第82話 苦悩①

「雪野家は、私どもの地元では知らぬ人はいないという名家です。数百年続く旧家と広大な土地を守り、雪野家の代々の主(あるじ)は、地元の発展の為に死力を尽くしてきたと、私は祖母から聞きました。雪野の大旦那様と大奥様との間には男のお子様が授からず、又奥様…、お嬢様のお母様の事ですが…、がたった一人のお子様でしたので、奥様は雪野家を守る為に当時大学の教授をしていた方を婿養子として迎え入れました。その方が旦那様、つまり真奈美さんのお父様です。当時は婿養子自体が珍しく、又それが名家の結婚という事もあって当時地元ではずいぶん話題になったそうです。」

 

彼は、視線を彼の指先に落とし、ウイスキーの入ったロックグラスを左右に大きく2,3度揺らすと、

 「僕はここに来ても、社長にこの話をしてよいものか考えあぐねています。」

 とゆっくりと僕を見ました。


 「社長を信じてもいいんですよね?」

 彼の長いまつ毛が小さく揺れると、彼はまるで自分自身に問いかけるかの様に彼自身の言葉に耳を傾けていました。



「雪野の奥さまは…私が言うのも何なのですが、随分と気位の高いお方で、私どもなどとても話もできない様な雰囲気をお持ちでしたが、旦那様の方は、「古いしきたりや考え方だけにとらわれず、若い力を育てたい」と、それまでの雪野家では考えられない様な小さな会合にも良く顔を出して下さいました。その小さな会合の一つが、私が主催したものでした。当時「絵にかいた餅」と言われて誰も真剣に話すら聞いてはくれなかったあの時代に、旦那様だけは真剣に私達の話を聞いて下さいました。誰も見向きもしてくれなかった事業計画がゆっくりと動き出した瞬間でした。それからは、まるで奇跡の様にたくさんの出会いがありました。それら全ては旦那様の口利きであった事は言うまでもありません。話が具体化していくにつれ必要になってきた資金繰りについても全て、旦那様が「保証人なしの無利子、無担保」で用立てて下さいました。そしてついに、私は念願の会社設立を果たしました。

当時私が間借りしていた部屋の片隅に、使い古しの電話が一台。それが私にとっての夢の始まりでした。そして、それこそが、弊社、「OWAKIコーポレーション」私の会社の原点です。」

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