第2話

 それは僕が上京した頃であった。

 ミヨ子は当時、演劇界では凄まじい人気を誇っていた。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花とはよく云ったものだ。僕は演劇なんてよくわからないが、あんなに役に溶け込めるのはやはり彼女の才能と努力の結晶だと思う。大衆は彼女に釘付けである。

 

 そんな彼女に農村出身の僕がどうして出逢うことができたのか、は、今でも首を傾げてしまうのだが、やはりこれは僕の運命を大きく変えたのである。

 例年に増して雪のよく降る2月であった。

 僕は大学から帰る、真っ暗で吹雪が殴りつける夜道だった。然し彼女はこんなにも寒いのに浴衣姿だった。

 「そこの兄さん。どうか私に羽織るものを貸してくださりませんか。お姉さま方にお家から追い出されてしまったのです。」僕は驚いてしまった。初対面の、それに19という男にそんなことが頼めるなんて。襲われる心配はしていないのだろうか。

 然しそんなことを考えている隙に凍え死んでしまうといけないので僕は外套を彼女の肩にかけた。「君の姉様達は本当に非道い奴らなんだなあ。立てるかい。肩を貸して差し上げよう。」彼女の肩は、しっかり食べていないのだろうか、とても痩せていた。彼女は立つと、座った時はわからなかったが、まだ12、13歳くらいであることが見当ついた。

 「もう遅い時間だ。君の姉様達は君を虐めているそうだが、きっと親御さんは心配しているだろう。送って差し上げるよ。」彼女は形の良い眉を潜めた。「私、家族に売られたんです。なのであの姉様方は実の姉ではないのです。私は....私は金持ちの妾になるために育てられているのです....!」

 彼女目からは大きな雫とボロボロと溢れていく。「そうだ、お兄さん。私を連れて行ってくださらない。私、きっとあなたの役に立ちますわ。勿論夜の慰めだってしますわ。もうお姉さま方に教えていただいたのですよ。だからお願い致します。」僕は困り果ててしまう。けれど、このまま彼女を惨めな状況において置けるわけもなかった。

 「わかったよ。でも君にそんなことはしないさ。うむ、じゃあ君に家事を任せよう。何せ僕は帰りが遅いのでね。」彼女は頬を赤く染めた。「嬉しい!私は岩原ミヨ子です。これから宜しくお願い致します。」「僕は楢野柊一郎。これから宜しく頼むよ。」


 それから、僕たちの生活が始まった。

 

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