第八章 - Ⅶ

 突如として姿を現した、全ての黒幕。僕たちの視線がキララとヒメノに集中している中、空中から、飛び込むような登場を見せる影。

 初めは目を疑った。が、その手に携えられている巨大な剣を目にしてしまうと、矢を射られた肩の痛みも忘れ、僕はただひたすらに畏怖していた。

 赫熊アミナ。クレインの姉、ルーシャさんの仇であり、ディカリアの統率者。

 ヒメノが放った矢は、真っ直ぐにアミナへ向かって飛んでいく。しかし、その矢にまるで興味を示さず、障害とすらも思っていないような様子で、大剣の背を使い弾く。

 大木に張り付けられたキララを守るよう、僕たちの前に立ち塞がるアミナ。

「アミナ! 遅いよー!」

「お前ならこいつらくらいひとりで殺せると思ってたんだがな。さすが、ヒトヨを倒しただけはある」

 悠然と歩きながら、キララに突き刺さったアマトを引き抜く。キララはアミナと入れ替わるように、腹部を押さえながら公園から飛び出した。

 絶句する僕たちだったが、そんな中、ひとりだけアミナを睨みつけ明らかな敵意を剥き出しにしている存在がいた。


「――アミナ? あなたが、赫熊アミナ……!」


「あ? 誰かと思えば……へえ、本当によく似てるんだな。あいつと」


 クレインとアミナが、邂逅を果たす。

 あいつ、と強調するアミナ。もちろん、ルーシャさんのことであろうと容易に想像ができた。可笑しそうに声を上げつつ、引き抜いた片方のアマトをクレインに投げ返す。武器を奪わないばかりか本人に返す行動から、アミナの余裕が節々から伺える。

「その剣で、お姉ちゃんを斬ったのね」

 クレインの声は普段とは違う雰囲気を帯びている。両腕のアマトをアミナへ向け、威嚇はしているが、攻撃には移らない。クレインが見据えるのはアミナの武器。禍々しい装飾が施された、黒とも紫ともつかない色の大剣。

「ああ、そうだ。ルーシャを殺したのはアタシだ。それは否定のしようもない事実だな」

「どう、して」

「ルーシャはアタシたちディカリアの方針に真っ向から反対していた。ヒドゥンとの共存を望まず、戦う道を選んだ。それが理由だ」

 クレインが手にしたアマトに力を籠めたのが、この位置からでも分かった。彼女は、今にも襲い掛からんばかりの勢いで言葉を落としていく。

「はっ、随分と大層な理由なのね。そのディカリアとかいう組織も、所詮はあなたの自己満足のために作ったものでしょう?」

「……何も分かってない癖に、よくそんな挑発するみてえな台詞が吐けるもんだ」

「何も分かっていないからよ。別に、あなたたちの事情なんてどうでもいい」

 クレインのアマトが、神々しい光を放って白く輝いた。

「あなたはお姉ちゃんを殺した。それが偽りのない事実なら、私はあなたを殺す。それだけの話よ」

「その威勢のよさだけは認めてやるよ。その割には、膝が笑ってるみたいだけどな」

 ワンピースから伸びるクレインの足は、アミナが言うように確かに震えているように見受けられた。当然だ、相手は自分の姉を殺した存在。誰よりも強かった、とクレインが慕っていたルーシャさんを斬った存在だ。

 強烈な復讐心と共に、クレインの中に渦巻いているであろう恐怖心。互いに、武器を構える。

「ヒメノ、援護して!」

 低い体勢からの突進。普段よりも機動力を重視し、アマトを短めに持ったクレイン。ヒメノに声を投げつつ、アミナに接近する。が、怪我のせいか恐怖のせいか、普段と比べると彼女の移動速度は遅い。 

「分かっています、ッ!」

 ヒメノも後ろへステップを踏みながら、ネブラに番えた矢をアミナに向け放った。クレインの体勢が低いこともあり、背の高いアミナのちょうど頭を狙う射線だ。

「雑魚がいくら群れたところで、アタシには敵わねえよ」

 しかし、アミナは至って冷静だ。釣り上げた口元に違わず、クレインとヒメノの攻撃を、まるで雑草を見るかのようにあしらおうとする。アミナが手にした大剣を横薙ぎに払うように振るった。

 こちらまで届いてしまいそうな、強烈な風が襲い掛かる。次の瞬間、思わず目を疑った。  

 ヒメノの矢は空中でふたつに分解し、クレインのアマトは剣戟によって弾かれていたからだ。

「な、ッ!」

 呆然としたのはクレインかヒメノか、それとも両方か。当然の反応だ。仮にも異形を倒すプロである執行兵の攻撃が、こんなに容易く防がれてしまえば。

「どうした? おいおい、まさか一撃で戦意喪失ってことはないだろ? 掛かって来いよ。ルーシャの仇が、こんなに近くにいるんだぜ?」

 尚も挑発するような言葉でクレインを追い立てるアミナ。アマトを弾かれた際の振動か、クレインは苦しそうに顔をしかめながら、アミナの剣が届かないギリギリの位置で様子を探る。ヒメノもヒメノで弓を引けない。下手な攻撃は、全て防がれてしまうはずだと踏んでいるのだろう。

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