第40話 別れ⑩
10年間の月日が、10年間のそれぞれの生活が、お詫びではなく感謝に変わるであろう事を監督はきっと知っていたに違いない。
僕は監督の元に行き、眠っている監督に声をかけた。
「監督と出会う事ができて、僕は本当に幸せでした。監督、又いつかどこかでお会いできますか?もっともっと話したい事、僕にはたくさんあります。」
そうそくの火が静かに揺れた。僕の頬に監督の手のぬくもりを感じた。
夜は静かに更けていった。帰る者は誰一人いない。監督の遺影を静かに見つめる者、久しぶりに会った仲間と共に昔話に花を咲かせる者、それぞれがそれぞれの形で監督を偲んでいた。
僕はこの10年間で初めて僕自身と向き合った様な気がしていた。あの日あの事故によって敗れた夢、夢敗れた僕が救った道子の夢、道子の祖母の夢。とおるが失ったかけがえのない命。とおるの命が救った、由香里にとっての希望の命。僕が出会った写真家への道。その事によって救われた、道子の心、そして助ける事ができた由香里の生活。一つ一つがまるでそうでなければかみ合わなかったジクソーパズルの様にあるべき場所にきちんと収まっている様な気がする。出会いも別れも見えない線の上で決められている事なのであろうか?いずれにしてもこの大きな流れにはさからえない。その中で、もがきながらでも精一杯生きる事のなんと素晴らしい事か…。
生きていくという事がなんと尊い事なのか。僕の心は温かな気持ちで満たされていた。
それぞれが愛した監督との別れの時は、誰一人眠る者もなく、あっという間に訪れた。
監督が霊柩車に乗せられていく。
車が大きくクラクションを鳴らし、ゆっくりと走り出す。誰かが小さな声で校歌を歌いだした。僕らが試合に勝った時もそして負けた時にでも常に僕らのそばにあった歌だ。それにつられる様に一人、また一人と校歌を歌いだした。そしてそれはいつしか大合唱となって、監督を乗せた車が遠く見えなくなっても続いた。僕は何故か夢中でシャッターを切っていた。今まで一度も人間を撮りたいと思った事などなかった僕が、無我夢中でシャッターを押していた。
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