第85話 心の蓋①

「その噂は当然の事ながら、雪野の奥様の耳にも届いていました。代々の主(あるじ)が守り続けてきた雪野家を、その様な形で足蹴にされるのが許されなかったのでしょうか?それとも、奥様のプライドが許さなかったのでしょうか?奥様は旦那様が切り出した離婚にも、旦那様の再婚の話にも全く耳を傾ける事はありませんでした。そして…、そしてついにあの日を迎えてしまったのです。」


彼は、膝に組んだ手を何度か握り直しました。そして彼は、まるで神にその真意を問うかの様に、僕にその言葉を投げかけました。


「社長。人と人との出会いとは、もともと

単なる日常のワンシーンとして誰が気にかける事もなく、何気なく起こりうる事なのでしょうか?それともそれは…。私たちの計り知れない力が働いて、そうあるべくして起こり得るものなのでしょうか…?私はあの日以来、その答えを探し続けています。」


ダウンライトに照らされた彼の横顔は、まるで、何かに疲れきってしまった少年の様に見えました。そしてその眼から、大粒の涙が流れ出た時、僕にはまるで、それが真奈美自身が流した涙の様で、いたたまれなくて席を立ちました。


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