008 フローラの想い
「タト。説明しなさい!何で家に聖女様がここにいるの」
もはや言い逃れなんてできそうもない。
「僕、タトは本日より聖女ティア様の正式なナイトに任命されました」
「そうか、そうか。タトがナイトになったかー。って、何言ってんのタト。学年最下位、最弱、やられっぱなしのへなちょこタトがナイトに選ばれるわけないでしょ。ねえ聖女様」
フローラは笑顔でティア様にたずねる。目が笑ってないんだけど。
「お言葉をかえすようですが、タト君は弱くなんかありません」
聖女ティア様はにこりと笑顔をつくって返す。うわっ。二人の視線が火花を散らしてんだけど・・・。
じっちゃん。なにコソコソ逃げ出さうとしてんだよ。フローラがそれを見逃すはずがない。
「じっちゃん。タトに聖女様がおつきになるなんて聞いてないですよね」
フローラが小さくなっているじっちゃんの背中に声を掛ける。ピョコンと小さく跳ねるじっちゃ。振り向いたじっちゃんの目が宙を泳いでいる。
「いやっ。ワシは何も・・・」
「私は認めないから。もう絶対に認めないから。やられっぱなしのタトが明日の校内予選会で優勝する奇跡と同じくらい信じないから」
フローラはほほを大きく膨らましてむくれる。
「タト君は明日の校内予選会で優勝します。聖女の名にかけて断言します」
えっ、ええー。聖女ティア様が断言するんですかー。そりゃー、優勝を夢見て修行はしてましたが、現実は負けっ放し・・・。リミッター魔法解除は別としても、今までが今までだけに自信ない。
「ふーん。そうなの。なら棄権しようと思ったけど私も出場しようかなー。ねえ、タト。手加減なんてしないから」
僕に抱きつくフローラの指が僕の顎をなでていく。怖いんですけど・・・。
「あのー。フローラさん。王立魔剣士高等学園なんて興味ないって言ってませんでした」
今まで幾度となく聞いた言葉だぞ。僕の質問にフローラが即答する。
「もちろん興味ないわよ。だけどタトが優勝して聖女様とヤクルの村を出て行くなんてことになるんなら話は別よ。タトがいるから私はヤクル村に居続けると決めてたんだから。タトはね、この村にいるのが一番幸せなの」
母親気取りの言い方にちょっとカチンときた。
「そんな。毎日修行に出かけるのを『頑張ってね』って応援してくれたじゃないか。僕のことをまるで信用してないじゃん」
「・・・。それは・・・」
フローラの目が泳ぐ。絶対に無駄な努力と思っていたに違いない。
「僕が優勝できないのを見透かして言ってたのか。わかったよ。なら僕も全力でフローラを超えていくから」
思わず大口をたたいてしまった。聖女ティア様の前だもの。僕だって良いところを見せたいんだ。子供扱いはやめてくれ。
「タト・・・。大人になりなさい。世の中、どうにもならないことだってあるんだから。ねえ聖女様、私が優勝したらタトをこの村から連れ出さないで。聖女とナイトの契約がどんなものかは十分理解してるわ。私はそれでもかまわないの。うん。かまわない。タトにとって二番でも三番でもいい。だからタトをこの村に・・・、お願い」
ぐえーん。
フローラが床に崩れていきなり泣き出した。僕より大きな体を子供みたいに震わせている。初めて見た。いつも姉貴気取りのフローラが泣くなんて信じられない。
フローラは知っていた。タトが神童と呼ばれていた時の事を。今のタトは周りが言うような弱虫でも無能でもない。ただ優しすぎる。優しさがタトを縛り付ける。あの事件がなければタトは今でも神童のままだったはず。
強力な自制魔法、リミッター魔法を自らにかけて記憶さえ封印してしまった原因。私にも少なからず責任があるのだ。
タトが元のように強くなるのは嬉しい。タトがイジメっ子達を自らの手でぶっ飛ばすのをこの目で見てみたい。タトがヤクル村を出て外の世界で活躍する姿を応援したい。
だけど・・・。タトの力が解放されるのが怖い。タトが自分の力に飲まれ、蝕まれていく姿なんて見たくない。だから・・・。タトはこの村で静かに、幸せに暮らして欲しい。その為なら私は何だってする。例えタトに嫌われようとも。私はタトが好きだ。大好きなんだ。それを伝えらられないからずっと苦しんでいる。あれからずっと・・・。
「わかりました。フローラさん。明日の予選会は全力で戦ってください。それでフローラさんが優勝したら私とタト君、フローラさんの三人でこの村で暮らしましょう」
聖女ティアは、汚れ一つない真っ白なハンカチを取り出してフローラの涙を拭った。
「ですがフローラさん。タト君がフローラさんを打ち負かすことができたら、タト君の成長を喜んであげください。お願いします」
「成長。タトの成長・・・」
フローラはポカンとして聖女ティア様を見上げる。
「はい。成長です。タト君は成長し続けてます。私は聖女として確信してます。タト君は必ず自分自身に打ち勝つと。だからフローラさんが心を痛める必要はありません」
「聖女様・・・」
顔を上げて立ち上がったフローラは、タトの顔を真正面から見つめて向かい合った。
「よっしゃー。全力でブッ倒してやるから覚悟しろよ、タト」
いつもの元気印のフローラに戻っている。
「聖女ティア様、あのー、フローラを焚きつけないでくださいよ」
思いっきりオロオロしだすタトだった。
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