モーニングとわちゃわちゃと

「ほわ………」


「わあっ…!」


「んん~…!」



階段を降り、一階のキッチンにやって来た三人は、ほぼ同時に短かな歓声を上げた。

キッチンから、美味しそうな匂いが香ってきたのだ。

こんがりとしたトーストと、温かいスープの香り。同時にフライパンで油が跳ねる音もする。卵とベーコンが焼ける、食欲をそそる音と匂いに、三人のお腹が揃って音を立てる。




「あっご主人さん…おはようございます!」



キッチンテーブルに座っていた、クートやユナよりも幼い少年が三人に気づいて挨拶をした。

肌も髪も、白雪のような純白。軽めのショートヘアの髪からは、ロップイヤーの兎耳が長く垂れている。

声も顔立ちもまだ無垢であどけない少年は、少し控えめな微笑みを三人に向けている。


湯気の立つマグカップを両手で握った少年の顔を見て、呼びかけられたティアは少し可笑しそうに微笑んだ。



「おはようございます、フィユ。…泡、ほっぺたについてますよ。」


「ふぇ…?」



フィユと呼ばれた少年はぽかん、とした表情を浮かべる。飲んでいたカフェラテの泡が頬に付いているのだが、当人は気づかなかったらしい。

クートがナプキンを手に取り、フィユの頬に手を添えた。



「オレが拭いてあげる! フィユ、ちょっとだけじっとしててな。」


「あっ、ありがとうクートお兄ちゃん…。」



目を閉じてクートに泡を拭われながら、フィユは少し恥ずかしそうに頬を染めていた。

とても恥ずかしがりのフィユは、その上白い肌なので照れていることがすぐに解る。

少し引っ込み思案なフィユと、人懐っこく世話焼きなクート。屋敷の皆は全員仲良しだが、この二人はとりわけ実の兄弟のような距離感で微笑ましい、とティアは思う。




一方、ユナはキッチンへと歩いて行き、フライパンを器用に扱うもう一人に声をかけていた。



「良い匂いだねー。朝はベーコンエッグ?」


「ああ、もうすぐ焼けるから待ってろよ。」



他の少年達より少し低い、よく通る声でそう応えたのは、凛としたつり目の美少年。

身長も少年達の中では一番高く、所々が外側に跳ねた、毛量の多いロングの黒髪を後ろで一つ結びにし、エプロンを纏っている。


彼の頭にも黒く長い狼のような耳が伸び、腰からは一際大きな尻尾が生えている。

と、そのつり目が近づいてくる女性を捉えた。



「おはようございます、リオ。」


「ああ、やっと起きたか、主。」


「クートのおかけでなんとか、ですけどね…。本当に、リオが美味しい食事を作ってくれて、いつも助かっていますよ。…ありがとう。」



ティアはそう言って微笑みかけるが、リオは「そうか。」とだけ返してまた料理に視線を戻してしまう。

…一見無愛想にも見えるが、その実リオの尻尾はティアに褒められて、嬉しそうにぶんぶんと振られていた。後ろに立っていたユナにはそれが見え、思わずにやにやと笑みが零れる。



「ユナ、焼けたやつから運んでいってくれ。……なんだよ、俺が何か可笑しかったか?」


「んふふ、別にー。」



不思議そうに首を傾げるリオを背に、ユナはベーコンエッグの乗った皿を運ぶ。

尻尾が感情に合わせて動いていることに、リオ自身がまだ気づいていない。そのことがなんとも可愛くて、ユナは一人ほくそ笑んでいた。



「…まあ、リオはまだこの身体のこと、よく知らないもんねー。」




ーーーーー






「ユナ、スープふーふーしてあげよっか?」


「クーくん過保護すぎ…冷めるの待つから大丈夫だって。…ねえフィユ、僕の分もサラダ食べる?」


「ふぇ…? い、いいのかな…。」


「ユナ、自分で食べろ。」


「好き嫌いしていては、大きくなれませんからね。」


「ちぇー…」


「フィユ、カフェラテおかわりするか?」


「あ、うん!ありがとう…リオお兄ちゃん。」





雪が静かに降り積もり、窓の外を白く彩ってゆく冬の朝。

薪をくべた暖炉のパチパチという音と、賑やかに朝食を囲む五人の声が楽しげに響く。


街を外れた小高い丘にぽつりと建つ、小さくも立派な屋敷。おとぎ話の洋館のような佇まいの屋敷に住むのは、主のティアと獣耳を備えた四人の少年。つまりはここにいる五人で全員だ。





「ねえねえ皆、今日は何しよっか?」



パンを頬張りながら、クートが皆に質問を投げかける。

こういう質問をするときは、大抵クート自身にやりたいことがあるときだと全員が知っている。

と、案の定クートの言葉が続いた。



「オレさ、雪だるま作ってみたいんだ!」


「雪だるま…?」



言葉の意味を知らず首を傾げるフィユに、クートはにっと笑いかける。

その尻尾は既に楽しみで仕方ない、とでも言いたげに忙しなく左右に振られている。



「そうそう、雪を丸めて大きい玉にして、それを重ねて作るんだって!枝で腕とか顔を作ったりして…あ、鼻にはニンジンを使うらしいよ!」


「へえぇ…楽しそう!」


「えー…僕寒いの嫌だなぁ…。部屋でぬくぬくしてようよ、ご主人様も一緒にさ。」



乗り気でないユナは口を尖らせ、猫なで声でティアに甘えた視線を送る。が、そこへリオが静かに口を挟む。



「主は、今日も執筆だろ?」


「そうですね。まだ書き上がっていない原稿もありますし…今日はあまり遊んであげられないかと。」


「そんなぁ…今日はご主人様と遊べると思ったのになぁ…。」


「すみませんね、ユナ…。」



空白の残っている原稿、自分ののことを思い出して、ティアは小さくため息をつく。書くことは楽しいし、自分で選んだ道ではあるが、そのためにこうしてがっかりさせてしまう時は、仕事を恨めしく思う気持ちにもなる。

代わりにとユナの頭に手をのせ、さらさらと髪の流れに沿って頭を撫でれば、不満そうだったユナの表情が徐々に綻び、笑顔に変わる。



「にゃ…ご主人様の手、あったかい……」


「ふふっ……ねえユナ、たまには体を動かすのも大事ですよ?皆と一緒なら楽しいでしょうし。」


「……もう、しょうがないから今日は我慢してあげるよ。…その代わり」



撫でられたのを喜ぶように猫耳と尻尾をくねらせていたユナは、不意にティアへと向かい合った。




「ご主人様も、ちゃんと休んでよ…?」




真面目な表情で、心配そうに眉根と猫耳を垂れ下げて、ユナは真っ直ぐにそう言った。

…悪戯好きな面もあるけれど、本当はちゃんと相手を気遣える優しさをユナは持っている。

そのことが嬉しくて、ティアはまたユナを優しく撫でたくなった。気づけば手を伸ばし、柔らかな髪と猫耳に手のひらを沿わせていた。




「…ふふっ、分かりました。…ありがとう、ユナ。」






二人の様子を嬉しそうに見つめていたクートは、やがてぱちん、と両手を叩いた。



「よしっ、じゃあ決まり!ご主人の邪魔しないためにも、今日は外で遊ぼう!ね、ご主人いいよね?」


「そうですね…ちゃんと暖かい服を着て、あまり遠くに行かないこと。それが守れるなら構いませんよ。」


「やったっ、…雪だるま楽しみだね、リオお兄ちゃん…!」


「えっ、俺も行くのか…?」


「当たり前でしょー?リオが一番力あるんだから。」


「…ユナ、サボる気じゃないだろうな。」


「よしっ!じゃあ食べ終わったら、玄関に集合な!」



元気よく拳を上げるクート達を、ティアの瞳が優しく見守っていた。



「…私も、頑張らないとですね。」







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