12.お幸せに

「やったぁー!」


 飛び上がって喜ぶわたしたち。周りで見ていた動物たちも喜び湧きかえる中、巨大熊を投げ飛ばした金太郎だけがすぐさまクマさんに駆け寄った。


「大丈夫? 怪我はなかったかい?」


 どこかしょんぼりしたように見えるクマさんは、うなずくばかり。まぁクマさんの気持ちになって考えたら、自分よりもはるかに小さい金太郎に投げ飛ばされたんだから無理もないか。

 それにしてもきびだんごを食べた迷人でも全然歯が立たなかった巨大熊をいとも簡単に転がす金太郎って、どれだけ力持ちなの? 信じられない!


「みんな、クマ殿に木の実を取ってきてください」


 金太郎に言われて、動物たちは我先にと木の実を集め出した。大きなクマでも食べきれないほどのたくさんの木の実が瞬く間に山積みになる。


「さあ、召し上がれ。元気になって、またぼくと相撲で勝負しよう。きみもこれからはぼくたちの友達だよ」


 巨大熊は嬉しそうにガツガツと木の実を口にかき込んだ。こうしてクマさんも、金太郎の友達になった。それにしてもどうして金太郎は急に巨大熊と相撲をとる気になったのかしら? あんなに嫌がってたのに。


「え? ゆずは気づいてないの?」


 迷人はびっくりした顔をした。


「金太郎があのまま知らん顔してたら、ゆずはが熊と相撲とるようになっちゃうからだろ」

「だからってどうして? 意味がわからない。わたしの代わりに戦ってくれたってこと? 金太郎、わたしと目も合わせてくれないのよ。話もしてくれないくせに」

「合わせないんじゃなくて合わせられないんだろ。話したくてもできないんだよ」

「話したい? 金太郎がわたしと? あんなに嫌ってるのに?」

「バーカ。逆だよ」

「ちょっと! バカってなによ! 自分こそ運動おバカのくせに!」


 いったいなんだっていうんだろう。これだから運動おバカは話が通じなくて嫌いだわ。


     ※


 たくさんの木の実をかごいっぱいに積んだ帰り道、クマさんは金太郎を背中に乗せてくれた。

 ずっとバケモノ呼ばわりして怖がってた巨大熊とも友達になれて、金太郎もすっかり心が軽くなったみたい。初めて会った時の臆病さはどこにも見えなくなってしまっていた。

 ぞろぞろと動物たちを引き連れて帰る途中、


「そこの少年、待たれよ!」


 突然わたしたちの前に立ちふさがったのは、山伏の姿をしたお坊さんだった。


「そのような大きな熊を手懐けるとはただ者ではないな。少し話を聞かせてもらおう」

「は、はぁ……」


 怖い顔をした山伏に、金太郎も戸惑い気味。


「金太郎はこの熊と相撲をとって勝ったんだ。だから友達になったんだよ」

「このように巨大な熊に相撲で勝ったとな! それは素晴らしい!」


 山伏は目を輝かせて、金太郎の手を握った。


「それがし、何を隠そう名を源頼光と申し、都ではちと名の知れたサムライである。そなたのようなツワモノを探して旅をしておった。ぜひそれがしとともに都て来てはくれんか」

「み、都へ。ぼくがサムライになるというのですか」

「ああ! 都では戦が絶えず、妖怪どもが悪さばかりしておってな。力を貸して欲しい」

「そんな」


 いきなり言われて困りきる金太郎。


「しかし、お母さんを一人で置いていくわけにもいきませんし」

「身寄りは母上殿だけか。なればちょうど良い。このままお邪魔して、ご挨拶させていただくことにしよう」


 強引な源頼光に押し切られて、わたしたちはそのまま金太郎の家へと帰った。お母さんは家の外に置かれた木の実の山に驚き、さらにおサムライ様に頭を下げてと大慌てだった。

 やがて源頼光の配下というお侍さんたちも次から次へとやってきて、金太郎の家はあっという間に人でいっぱいになっちゃった。


「ここは一つ、世のため人のために金太郎殿をなにとぞ都へ」


 そうして何度も何度もお願いされても金太郎はどうしても「はい」とは言わなかったけれど、


「行きなさい」


 背中を押したのは他ならぬお母さんだった。


「金太郎が都で立派なおサムライさまになるというのなら、母としてこれほどうれしいことはありません。なに、日々の暮らしはわたし一人でもどうにでもなります。わたしのことは心配しないで、世のため人のために頑張るのです」

「お母さん……」


 金太郎の目から涙がこぼれる。


「ついこの間までひきこもりのニートだったくせに。全部お母さんにやらせといて、今さら一人で置いてけないなんて……痛っ!」


 迷人の足をぎゅっとつねる。どうしてこの人は、こういう時にデリカシーのないことを言い出すかなぁ。まぁ、わたしも同じこと思ったけどね。手伝いもしないで家に閉じこもってたくせにって。


「それでは承知してもらえたかな? なればさっそく金太郎殿は支度をして我々とともに都へ」


 いつの間に用意していたのやら、金太郎用の鎧兜やら刀やらが次々と運び込まれる。お母さんへの贈り物として、お米や布も。お金や髪飾りなどが入っているという大小のつづらも並べられた。

 そうそう、こうして金太郎は都へ行って立派なおサムライになるのよね。そしてめでたしめでたし、と。

 あれ?

 でもそれじゃあ、かんじんの”本の虫”はどこに行ったのかしら? 今までのイタズラを考えると、この世界に”本の虫”がいるのは間違いないはずだけど。


「あれまぁ、こんなにたくさんどうしましょう」


 お母さんは初めて見る宝の山に大はしゃぎ。ちょうどその時、つづらの山が倒れて、一番上のつづらの中身が飛び出した。

 中から出てきたのは、犬か猫ぐらいの大きさで本の羽をパタパタさせた……”本の虫”!見つけたっ!


「捕まえてっ!」


 わたしが叫ぶと、迷人と金太郎、さらにたくさんのおサムライさんたちも、不思議な”本の虫”を捕まえようと追い回した。でも”本の虫”はすばしっこくて、スルスルと手と手の間を縫うようにして逃げ回ってしまう。


「ヤバい! このままだとまた逃げられるぞっ!」


 迷人の不安は的中、宙へと飛び上がった”本の虫”はふっと溶けるように消えてしまった。しまった! また逃げられた!


「い、今のはいったい?」


 金太郎たちは信じられないとばかりに口をあんぐりと開けっぱなし。


「今のは”本の虫”って言って、あいつがこの世界に悪いイタズラをしてたの」

「ゆずは、すぐ追いかけよう!」


 迷人にうなずき返して、リュックから打ち出の小づちを取り出す。すると――


「待ってください!」


 止めたのは金太郎だった。


「お二人も、どこかへ旅立たれてしまうのですか?」

「ああ、悪いな。オレたちは”本の虫”を追わないと」


 金太郎の顔が今にも泣き出しそうに歪む。そうよね。迷人がいなかったらあのままひきこもりのニートでい続けたかもしれないし、迷人のおかげでこうしておサムライさんとして都に行くことにもなったんだし。お別れぐらいはちゃんとしないと。


「ゆずはどの!」

「へ?」


 思いがけず金太郎に名前を呼ばれて、わたしは固まった。あれ? どうして? 迷人じゃないの?


「ぼくと一緒に、都へ来てくれませんか?」


 なに言い出すの急に、この人?


「わ、わたし、”本の虫”を追いかけなきゃならないし」

「それは迷人どのに任せれば良い! ゆずはどのはぼくと一緒に都で暮らしましょう!」


 都で……暮らす……? 暮らすって……一緒って……ま、まさか! えぇ? 嘘でしょう? それってもしかしてプ、プロポーズってこと? 全身の血が顔に集まるのが自分でわかる。ヤバい! 絶対今わたしの顔赤いよー!


「どうするゆずは? 残るんならオレ一人で行くぞ。打ち出の小づち、貸してくれよ」


 他人事みたいに笑う迷人。あーその顔、絶対知ってたでしょ! 運動おバカのくせに!

 残るわけないでしょ! って声を大にして言いたいところだけど、顔をくしゃくしゃにした金太郎の手前、そういうわけにもいかない。


「……ごめんなさい。わたし、ここに残るわけにはいかないの。行かなくちゃ」

「そうですか……」


 金太郎が大きく肩を落とす。気持ちはとっても嬉しいんだけどなぁ。


「金太郎、じゃあな。サムライとして頑張れよ」

「迷人どのも」


 男の子二人は握手を交わす。友情って感じがしていいなぁ。


「それじゃあ」


 わたしは打ち出の小づちをすっと構えた。金太郎をはじめ、みんなかわたしたちを見守っている。なんだかやりにくいなぁ。


「ゆずはどの!」

「えいっ!」


 ポンッ!


 小づちを振り下ろすのと同時に、小気味良い音が鳴り響いた。そこに金太郎の言葉が重なる。


「迷人どのとお幸せに!」


 ちょ、ちょっと金太郎! 何か大きな誤解してる!

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