第八章 - Ⅵ
「ちぃッ……でも残念、そんな矢なんて当たらないよー?」
コハク型と分断されてしまったことに小さく舌打ちを飛ばすも、その後の言葉の通り、バックステップで矢を躱すキララ。キララと違い数本の矢を一度に放つことに慣れていないヒメノは、すぐに次の矢を準備する。
「次は、必ず……」
「だから無駄だって。キララの方が早――え?」
目の前のヒメノにばかり意識を向けていたキララ。その一瞬が、「彼女」の狙いだ。
「貰っ、た!」
キララの頭上。跳躍しアマトを装備したクレインが、キララの胸を目掛けて貫こうとする。いつも見せている、クレインの攻撃方法。対するキララは上からの攻撃に呆気に取られるが、先程の矢と同じように後方へ躱す。
「ふぅん、ちょっとは考えたみたいだね」
地面を穿つアマト。しかしクレインは、すかさず次の攻撃を叩き込もうとキララへ迫る。
「近距離にさえ入れば……!」
「対応できないって、本気で思ってるのー? 甘いなー、そんなの想定済みだって」
遠距離武器であるボウガン、トリプタは、確かに近距離での戦闘には向かないように思う。しかし、遠目からも分かるように、キララの顔も声も一向に焦った様子がない。
アマトの殴打を踊るような動きで避けると、すかさずトリプタに矢を番える。しかし、クレインに向けては撃たない。鏃は、コハク型と戦うホノカに向いている。
「そっちもそっちで、随分苦戦してるみたいだよー? キララよりもあっちに構うべきじゃない? ヒドゥンを狩るのが後輩ちゃんたちの目的ならさ」
「させないわ!」
縦に振り下ろされたアマトに対し、避け切れないキララは咄嗟に武器を使って受け止める。ホノカへの攻撃は防げたものの、この配置ではヒメノの援護も期待できない。クレインにも矢が当たる可能性があるからだ。
「おっと、危ない危ない。ルーシャと違って攻撃一辺倒なんだね、クレインちゃん」
「鎌女と似たような台詞を吐かないで欲しい、わね!」
もう片方のアマトで横からの殴打を狙うクレインだったが、その攻撃も鮮やかに回避される。遠巻きにホノカとコハク型が織りなす激しい金属音を聞きながら、クレイン、ヒメノとキララの戦闘からも目を離せない。
「そっかー、実の姉と比較されるのは辛いよね。でもさ、武器に慣れてない感じ、するよー? まあ執行兵になってからの年月だって浅いし、仕方ないよね」
クレインの攻撃を避け、後方へ跳躍したキララ。武器の重さも相まって、すぐに対応ができないクレインに、既に番えられていたボウガンの矢が迸る。三本の矢が飛来し、そのうちの一本が、クレインの太股の辺りに突き刺さった。
「っく、あッ……!?」
「クレインっ!」
叫んだのはヒメノだ。がくりとその場に膝を突くクレインに、着地をしたキララからの笑い声が注ぐ。
「あはっ、これでしばらく動けないね? その隙にタカトくんを始末しちゃおうかなー」
「まだ、よ……このくらいで、勝ったとは思わないことね」
「へぇ、随分と強気なんだね。でもどうすることもできないでしょ?」
煽るようなキララの言葉。クレインはふらりと倒れそうになる。だが、遠目からでも見えるくらい、その表情は自信に満ちていた。
「できる、わよ。できればあまりやりたくはないけど、ね。お姉ちゃんにはできない芸当、あなたに見せてあげるわ。は、あッ……!」
そのとき。クレインがアマトを振り上げたかと思うと、傷を負っていない方の足を軸にその場で一回転をする。殴打か、しかし距離が遠すぎる。
「届かないくせにそんなことしても――」
「届くのよ」
クレインの言葉が小さく聞こえた瞬間。彼女の右手に装備されていたアマトが、風を切った。
「え――?」
目の前の出来事が、現実だとは思えない素振りのキララ。文字通りクレインの手から離れたアマトは、その先端をキララに向け真っ直ぐに飛んでいく。例えるならば槍投げの容量、しかし、そんな使い方は見たことがなかった。
クレインの思惑は見事に当たる。アマトの先端は、呆然と立ち尽くすキララの腹部に命中し、その勢いのままキララの身体は後方へと吹き飛んだ。
「きゃぁぁぁぁッ!?」
ちょうど彼女の背後にあった大木に突き刺さるアマト。キララの身体は木の幹に磔になるような格好で、無防備になる。
「は、ッ、あ……馬鹿、なの? 武器を投げるだなんて……」
「お姉ちゃんにはできないけど、私にならできる。これで終わりよ、お子様」
何とかアマトを引き抜こうともがくキララだったが、深々と突き刺さったそれは微動だにしない。クレインはキララから放たれた矢を太股より抜き、地面に捨てる。怪我を負っているため、すぐには動けない。しかし、僕たちには――。
「任せたわ、ヒメノ!」
弓を引き絞ったヒメノが、狙いを定める。相手は動かない的のようなもの。クレインが射線から身体を逸らすと、ヒメノとキララの視線がぴたりと合う。
「くッ……!」
「終わりですよ、先輩。せいぜいあの世で、己の行いを悔いてください」
氷のような視線と言葉、そして無慈悲な矢の一閃。さすがのキララも、目を瞑った。
コハク型はホノカと斬り結んでおり、キララが倒されそうなこの現状に気づいていない。
仕留められる、と痛む肩を押さえつつ、僕はある種の確信を得た。
その、瞬間までは。
「――随分と情けねえなぁ、キララ。後輩相手にここまで手こずるなんて」
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