第二章 - Ⅳ

「あっ、タカトー! クーちゃーん!」

「ミオリ、夜ですのでお静かに。クレイン、食料さん、こんばんは」


 ミオリはぶんぶんと大きく手を振って、ヒメノはそんなミオリを諫めるように、僕たちを迎えてくれた。

「ふたりとも早かったわね。そんなにヒドゥンを殺すのが楽しみ?」

「そんなわけないよ、私は疑いを晴らしたいだけ!」

「私はただの立会人です。援護はしますが、最低限の予定です。あくまでもミオリにとどめを刺させましょう」

「本当は私が仕留めたいところだけど、まあいいわ。今回はミオリの疑いを晴らす目的があるわけだし、譲りましょう」

「いい心がけですね、クレイン。それでは、食料さんに先導してもらってヒドゥンを探しましょうか」

「えええッ、僕!?」

「当たり前です。何のための食料役なのか分からないではないですか」

 ヒメノからさも当然のようにさらりと言われた一言。分かってはいても実際に行動に移るとなると話は別、なかなか精神的に辛いものがある。

「確かに、昨日もここでタカトと歩いていたらヒドゥンに出会ったわけだし、あなたが先導してくれた方が確率は高いわ」

「タカト、頼りにしてるよー!」

 クレインもミオリもまるで取り合ってくれないので、僕は形だけの戦闘態勢を取りつつ、彼女たちの前に立った。とはいえ、運動部に入っているわけでもスポーツ経験があるわけでもない僕に何ができるのかと自分でも疑問だ。とりあえず、ボクサーのファイティングポーズのようなものを取ってはいるものの、ヒドゥンに襲われれば命はないだろう。

 歩道下の通路を抜ける際、ヒメノの声が飛んできた。

「食料さん、なんですかそのへっぴり腰は。大体、ヒドゥンは殴ったくらいでは殺せませんよ」

「分かってるけど、僕だけ何もしないっていうのはと思って」

 彼女たちが背後にいるせいもあって顔は見えないが、歩道の下だからか声だけは大きく響いた。僕の意志の表れ、せめて形だけでも何かをしたいという思いだ。

「はぁ……まあ、その心がけは認めざるを得ませんね」

「おお、ヒメちゃんが他の人を褒めるなんて珍しいね?」

「たまたまです。ヒドゥンに襲われやすい人間なんて、他に例がないんですから。そもそも、私たちが人間とこうしてコンタクトを取ること自体、異常事態なのです」

「それもそうだねー。でもさ、一か月もこっちにいると、人間とほとんど変わらない生活だからその辺の感覚が狂うんだよね」

 そう。誰も、ミオリの正体を見抜けなかった。普通の人間だと思って接してきたし、実際にそう見える。クレインにも言われたことだが、彼女たちは人間に「擬態」している。それは人間の世界に降り立ったヒドゥンを狩るため。実際にその現場を目撃してしまうと、ぐうの音も出ない。

 歩道下の通路は長く、抜けると近くの公園に繋がっている。昼間でも明かりが少ない森林公園で、あまり人通りも多くない。まして深夜ともなると、人影は僕たちを除き皆無だ。

「……いかにもヒドゥンが好みそうな場所ね」

 クレインが両腕に装着した腕輪、彼女の武器であるアマトが微かに揺れる。ほとんど同時に、ミオリもヒメノもヴァリアヴル・ウェポンを生成しようと行動に移そうとした。

 だが。


 ――静けさに満ち溢れていた森の中に、響き渡る異音。金切り声のようなそれは、僕の耳に飛び込んで、鼓膜を割り裂かんばかりの勢いで突き抜ける。

「く、うッ……!?」

「タカト、気を付けて。ヒドゥンよ」

 そんな中、クレインはあくまでも冷静だった。貸していたパーカーを僕に渡しながら、臨戦態勢に入る。傍らには、既に生成したアマトが携えられていた。

「この特徴的な鳴き声、マンニット型で間違いなさそうですね。私やクレインの武器では厳しい戦いを強いられそうです」

 ヒメノの冷静な分析に違わず、僕らの目の前に現れたのは、群青色の甲殻に包まれた蠍のようなヒドゥンだった。鎧のような甲殻、一対の巨大な鋏、そして尻尾に当たる部分だけは色が深い。毒を持っていることも十分に考えられた。前に遭遇したグルタ型、アニル型とは違い、あのぼんやりとした赤い光はどこにも見当たらない。

「模擬戦でも苦労した記憶があるわね。実戦は初めてだけど、ミオリとヒメノは?」

「わっ……私も、初めて。グルタ型しか倒して来なかったから」

「私もです。ひとまず、ネブラで威嚇します。クレインとミオリは近接攻撃を」

 頷いて、クレインとミオリがヒドゥンの左右に回り込むように駆け出した。ミオリの手にも、既に生成した大斧、ソレクが握られている。

 僕は戦闘を見守ろうと、木陰に身を隠した。顔を出すと、ちょうどヒメノが大きな弓矢、ネブラを展開する瞬間を捉える。じりじりと後退しながら、弓の弦を引き絞り、ヒドゥンに向け矢を放つ

 しかし、堅牢な甲殻には傷ひとつつかない。甲高い金属音と共に、矢は弾かれた。

「やはり、効果なしですね。ですがマンニット型は動きが鈍いです。食料さんが逃げる時間も存分に存在するかと」

 僕のすぐ側でヒドゥンの鋏の付け根を狙うヒメノ。相変わらずヒドゥンには効いていないが、ヒドゥン側も何もアクションを起こさない。時折、その瞳がぎろりと動くだけ。

「ねえ、本当に倒せるの?」

「私ひとりでは厳しいです。ですが――」

 そのとき。敵の両端に回り込んだクレインのアマトが、ヒドゥンの鋏の付け根を捉える――!

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