【幸運勇者】剣を売る彼女とそれを預かり受ける勇者のお話
雨宮悠理
少女と勇者
「……おやおや、こいつはひどいもんさ。刃こぼれも酷ければ、柄も欠け錆切っている。とても高値を出せる代物じゃ無いさね」
そこそこ重量のある剣をひょいと片手で持ち上げた老婆は、しげしげと舐め回すように剣を観察する。時折依頼人の方をチラ見しては舌をなめずっている。
「そんな……。それは年代物でとても貴重な剣だと伝え聞いています。本来、このような形で売りに出しても良いものでは無いんですけど、仕方なく…………。とっ、とにかくもう一度しっかり見てください! もっと値段がつくはずです!」
齢十七歳くらいの少女は懇願した。
が、長机の向こう側に腰掛けていた老婆は、少女の言葉を聞くや否や力強く、バンッと机を叩き立ち上がった。
老眼鏡の向こうにある黒い瞳が、じろりと依頼人である少女の姿を捉えていた。
「ダメなもんはダメさ。本来これはゴミとして扱ってもいいくらいの代物だ。それを少しでも金に換えてやろうって言ってんだよ。むしろ感謝して欲しいくらいさ。キリ良く十タリス。それ以上はビタ一文出せやしないね」
老婆は剣を机の上に置くと、袖机から何枚かの書類の束を取り出した。印とペンを取り出して、「座りなよ」と顎で少女に座るよう促していた。だが少女は俯いたまま暫くの間を空け、そして口を開いた。
「やっぱり、……売るのはやめにします。査定してもらって申し訳無いのですが、やはりこれは大切なものですので。暫くは……まだ持っておこうと思います」
そう言って少女は老婆に向かって深くお辞儀をした。翡翠色の髪の毛がふわりと揺れ、少女は申し訳なさそうに苦笑いを浮かべていた。
「…………ざっけんじゃねえぞ、クソガキ! そんな道理が通ると思うか」
「…………!」
老婆はいきなり声を張り上げると机に置かれた剣をしっかりと掴み、自身の元へと引き寄せた。
「こいつはもう売りに出されたもんさ。どうしても返して欲しいってんなら査定料。一万タリス払いな。それが払えないんだったら返さないし、警羅隊に通報したっていいんだよ」
「そんなっ……これはいくらなんでも横暴です!」
「だったらちゃんと筋は通すんだね。渡すか、払うか。さあどうするんだい」
ダンッと老婆が机を叩いた時、店のドアがからんからんと音を立てて開いた。
「ちっ、こんな時に誰か客かね。……今日はもう閉店だよ! また明日出直してきなっ」
老婆の言葉に店に入ってきた男は頭を掻きながら応える。
「それは困るなあ。僕はれっきとした客だよ。それにほら。まだ営業中じゃないか」
「なんだい勝手に入ってきて、これは営業妨害とみなして警羅隊に報告するよ……って、あんたは……」
老婆は彼を見て目を丸くしている。
動きが止まった老婆を不審がり、少女もいつの間にか背後に立つ男に目をやった。
歳のころはあまり変わらなそうに見える、けれど、どこか周りの人とは違う。何かオーラみたいなものを感じる人だった。
「そうか、査定料一万タリスね。なかなかボッタクリが度を過ぎている気がするけど、それ払えば返してくれるんだろ」
彼はポケットを漁ると、小粒大の石を取り上げ机の上に置いた。光を反射してキラキラと光る黄色いそれは、おそらく魔石と呼ばれるものだ。それにしてもこんなに綺麗な魔石はそうお目にかかれるものではない。老婆は目を白黒させながらも、視線は魔石に釘付けだった。
「……あんた、……こいつを一体どこで」
「これなら多分総額一万タリスくらいは余裕であるだろう。なんなら市場に出せばもっと値はつくんじゃないか。こいつで手を打つから、さっさとその剣をこっちに渡してくれ」
老婆は忌々しげに彼を見ると、渋々といった感じで手に持っていた剣を手渡した。
「ありがとう、いい買い物だったよ」
「……二度とくるなよ、クソガキ」
彼は老婆に恭しく一礼すると少女に店を出るよう目線で合図し、一緒に店を出た。
店の外に出ると彼は深く大きな息を吐いた。
「ごめんね、大丈夫だったかい?あの婆さん、モノを見る目は確かだが、性根が歪んでいるせいでマトモに相手をするのは難しいんだよな」
優しく微笑む彼に私はとても申し訳ない気持ちになる。
「本当にありがとうございます。……いえ、あのお婆さんは悪くないんです。売る気もないのに査定になんて出してしまって。営業妨害をしてしまったのは事実なんです」
私が途中で売るのをやめたりしなければ、こんな事態にはならなかったはず。悪いのはすべて私だ。
「あと先程の魔石すみません!あんなに貴重なモノを。出して頂いた分は必ず弁償します!」
「あー……、あれは気にしなくてもいいよ。なんかたまたまドラゴンからドロップしただけのアイテムだし。俺が倒した訳じゃないし……」
「ドラゴン!? 貴方もしかしてご職業は勇者さまなのですか」
「あー……、うん。一応、まだそうなるかな」
すごい!本物の勇者の方に会うのなんて初めてだ。冒険者の方は何人も見てきたが、勇者職を得られる人は限られている。
「ちなみにこの剣だけど、一体なんで君がこんなものを……、あれ?なんか光ってないかこれ?」
「…………!!」
彼の手に持っていた剣が鈍く緑色の光を纏っていた。
昔お父様から聞いたことがあった。代々一族に伝わる翡翠剣は、持つべき者が持った時、聖なる光を纏いどんな悪も討ち滅ぼすことが出来る聖剣になると。
私は心躍った。きっとこの人が選ばれし者なんだと確信した。けれど、見ず知らずの恩人を戦いに巻き込むのは違う気がする。
私の視線に気付いたのだろう。彼が苦笑いしながら言った。
「この剣を君に返そうと思ったけど、なんとなく察したよ。君には何か使命のようなものがあって、それには勇者の力が必要なんだろう」
私は目を見開いた。
彼は気づいてくれていたんだ。
私は肯定の意を込めて一度頷いた。
「はい。その剣は邪神を倒す為に作られた翡翠剣と呼ばれる聖剣です。本来父が使う予定でしたが、父は邪神に攫われてしまい帰ってこないのです。」
あれからもう何年経つだろう。
「それから邪神を討伐して貰えるよう勇者さまを雇おうと思ったのですが、費用が足りず。……本末転倒ではあるのですが、翡翠剣を売って勇者さまを雇おうと思っていたんです」
「……そうか。僕は勇者といっても力は他の勇者には殆ど及ばない。大したスキルも持っていない。そんな僕でいいのかい?」
「……もちろんです!でも私、雇えるだけのお金がなくって……」
彼は右手に掴んでいた剣を一度くるりと回転させた。
「もしかしたら大した力にはなれないかも知れないけど、僕で役に立てるなら勿論力になろう」
そういって彼は優しく微笑んだ。
こうして私と彼は邪神から捕らわれた父を救うべく、旅をすることとなった。
【幸運勇者】剣を売る彼女とそれを預かり受ける勇者のお話 雨宮悠理 @YuriAmemiya
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