金太郎

7.森の中

 わたしたちは、見たことのない森の中にいた。見渡す限りたくさんの木が生い茂り、地面にはふかふかのじゅうたんのように落ち葉が降り積もっている。

 ほーほー、ほーほー。

 聞いたことのない山鳥が、のんきに鳴く声がどこからともなく聞こえる。


「どこだこの山」

「きっと足柄山じゃない?」


 もしここが『金太郎』の世界だとしたら、足柄山に違いない。この山で金太郎が育ち、動物たちと元気に駆けまわったり相撲をとったりして、立派なお侍さんになるのが『金太郎』の物語なんだから。

 それにしても、この森の中で"本の虫"を探すのは骨が折れそうだ。これだけ木や草が生い茂っていたら、どこに隠れていたとしても気づきようがない。


「よし、まずは金太郎の家を探そう! この山のどこかに金太郎がいるはずだ!」


 運動おバカ……じゃなくて、迷人にしては珍しくまともな意見に、わたしもうなずき返す。

 『桃太郎』の時もおじいさんとおばあさんの家を見つけて、桃太郎と出会うところから始めたんだもんね。この世界の主人公である『金太郎』が住む家を探すのが一番かも。

 "本の虫"がこの世界をメチャクチャにしようとしてるのなら、金太郎に近づかないわけにはいかないんだし。

 ところが『桃太郎』の世界とは違って、こちらは見渡す限り、どこを見ても木、木、木。探すにしても、一体どこへ向かえばいいんだろう。せめて道でもあれば良いのに、それすらも見当たらない。わたしたちは本当に、何の目印もない山の中へ放り出されちゃった。


「どうにかして金太郎の家がわかる方法はないかな?」

「打ち出の小づちを使えば……」


 言いかけて、わたしは口をつぐんだ。「一つのお話の世界で一度しか使えない」と言っていたお姉さんの言葉を思い出す。こんな来てすぐに打ち出の小づちを使ったら、あとあと困るようなことになるかもしれない。なんて言ったって”本の虫”が逃げ込んでるんだから、この世界でも『桃太郎』の時みたいなイタズラが仕組まれてるはず。


「とりあえず、歩いて探してみない? 『桃太郎』の時だってすぐ近くにおじいさんとおばあさんの家があったし、意外と金太郎の家もすぐ見つかるかも」

「それもそうだな」


 迷人が単純で良かった。

 わたしたちはなんのあてもなく、森の中を歩き始めた。


「少しでも高いところに上がったほうが、探しやすくなるかも」

「でも家を建てるなら下のほうじゃない? わざわざ山の上には作らない気がするけど」


 登ったり、下ったり。

 進むにつれて地面に生える下草も背丈を増して、わたしたちと同じぐらいの高さの藪になってくる。ただでさえ木が邪魔して見にくい視界が余計に狭まる。

 森が深くなる……って言えばいいのかしら? どんどん草木が増えてきて、ジャングルにでも迷い込んだ気分。すぐそばの藪の中から、動物が飛び出してきてもおかしくない不気味な雰囲気。


「ねえ、道間違ってない? こんな奥のほうに家ないと思うんだけど」

「大丈夫だよ。あそこまで上がればもう少し見通しよくなるだろ。もうちょっとだけ我慢しろよ」


 迷人が前を歩いてくれるから良いけど、もし迷人がいなかったらわたし一人で立ち往生していたかもしれない。こういう時、迷人がいてくれてよかった。


 ガサッ。


「ん?」

「今なんか音しなかった?」

「気のせいじゃねえの?」


 わたしたちが歩く音に重なって、他の生き物が動く音が聞こえた気がするんだけど……。


 ガサガサッ。


「ひっ……!」


 今度こそ間違いなく変な音がして、わたしは震え上がった。絶対なにかいる!


「迷人、引き返そう! こっちのほうに家なんてないってば! 絶対道間違えてる!」

「何言ってんだよ。わかってるって言ってるだろ。もうちょっとだって。そこまで登れば見晴らしよくなるだろうし」

「変な音するし。このへん、絶対なにかいるわよ」

「大丈夫だって。平気平気。『金太郎』の世界ってことは、いるのなんてウサギとかタヌキとかかわいい動物だろ? 確かみんなで仲良く木の実拾いに行くんだよな。一緒に水遊びとかもするんだっけ? あんまり覚えてないけど、『金太郎』って『桃太郎』にみたいに鬼と戦ったりする話じゃないじゃん。怖がる必要なんてないと思うぜ。もしかしたら"本の虫"かもしれないし。そしたら捕まえてやればいいんだ」


 わたしを安心させようと思ったのか、いつになくペラペラと喋り出す迷人。

 でもこの時、わたしは見ていたの。

 迷人の目の前の茂みから、ぬぅっと巨大な影が姿を現したのを。

 でも恐怖で足がすくんで、金縛りにあったように身体が動かなかった。


「がおおおぉぉぉぉーーっ!」


 巨大な影――わたしたちの数倍はあろうかという巨大な熊が雄たけびを上げたのは、その直後だった。両手を高々と広げて、その先にはナイフみたいにギラギラした爪が光っていて。わたしの頭がすっぽり入っちゃいそうな大きな口には、やっぱりギラギラ光る鋭い牙が並んでいる様子まで、わたしの目にはっきりと映った。


「で、出たぁっ!」

「きゃあぁぁぁぁーー!!」


 迷人は血相を変えて一目散に取って返す。迷人に手を引っ張られ、自由を取り戻した身体でわたしも必死に走った。熊! しかもとんでもなく大きい!


「がおおおぉぉぉぉーーっ!」


 後ろのほうで再び熊が雄たけびを上げるのが聞こえる。でも、威嚇するだけでわたしたちのことを追いかけてくるわけではなさそうだった。それでも心臓が飛び出しそうなほど驚いたわたしたちの足は止まらない。


「クマ、クマ、クマが出たーっ!」

「助けてぇーーっ!」


 薮をかき分けながら無我夢中で森の中を走り続けた私たちは――


 偶然、小さな家の前へとたどり着いたのだった。

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