第110話 手紙④
「どうしてこのぞうは
ぼくのことを
いつでもどこでも みているんだろう
ぼくは、どきどきします
せんせい、
ありがとう」
“洋子が手がけた写真集だ”
それは、同じく十字架の押印のある白い便せんに、黒いクレヨンで書かれていた。
所々裏返しにかかれたひらがな…。彼の手によって滲んだクレヨンの跡…。子供を持った事のない僕でさえ、胸が締めつけられる思いがした。愛を持って親に見つめられる事が少なかったであろうこの子が、その象が、何故その子を見つめているのかがわからないでいる事が不憫で仕方なかった。何故ならば洋子は当時、像の目を愛の象徴として“どの角度からも象が自分を見ている様”に写真集を作ったからだ。「だれかがいつも、あなたを見守っている…一人ではないんだよ」というメッセージを込めて。
普通の環境にいれば、像の目が愛である事、そしてその眼は、自分を愛し、見守ってくれている誰かと同じ目をしていると気づくはずだ。事実、この写真集が発売された後もらった手紙の多くは、(多少それが「誰であるか」に幅はあったものの)「母の目を思い出した」「親友の目を思い出した」「万物の創生者である神の優しさを感じた」…などといった意見が多数よせられた。いくつかの幼稚園の園児からも手紙をもらったが、その多くも自分のまわりにいる誰かの目線に置き換えて、象の目の優しさについて語っていた。」
そして、僕からの返事を待っているであろう彼に、僕は手紙を書き始めた。
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