第四章 - Ⅳ

「あのとき一緒に居たのは、クレインだったな。やはり君はクレインの関係者、つまるところ私に嘘をついていたということだ」

 背筋が凍り付くような感覚。クレインに殺されそうになった際も感じた悪寒だ。僕は一歩だけ後ずさり、弁解の余地のない中頭を下げた。

「ごっ……ごめん、嘘をつくつもりじゃなかったんだけど、君のこと、クレインから聞いてたからさ」

「私のこと? クレインが、私のことを話していたのか?」

 あのときのクレインと全く同じ反応だ。ホノカは首を傾げる。その次に控えていた言葉を言っていいものか、かなり悩んだ。でも、これ以上の嘘は自分の身を危険に晒すだけだと直感的な判断で、本当のことを告げようと決意する。

「うん。あのさ……君がクレインのお姉さんを斬ったっていうのは、本当なの?」

 明らかに場の空気が硬直した。僕の言葉を受け、目を見開きながら口を開こうとするホノカ。しかし、上手く言葉に出せないようだ。

 やっと出した声は、絞り出すように。それでも確かな意思を僕に伝えた。

「そん、な……そんなこと、するはずがないだろう! どうして私が、ルーシャさんを斬らなければいけないんだ!?」

 ルーシャさん、とはクレインの姉の名前だろうか。何にせよ、ホノカの必死の訴えはとても嘘をついているようには思えなかった。これがホノカの演技だとしたらそれまでだが、彼女は恐らく、嘘のつける性分ではない。

「クレインがどうして君を疑うのか、僕には分からない。でも、初めてクレインと会ったときから君の名前は聞いてたんだ。ホノカ、でいいいんだよね」

「ッ……!」

 これで、彼女の中で僕は赤の他人ではなくなった。少なくとも執行兵の、クレインの情報を持っている身だ。

「クレインは君を探して戦うために、ヒドゥンを倒してきた。ヒドゥンと戦い続ければ、ホノカがその場に現れるかもしれないって期待しながらね」

「そう、だったのか。ではまず、クレインの誤解を解かなくてはいけないな。ちょうど、私もクレインと話したかったところだ。それで、クレインは今どこにいる?」

「あ、ええっと――」

 事情が事情なので、経緯を簡単に話す。もちろん、ホノカの話がトリガーになったことは内緒だ。僕の話を時に頷きながら、時に神妙な面持ちで聞くホノカ。話し終えると、彼女は少しばかり瞳を伏せた。

「なるほど、クレインは変わらないな。昔から言葉より先に身体が動く。今回、君の元から離れたのも何の計画性もない。きっとそのうち帰ってくるから、心配には及ばないはずだ」

「だといいんだけどね」

 この状況で帰ってくるとなると大変なことになりそうだ。僕も自分の家が破壊しつくされた現場は見たくない。

「それより、今の話で分かったことがひとつある。ここで待っていれば、いずれはクレインに会えるということだな」

「えええっ!?」

 あまりの唐突さに声を荒げてしまう。クレインに引き続きホノカも、まさかここに住むなんて言い出すとは想定外だ。

「何か問題があるのか?」

「いやいやいや、問題とか以前の話だと思うんだけど……それに、僕の両親はクレインが記憶を操作しちゃってるから、他の執行兵じゃ書き換えられないし」

「ふむ、それは厄介だな。まあ、見つからない自信はあるから安心してくれ。食事と寝床を恵んでくれるだけでいい。もちろん、君を狙うヒドゥンは全て私が排除しよう。等価交換だ、悪い条件ではないと思うが」

 言うことがクレインと酷似していることは置いておいて、確かにヒドゥンに襲われて犬死はしたくないし、ホノカと居た方が安全にも思える。が、クレインが戻った際に最悪の状況になってしまうことは間違いなさそうだった。少し考えた後に答えを出す。

「クレインと話を付けてくれるなら、構わないよ。クレインは君を殺したいくらい憎んでるから、一筋縄じゃ行かないかもしれないけど」

「心配無用だ。こう見えてクレインとは幼馴染なんだ。彼女のことは昔から知っているし、きっと話せば分かってくれる」

 クレインの固い意志を聞いていないから、こんな風に笑えるのだろうか。今のクレインなら、ホノカの姿が見えただけで襲ってくることも十分にあり得るのに。

 正直、ホノカにクレインを説得できるとは思えなかった。身内を殺された恨みを抱えているクレインと、間違いなく戦闘になる。僕はその日を、指を咥えて待っているしかないのだろうか。

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