第114話 運命③

「あの時、半そでのままぶるぶると震えていた彼をこのチャペルへと招き入れた時、私の体は凍りつきました。半そでから見える小さなその細い腕には多数の痣があり、そして彼の左手には…。」

彼女は言葉を止めて、小さく首を振った。

「彼の左手には、見える範囲全てがひどいやけどの痕を残していました。」

僕は驚いて彼女を見つめた。

「それが何らかの事故によってできてしまった傷なのか、またそうでないのか、私達は知る由もありません。寒くなれば傷が痛むのか、何も言わずに、その小さな手でその痕を何度もさすっている彼を見ると、傷の訳を聞くのは彼の心を殺してしまうのではないかとためらわれ、今に至るまでその事にふれる事はできないでおります。

彼は今日先生にお会いできるのを、本当に本当に心待ちにしていました。彼がここに来て以来…、彼に面会に来て下さるのは先生が初めてです。彼は今、先生が来て下さるのを今か今かと自分の部屋で待っているに違いありません。どうか、彼のその傷を見ても驚かずに彼と話をして下さればと思います。」

そしてシスターは優しく微笑んだ。

「先生がよろしければ、ご案内致します。」


静かな廊下をいくつも過ぎると、徐々に子供達の声が聞こえ始めた。声に近づくにつれ、極度に緊張している自分が不思議でたまらないまま僕は灰色のドアの前に立っていた。

「どうぞ。愛斗君が待っています。」

そして彼女は静かにドアを開けた。


固く閉じていた目を開けると、2段ベットが2つならんでいる狭い部屋の右側のベッドに、彼がちょこんと腰かけているのが見えた。

一瞬驚きの顔を見せた彼が、その胸に大事そうに、本当に大事そうに抱いている僕の写真集を見た。そして僕は、走り寄って彼を腕に抱いた。

「愛斗君だね、会いたかったよ。」

予期せずして口をついて出た言葉だった。

抱きしめた手をゆるめて彼を見ると、彼は驚いた様な、そして照れくさそうな表情を見せた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る