第117話 道筋①

「君に会って欲しい子がいるんだ。」

 その日の夕方、僕は菅原家にいた。僕がここにおじゃまするのは引っ越し以来の事だ。

 突然の来訪に驚いた洋子だったが、そして変わり果てた自分の姿を見られる事に戸惑いも感じていた様子ではあったが、僕は知らん顔して彼女に話しかけた。

 今日僕が菅原家を訪ねる事を、僕は菅ちゃんにも話していなかった。…というよりは、愛斗君と会って、僕にはどうしても二人に伝えなければならない事がある様な気がして、その足でここへ向かったのだった。


 「君に会ってもらいたい子がいる。」

 心配そうに成り行きを見守る菅ちゃんをよそに、僕は話を続けた。そして、年末の手紙から始まり、達夫の事、真奈美の事、そして愛斗君の事を話した。

 「真奈美さんの事、どうして私にも話してくれなかったのよ!なぜ私に黙って先生に私たちの事を話したのよ!」

 鬼の形相で、もはや絶叫と言える程に声を張り上げて、洋子は菅ちゃんに詰め寄った。髪を振り乱して大声で叫ぶ洋子はもはや僕の知っている洋子ではなくなっていた。

「今説明するから少し落ち着こう。」

そう言って菅ちゃんが肩にかけた手を、洋子は身体ごと乱暴に振り払った。

「何もわかってないくせに!何もわかろうなんてしなかったくせに!」

声が枯れる程に叫ぶと、洋子は食器棚から皿を取り出し、怒りもろとも床に叩きつけた。皿は粉々に砕け散った。

肩で「はぁはぁ」と荒い息をしながら菅ちゃんを睨み付ける洋子を、菅ちゃんはただ悲しい顔で見ていた。愛する者を抱きしめる事すらできないでいる菅ちゃんを見た僕は、改めて菅ちゃんの苦悩を知った。


 「愛斗君が愛してやまないその本は、洋子が初めて手掛けたあの本だ。」


 その瞬間、洋子の中から何かが抜け落ちてしまったかの様に洋子は肩をストンと落とすと僕に向き合った。

 「そうだあの本だ。君のあの象だ。」

 僕は優しく洋子を見た。

 「会ってみたらどうだ?君の何かが変わるかもしれない。」


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