8.ひきこもり

「ここってもしかして……」


 足柄山の中にある家と言ったら、金太郎の家かもしれない!


「すみません! だれかいませんか」


 渡りに舟ってきっとこういうことを言うのかしら。早く入れてもらいたい一心でトントン、と戸を叩くものの、中から返事はない。


「あれ? いないのかな?」


 もう一度、トントン。やっぱり返事なし。どうしてよ。お願い、早く入れて! それとも留守なのかしら?


「開けてみようか」


 迷人が戸に手をかけてみたけど、突っ張り棒でもしてあるみたいにビクともしない。


「くそぉ、開かないな」

「なんとか中に入れないかしら?」


 わたしは迷人のTシャツの裾を握りながら言った。またさっきの巨大熊がやってくるかと思うと心臓がドキドキしてたまらなかった。

 『金太郎』の絵本に出てくる動物たちはみんな可愛くて優しそうな子たちばっかりだったけど、最後のほうで金太郎と相撲をとる熊だけは、大きくて力持ち。さっきの熊はきっとその熊に”本の虫”がイタズラして巨大化させたに違いない。いずれ金太郎はあの巨大熊と相撲をとった上で、勝たなくちゃならないのかな? そんなことできるのかしら? それなら余計に金太郎に会って、巨大熊の対策を練らなくちゃ。

 何気なく建物の周りをぐるっと回ったわたしは、裏にももう一つ戸があるのを見つけた。あら、こっちにも入口があるじゃない。手をかけると、ガタガタと音を立てたものの戸は簡単に開いてしまった。


「えっ?」


 思わず声が出る。ちょうど家の中を通して反対側――迷人が開けようとしている戸を、内側から必死に抑えている人影が見えたのだ。おかっぱ頭だけど、頭のてっぺんは河童みたいに髪の毛がなくて……ってもしかしてあれ!


「わっ!」


 中の人物もわたしに気づいて怯んだのか、ガラリと戸が開いて向こう側の迷人と目が合う。次の瞬間――


「バケモノ、来るなぁっ!」


 ポーンと放り投げられた迷人の体が、宙を待っていた。


     ※


「すみません。うちの金太郎がご迷惑をおかけして」

 謝りながら迷人の頭にできたたんこぶに濡らした布を当てるのは、この世界の主人公『金太郎』のお母さん。あの後すぐに帰ってきたお母さんに、わたしたちは家の中へと入れてもらうことができたのだった。

 迷人を怪我させた張本人である金太郎はというと、家のすみっこで膝を抱えたまま謝りもしないの。それどころかわたしたちと口も利いてくれない。いったいどうなってるの? これがあの「気は優しくて力持ち」な金太郎なのかしら?


「あいつ……金太郎ですよね?」

「はい。ご存じなんですか?」


 横になった迷人の口から金太郎の名前が飛び出して、驚いたようにお母さんは目を丸くした。そりゃそうだ。話がややこしくならないようにと、慌てて取りつくろう。


「噂はちょっと。優しくてとっても力持ちって聞いていたんですけど」

「はぁ……そんな噂になっているんですね。確かに誰よりも優しい心を持ち、力持ちではあるのですが……」


 チラリ、と心配そうに横目で金太郎と盗み見るお母さん。


「とっても臆病で、家から出たがらないのです」


 ええぇぇぇぇーーーー! 金太郎が臆病で家から出ない? それってもしかして、いわゆるひきこもりってこと?


「昔、森で怖い動物に会ったのがきっかけで、家から出られなくなってしまったの。きっとあなたたちのこともその動物だと勘違いしたんだと思うわ。すみませんね」


 金太郎は怖がるあまり、突如来訪したわたしたちに入られないようにと内側から戸を押さえていたらしい。誰がやってきたとしても、これまでも同じようにしてきたんだって。これはよっぽど重症だわ。


「あんなに力が強いのに怖がる必要なんてあるのかよ。あいたたたた」

「大丈夫? 動かないほうがいいわ。少し横になっていなさい」


 起きようとした迷人を、お母さんが押しとどめる。後ろでそんなやりとりをしているのに、金太郎は見向きもしない。見ていたらなんだかムカムカしてきた。何も悪いことをしていない迷人を投げ飛ばしておいて、謝りもしなければあとは全部お母さんまかせなんて、優しいが聞いて呆れるわ。


「ねえ、一言ぐらい謝ってもいいんじゃない。あなた金太郎でしょう」


 わたしはさすがに耐えかねて食って掛かった。ところが、金太郎は蚊の鳴くような声でボソボソと答えるばかり。


「……いか」

「え?」

「きみたちが勝手に入って来ようとしたんじゃないか」


 ムカッ。ムカムカッ。


「何よその言い草っ! ちゃんと何度も聞いたじゃない。誰かいませんか、すみませんって。声を聞いたらバケモノかそうじゃないかぐらいわかるでしょう。バケモノが怖いから人と会うのも怖いなんて信じられない」

「……」


 金太郎、黙っちゃった。こういう時って黙られると余計に頭にくるのよね。


「ちょっと聞いてるの! 少なくとも人に暴力を振るって怪我させたのは間違いないんだから謝るのは当然でしょ! 臆病だからなんて言い訳にならないわよ! 迷人に謝りなさいよ!」

「……」


 相変わらずだんまりを続ける金太郎にさらに言葉を続けようと口を開きかけたその時、ずずっと鼻をすする音が聞こえてきた。ええ、まさか……ちょっともしかして……やめてよね。


「……グズッ……ズズズッ……」

「ゆずは、その辺にしとけよ。金太郎泣いちゃったじゃないか。かわいそうだろ。金太郎、気にするなよ。ゆずはってちょっときついところあるんだよ」


 慰めるように背中を叩く迷人に、うなずく金太郎。はあ? ちょっと待ってわたし誰のために怒ってると思ってるの?


「気にすんなって。こんなの大した怪我じゃねえからさ。オレが鬼ヶ島でゆずはにくらったビンタなんてもっと効いたぜ。なんたって砂にめり込んだからな」

「ちょ、ちょっと迷人!」


 あの時は無理やりきびだんごなんて食べさせたから! それにきびだんごの力もあったし! 何てこと言うの、この人! 信じられないっ!


「……うん、ありがとう」

「オレ、迷人っていうんだ。よろしくな」

「……よろしく」


 グスグスと鼻をすすりながらうなずく金太郎。

 なんか仲良くなってるしぃ! 意味わかんない! これじゃあわたしが悪者じゃない!

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