11.相撲勝負

「がおおおぉぉぉぉーーっ!」


 茂みの中から現れた巨大な影は、わたしたちが一番最初に出会ったあの巨大な熊だった。わ、忘れてたー。


「で、出たぁっ!」


 迷人が叫び、動物たちが一斉に逃げまどう。


「がおおおぉぉぉぉーーっ!」


 熊はギラギラ光る爪を高々とかかげて、大きく開いた口の牙をむき出しにして近づいてきた。


「ば、バケモノーーーーっ!」


 一番パニック状態なのは金太郎。まさかりを放り出したまま、迷人の後ろに隠れてブルブル震えている。金太郎が怖がってたバケモノって、もしかしてこの熊?


「あ、あれです! 昔小さな頃に、あのバケモノに追い掛け回されて。だからぼくは家から出たくなかったんです。ああ、やっぱり来るんじゃなかった! 神様仏様! 命だけはお救いを!」

「おい、金太郎! しっかりしろ! お前はこのクマと相撲をとって勝たないとダメなんだぞ!」

「あ、あんなバケモノと相撲? か、かんべんしてください。殺されてしまいます!」


 怖がるのも無理はない。わたしだって絶対嫌だもん。絵本に出てくる可愛い熊ちゃんならともかく、ホラー映画から出てきたみたいなこんな巨大で狂暴な熊と相撲なんて考えたくもない。でも『金太郎』の物語的にはここで熊との相撲に勝ってもらわないと困っちゃうのよね。


「がおおおぉぉぉぉーーっ!」


 巨大熊が腹の底に響くような雄たけびをあげて威嚇するたびに、金太郎も動物たちも震え上がる。けど、わたし気づいちゃった。

 この巨大熊、全然近づいてくる気配がない。

 もしかして見た目こそ凶悪そのものだけど、中身は絵本の中のクマさんそのままなんじゃ……。


「迷人、多分そのクマさん、攻撃したりはしないわ!」

「なんだって?」


 いつまで経っても二本足で立って両手を挙げた姿のままで、襲い掛かってくる様子はないみたい。立ち姿だけ見れば、むしろ相撲をとろうと挑んできているように見えないこともない。やっぱりこれは、相撲をとるしかないんじゃないかしら?


「だってよ金太郎! あのクマ、お前と相撲とりたいって! いっちょうやってみろよ!」

「む、無理です! 無理に決まってます! 殺されてしまいます!」


 迷人が説得しようと試みるも、こればっかりは言うことを聞くはずもない。ほんのちょっと前までニートだったしね。急にそこまで変われるはずもないか。でもどうしよう? 打ち出の小づちさえ使えれば手段もありそうだけど、さっき大木を出すのに使っちゃったし。


「いったん逃げて作戦を練りなおそうか」

「金太郎があの熊と相撲をとれるようになるまでトレーニングでもさせる気か? それこそ何年かかるかわからないぜ」

「そんなこと言ったって……迷人、何かいい考えでもあるの?」


 考え込んだ迷人は、ふと腰にぶら下げていた巾着を手に取った。中から取り出したのはきびだんご……ってまだ残ってたの?


「よし! この際オレがあのクマを退治してやるよ!」


 きびだんごを口に放り込んで、鼻息を荒く手を叩く迷人。


「来いこのクマ野郎っ! オレが相手してやるっ!」

「ま、迷人さんっ! 危ないですよっ!」


 金太郎が止めるものの、すでに興奮状態の迷人は聞く耳持たず。ええっ、金太郎じゃなくて迷人が熊と相撲とるの? そんなのあり? 心得たとばかりに、のしのしと迷人に近づく巨大熊。


「行くぞっ! はっけよーい……のこったぁっ!」


 迷人自身の合図で、相撲が始まった。きびだんごパワーで一気に突進する迷人に、地面までグラグラと揺れる。この勢いならあんな巨大熊なんて……と思いきや、クマさんはガシッと迷人を受け止めてまったく動じない。


「こぉのクマ野郎っ!」


 迷人がこんしんの力で押し込む。次の瞬間――


「がおおおぉぉぉぉーーっ!」


 雄たけびとともに巨大熊の両手が迷人を持ち上げ、軽々と投げ捨ててしまった。ゴロゴロと土煙をあげて地面に転がる迷人。嘘? 迷人負けちゃったの? きびだんご食べたのに? 信じられない! ってことはこのクマさん、もしかして鬼ヶ島の鬼より強いってこと?


「迷人!」

「迷人さん!」


 慌てて駆け付けるわたしと金太郎をしり目に、


「がおおおぉぉぉぉーーっ!」


 再び雄たけびをあげる巨大熊。勝ち誇ったように……というより、間違いなく勝ち誇ってる。迷人に相撲で勝って喜んでるみたい。なんだか単純そうな熊だわ。迷人に似てるかも。


「おーいたたたた。あいつとんでもない力だな」

「大丈夫なの? 怪我はない?」


 心配で覗き込むけど、特に血が出たり、たんこぶができたりという様子もないみたい。良かった。


「全然平気。やっぱりあいつ、相撲とりたいだけなんだよ。手加減してくれたんじゃないか。でもやっぱりオレじゃ無理だな。もう一回やったとしてもあのクマには勝てそうにないわ」


 じろっと迷人に見られて、金太郎は一歩あとずさり。


「金太郎、やっぱりお前がやらなくちゃダメなんだよ。見てただろ? きっとお前の馬鹿力ならあのクマにも勝てるはずだぜ」

「ぼ、ぼくがですか?」

「お前がやらないんだったら、あとはもうゆずはにお願いするしかなくなっちゃうだろ」

「わ、わたし?」


 クマと相撲なんてやめてよ! 迷人でも勝てないのに、わたしにできるはずないじゃない! 喉元まで出かかった時、迷人がわたしに向けてパチリとウインクした。え? どういう意味?


「ゆずは頼む! 金太郎の代わりにクマを退治してくれ!」

「ちょ……」


 なんなのよ、いったい! 戸惑うわたしに、迷人はもう一度ウインクする。だからそれ、どういう意味なの?


「な? この通り。やるって言ってくれ。わたしが相撲とるってひと言言ってくれりゃあいいんだ」

「……わかりました」


 突然隣で神妙な声をあげたのは金太郎だった。


「ぼくがやります」


 はい?

 なんだか表情まで変わっちゃって、初めて見る緊張した顔つきをしている。急に男の子っぽくなったような。


「さぁ、クマ! かかってこい! 次はこの金太郎が相手だっ!」


 巨大熊と同じように、両手を広げて名乗りをあげる金太郎。


「がおおおぉぉぉぉーーっ!」


 と巨大熊も応じ、金太郎のほうへ進み出る。おおお、なんだか金太郎も熊もやる気まんまんな感じ。


「よし、オレの合図で始めるぞっ! はっけよーい……のこったぁっ!」


 迷人の合図で勢いよくぶつかり合う金太郎と巨大熊。あまりの衝撃に見ているこっちが吹き飛ばされそう! けどいくら金太郎と言っても、きびだんごの力を使っても勝てないぐらい”本の虫”に巨大化された巨大熊だもん、きっと金太郎も迷人と同じように放り投げられちゃうと思ったら――。


 ころり。


 あっけなく地面に転がったのは、巨大熊のほうだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る