンは近くにあった隣のビルにつながるドアに向かった。血が足から流れ床に跡を残していく。
・・・
アルベルトはブライアンの後を追って、併設されたビルに向かう。ブライアンの入ったドアの辺りに行くと、そこに血の跡が残っていた。その跡を追っていくと、ある部屋の中にそれは続いている。静かにドアを開けると、その部屋は真っ暗だった。明かりをつけることも忘れて、身を屈めながら血の跡を追う。その部屋は手前が事務所としてかつて使われていたようでデスクが向かい合わせに何列も並んでいた。その一方で奥はデスクなどが隅に押しやられて、食事用のテーブルが置いてあったり、テレビがあったりとやけに生活感があり、あべこべな部屋だった。廃棄したビルを使いまわしているせいだろう。
そのまま、血の跡を追いながら、デスクから頭を出し周りにブライアンがいないか確認する。先に相手を見つけた方が勝ちだった。こちらは血の跡を追える分有利に思えるかもしれないが、ブライアンはそれを逆手に取って、待ち伏せをすることもできるのだ。デスクの間を抜け、曲がり角に着くと緊張が走る。少しずつ、頭を動かしながら向こうを見渡す。暗くてよくは分からないが誰もいないようだ。そして、続いて血の跡を追って次のデスクの列の間を進んでいく。注意しながら進んでいると、デスクから頭を出した時に部屋の奥に動く人影が見えた。ちょうど、事務所のデスクがなくなる境目のあたりだった。もう一度、覗き込む。すると、先ほどの場所に微かだが動く影が見える。その影はじっとその場で何かしているようだった。
アルベルトは勝利を確信した、立ち上がり、銃を構える。
「見つけたぞ! これで終わりだ、ブライアン!」
そう言って、ありったけの弾丸を放った。だが、次に聞こえたのは弾がに肉をえぐる音ではなく、ガラスの割れる音だった。一瞬理解が追い付かず、トリガーを戻して撃った対象を見ると、それは鏡だった。次の瞬間、部屋に複数の銃声が響いた。
・・・
ブライアンは部屋の一番奥のデスクの裏に隠れてていた。足の痛みで今にも、集中が途切れそうだった。その時だった。扉の開く音が聞こえる。少し頭を出して確認すると廊下の明かりが部屋に差し込んでおり、入り口の近くに一人の男が立っていた。その影の形からアルベルトだと分かった。銃を構えようとしたが、その前に男は入り口の近くのデスクの裏に身を屈めてしまった。部屋の明かりを点けようともう少しアルベルトが立っていれば仕留めることができたはずだった。そこからしばらく奴が来るのを待つ。血の跡を追ってきたのであればここに来るはずだ。勝負は一瞬で決まる。その瞬間に備え、マガジンを交換している時だった。
「見つけたぞ! これで終わりだ、ブライアン!」
とアルベルトは叫ぶと、銃弾を放った。銃弾はブライアンの正面にあったあるものを貫いた。鏡だ。ブライアンは意識が朦朧としていてそこに鏡があるとは気が付かなかった。鏡が粉々に砕けると、銃弾は止んだ。ブライアンは瞬時に弾道の方角からアルベルトの位置を突き止めた。そして、デスクの上に銃を出してその方向に向けて弾丸を放った。
すると、地面に何かが倒れる音が聞こえた。恐る恐るその場所に近づく。奴のいると思われるデスクの間の通路を覗き込むと、そこにアルベルト仰向けに倒れていた。立ち上がって確認すると、胸部を銃弾が貫いていた。まだ息はあるようだが、既に銃を握る力がないのか近くに転がっているマシンガンを拾おうとはしなかった。そんなアルベルトを見下ろしていると、小さな声で話しかけてくる。
「ブライアン……お前には運で負けたよ」
「そうだな。俺は運で勝った。どちらが死んでいてもおかしくなかった」
そう言うと、口から血を吐き出しながら、アルベルトは目線だけブライアンの方に向けた。
「今回は俺の負けだが……ブライアン、次はあんただぜ……あんたも俺みたいにこき使われて、最後は死ぬのさ。誰にも悲しまれず、ひっそりとな……俺はそれを想像するのが楽しいよ……なあ、ブライアン……本当に……たの……」
そこで、アルベルトは息を引き取った。ブライアンはしばらくそんな彼から目を離すことができそうになかった。
・・・
しばらく、その部屋のデスクの下にブライアンが隠れていると、ルネがやってきた。ささやき声でこちらを呼ぶので、それに答える。
「そこにいたのか、ブライアン。大丈夫か?」
「足をやられた。手を貸してくれないか」
「おい、大丈夫かよ! 血が出ているぞ」
「弾が何発か当たっただけだ。別に問題は無い。骨に少しヒビが入ったくらいだろう。足先の感覚はまだある」
そうは言ったものの、ひどい痛みだった。アルベルトの服をちぎり、足に巻き付けて止血していたが早く治療しなければ切断しなくてはいけなくなるだろう。ルネはブライアンに肩を貸し、歩き始める。二人はルネが行きに通ったという安全なルートで外に出た。そのまま車に行くと、助手席にニケがいた。
「ニケ、仕事はもういいのか?」
とブライアンが質問すると、ニケは
「どうせ、手柄の大半はマディソンが持っていくんだ。最後まで付き合う義理は無いね! それよりブライアン、足をどうしたんだ」
始めはニケは笑いながら話していたが、ブライアンの足の怪我が目に入ると、途端に慌てた口調になった。
「足を撃たれたんだ」
そう答えていると、ルネが後ろのドアを開け、後部座席にブライアンを寝かせた。
「すぐに治療に向かうぞ。ブライアン大丈夫か?」
そう言ってルネは運転席に乗り込む。ブライアンは頷いて返事をすると、ルネは車を発進させた。ニケは助手席からこちらを覗き込むと、励ましたいのか笑顔を見せながら冗談を言った。
「ブライアン、大丈夫さ。でも、ルネが肩でブライアンが足に銃弾か……もしかしたら、次は俺の頭に当たるかもな!」
そう言うと、少し不機嫌そうにルネが「やめろよ」と言った。ブライアンはやりとりを続ける二人の会話を聞きながら、アルベルトの最後の言葉を思い出していた。
・・・
その日から三週間くらい経った頃、ブライアンはマルコムに会いに雑居ビルへ向かった。足がまだ完全に回復しておらず、杖が必要なブライアンはタクシーを呼んでビルに向かった。ビルの近くの大通りまで来ると、流石に反社会勢力の根城まで送らせるのは悪いと思い、ブライアンは「ここでいい」と言って、運賃を払うとタクシーを降りた。
ビルに向かって小さな通りに入ると、道路の上に一羽のカラスの死骸が転がっていた。車か何かにでもあたったのだろう。死骸はすでに腐り始め、その周りをハエが飛んでいた。そんなカラスをまじまじと見ていると、カラスの鳴き声が聞こえた。死骸が鳴き声を上げるはずがない。そう思って、上を見上げると、たくさんのカラスが電線の上に集まっていた。お互いに鳴き声を上げあったり、向かい合ったりしてコミュニケーションを取り合っている。だが、一羽として路上の死骸を見るものはいなかった。まるでその死骸、かつて仲間だった者には興味などないかのように彼らは今を生きている。そして、死骸はただ虫に肉を貪られるのを待つのみだった。そうして、カラスの死骸を立ち止まって眺めていると、一台の大型トラックが通りかかった。そのトラックは何もなかったかのようにその死骸を踏みつぶしていった。そこまで見て、ブライアンはまた歩き始める。
ブライアンはビルに到着すると、エレベーターに乗った。マルコムのいる三階のボタンを押す。事務所に到着すると、ウィッツがいた。何かの報告書に目を通している。ウィッツはブライアンが来たことに気づくと、挨拶をしてきた。そんなウィッツにマルコムがいるかたずねる。どうやら、書斎で仕事をしているようだ。その話を聞いてブライアンは事務所の奥にあるマルコムの書斎に向かった。ドアをノックすると、
「誰だ?」
と中から声がする。
「ブライアンだ。入っていいか?」
「ああ、入れ」
ドアノブを握って、扉を開ける。マルコムは部屋の奥の窓際のデスクで老眼鏡をかけながら、書類に書き込んでいた。目をこちらに向けずにマルコムは話し始める。
「この前も死にかけたらしいな」
「ああ、そうだ。いつものことだろ」
「だから言っているんだ。相棒を付けろと。考える気になったか」
「ああ、俺もそろそろ相棒を付けるべきだと思った。だから、誰かいいのをよこしてくれないか?」
「お前も頑固なや……今なんて言った?」
そこでようやく、マルコムは手が止めて、ブライアンの方を見た。
「だから、相棒をよこしてくれ、って言ってるんだよ。頼めるか?」
「ああ、大丈夫だが……いったいどういった心境の変化があったんだ?」
とマルコムが不思議そうな顔をしながら、質問する。
「特に何もないよ。それじゃあ、頼んだぞ」
そう言うと、ブライアンは扉を開けて部屋を出た。マルコムは口に手を当てて、ブライアンに何があったのか真剣に考えていた。
・・・
それから、さらに半月ほど経った頃だった。ブライアンの足はすっかり治り、愛車のバンでとある場所に向かった。街の中心街近くにある公園だ。今日そこで新しい相棒と待ち合わせをすることになっている。公園の出入り口近くの道路脇に車を停めると、運転席から出て相棒が見つけやすいように車にもたれかかって待つことにした。マルコムが言うにはその相棒は最近入ったばかりの新人だそうだ。新しい相棒がどんな奴か、期待と不安が入り混じりながら考え込んでいると急に声をかけられる。
「あなたがブライアンさん?」
「ああ、そうだ」
「ベン・タイラーです。マルコムさんに言われてきました。よろしくお願いします」
そう言うとベンは満面の笑みを浮かべながら手を差し出す。ブライアンは握手に応じながら、こいつは半年も持たなそうだな、とベンの顔を覗き込みながら思った。
「さっそく、仕事だ。これからある場所に向かう。隣に乗れ」
と言って、ベンに助手席に座るよう促すと彼は元気よく返事をして助手席に向かい、車に乗り込んだ。ブライアンは運転席に座ると、キーを差し込んでエンジンをかけ、車を走らせる。
最初の仕事が始まる。ブライアンとベンの初めての仕事が……
この時、まだブライアンはこの青年との物語が長く大切なものになるとは思っていなかった。
~Fin~
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