第二章 - Ⅱ
「ひ、ひひッ、ヒメちゃぁぁぁぁぁん!!」
ミオリが手にしてたメロンパンが、盛大に宙を舞う。こちらに飛んできたそれを慌ててキャッチするも、ミオリ本人は気にすらかけていない。ヒメノに突進する勢いで駆け寄り、間髪入れずに抱き着いた。
「ミオリ……あなたは相変わらずですね」
「だって、久し振りなんだもん! 元気にしてた?」
「ええ、まあ」
ミオリに振り回されているようで、冷静に対応しているヒメノ。
それよりも、ミオリの反応に少々戸惑いを覚えていた。同じ執行兵でも、クレインに対する態度とはだいぶ違う。
「さ、ヒメちゃんもお昼食べよ?」
「そうですね。クレインと食料さん、お隣、失礼します」
「あ、うん」
未だに僕を食料呼ばわりするヒメノだったが、もうさすがに慣れてきた気がする。紙袋からシンプルなバターロールパンを取り出したヒメノ。さっそく頬張り始めた。
ヒメノが全てのパンを食べるまでの所要時間はわずか五分ほど。紙パックのコーヒー牛乳を一口飲んで、ヒメノは顔を上げた。その表情は寸分たりとも変わっていない。
「お待たせしました」
「ええ。全員揃ったわね。まず、ミオリとヒメノ」
口火を切ったクレインが、集まったふたりに視線を配る。ミオリは首を傾げながら、ヒメノは微動だにしないまま、クレインの次の言葉を待っていた。
僕には、何となくクレインの言わんとすることが察せていた。恐らく、クレインは彼女の目的を話す。協力者としてのふたりに。
そして。
「私の目的を、まだ話していなかったと思うの。ごめんなさい。目的も分からずに協力してくれなんて虫のいい話よね」
僅かに顔を伏せたクレイン。そこでヒメノが右手を挙げる。太陽に照らされ、彼女の指輪がキラリと光った。
「私は分かっています。クレインの根底にあるのは……ホノカ、ですよね」
「ええっ、ホノカ? ホノカってあの、ホノちゃん?」
「他にどのホノカがいるか不明ですが、ミオリの認識で間違いはないと思いますよ」
ホノカ、という名を聞いて、微かにクレインの眉が吊り上がったのを、僕は見逃さなかった。余程の強い思い。昨日の夜に聞いたことの通りだ。
「そう。ヒメノの言う通り。私はホノカを探しているの。理由は彼女を殺すため」
殺す、という単語を聞いて、傍らのミオリが大きく肩を震わせた。
「でも、クーちゃんとホノちゃんって幼馴染なんだよね? 兵舎でも、あんなに仲良く――」
そんなミオリの言葉を遮るように、クレインは彼女に鋭い視線を向ける。竦んでしまったミオリは、びくりと震えた後に慌てて謝罪した。
「ごっ……ごめん、クーちゃん」
「私とホノカの仲が良かったなんて、昔の話よ。今となっては憎むべき存在に他ならないわ」
クレインとホノカは、幼馴染だった。彼女は「友人」と称していたが、もっと身近で、信頼を置いていた存在だったのではないかと推測してしまう。ミオリはまだ何か言いたそうに口を開きかけたが、クレインの言葉に遮られてしまう。
「ともかく、ヒメノの話からホノカが近々こっちの世界に来ることが分かってる。間違いないわね、ヒメノ」
「ええ。予定では、私の次に派遣される執行兵はホノカです」
ヒメノも、まだ人間界に派遣されて日が浅いらしい。もしかするとクレインとほぼ同時か、少し遅いくらいなのかもしれない。
「了解。そういうことだから、あなたたちにも協力を要請したの。夜になったら、あなたたちもヒドゥンを狩るはず。その中でホノカに出会ったら、伝えて。伝達方法はヴァリアヴル・ウェポンを介するわ。やり方はもちろん分かるわね?」
クレインの腕輪が、ミオリのチョーカーが、ヒメノの指輪が、それぞれ光を帯びた。
「うん、ちゃんと繋がってるね。あ、タカトは知らないよね。執行兵は、ヴァリアヴル・ウェポンを介して交信することができるの。お互いがそれを望めば、だけど」
自身の首のチョーカーを指差して、ミオリが得意気に話す。
「へえ……携帯、みたいなものなんだね」
携帯、という表現が失言だった。鋭い視線で、ヒメノに睨まれる。
「人間の使う電子端末と一緒にされては困ります、食料さん。クレインのアマトも、ミオリのソレクも、私のネブラも、特別な物なんです。ヒドゥンと戦うことが許された執行兵は、厳しい訓練を経て、ようやくこの武器を手にします。金銭さえ払えば手に入る物とは雲泥の差です」
ヒメノが右手の小指に嵌められたリングを撫でる手は実に愛おしそうだが、口調はかなり刺々しい。余程の誇りを持っているようだが、その厳しい訓練の内容が分からない僕にはピンとこない。一応、謝る素振りを見せようとすると、ミオリが苦笑いをしながら会話に参加した。
「まーまー、ヒメちゃん落ち着きなって。でも、確かに養成学校の卒業試験は辛かったねぇ」
「そうかしら? 私は特に辛くはなかったけれど」
「首席卒業のクーちゃんは別格ですー!」
首席と聞いて耳を疑う。当然、訓練を受けた者の数にもよるがそれでもミオリやヒメノを差し置いているということ。ヒドゥンとの戦いでも片鱗を見せていたが、やはりクレインは強い。そんな彼女の横顔を、思わずジッと見つめてしまう。すると、端正な瞳が僕へと向き直った。
「タカト、どうかした?」
「う、ううん。何でもないよ。首席卒業って、ちょっとイメージ湧かないけどすごいなって」
「そう、ね。でも、同期のホノカとは僅差だった……いいえ、別にホノカを思い出して感傷に浸っているわけじゃない。今は殺すべき対象なのだから」
それは僕に向けての言葉か、それともクレインがクレイン自身に向けて放った言葉かは分からない。ともあれ、これでホノカに対する情報の共有はできた。
「話が逸れたわね。次は、あなたたちが知っている情報を教えてもらってもいいかしら。まず、ヒメノから」
昨日、あの歩道下のトンネルで出会った際に、ヒメノは意味深な単語を放っていた。それは僕も覚えている。当然、クレインもだ。だからこそ、敢えて最初にヒメノに話を振ったと考えるのが自然だ。
「はい。まず、クレインの知らなかったディカリアについて。クレインが知らないのだから、当然ミオリも知りませんよね」
「でぃかりあ? 何それ」
「クレインと食料さんには「新しいヒドゥンの型」と説明させていただきましたが、厳密にいえば違います。ディカリアは私たちの敵でもあると同時に――」
少しの間を置いたヒメノ。その口から紡ぎ出される言葉が気になって、嫌でも身構えてしまう。そして。
「――執行兵でもあるんです」
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