6.宝箱

「勘弁して下さい。降参です。なんでも言うことを聞きますから」


 親玉が捕まったのを見て、周りからもしょんぼりした様子の鬼たちが集まってきた。武器を捨て、両手を挙げて完全に降参状態。


「よし! じゃあもう悪いことはしないと誓うか」

「誓います。もう二度と悪さはしません」

「では盗んだ宝物を全部返してもらおう」

「どうぞどうぞ。ご案内します。お手伝いします」


 手のひらを返したようにおとなしくなった鬼たちは、率先してわたしたちをお宝のありかへと案内してくれた。 


「わぁっ!」

「すげぇっ!」


 鬼ヶ島の奥の宝物庫には、息を呑むほどの金銀財宝がいっぱい! 大判小判はもちろん、真珠にサンゴ、宝石やアクセサリーまで。絵本で何度も見てきた光景だけど、目の前の実物はピカピカと輝いていて、まるでそれ自体が光を放ってるみたい。


「何個か貰ってっちゃダメかな?」

「ダメに決まってるでしょ、おバカ」


 いけね。ずっと迷人と一緒にいるとおバカが口癖になりそう。


「それでは鬼の皆さん、これらを舟に積み込む手伝いをしてください。他に舟や車があれば、そちらも用意をお願いします。わたしたちは皆さんに危害を加えるつもりはありません。盗んだものを返してもらえれば、それで十分です」


 桃太郎の言葉を聞いて、鬼たちは嬉しそうに率先して手伝いをはじめた。イヌ、サル、キジの指示のもと、たくさんのお宝が次から次へとどんどん運び出されていく。さすが桃太郎。これでこそおとぎ話の主人公だわ。


「これで里の皆さんに盗まれた宝物を返してあげることができます。おじいさんとおばあさんもきっと喜んでくれることでしょう。お二人とも、ご協力ありがとうございました」

「いえ、わたしたちなんて何も……」

「桃太郎に感謝されるなんて、照れちまうなぁ」


 謙遜するわたしの横で、照れ臭そうに頭をかく迷人。あなたっていう人は本当に。まぁ、おともとしては頑張ったと思うけど。


「しかし、あなたがたの探していた”本の虫”とやらはいったいどこにいるのでしょうね。てっきり鬼ヶ島にいるものだと思っていましたが」


 そうなのよね。鬼たちは全員降参して、宝物を運び出すのを手伝っているというのに、どこにもそれらしき姿が見えない。鬼退治を終えて、『桃太郎』の物語が一件落着したとしても、”本の虫”を捕まえられないと何の意味もない。


「どこかに隠れてるっていう可能性はないのかしら?」

「だとすれば鬼の誰かが知っていてもおかしくないのだと思います。鬼は完全に無関係なのかもしれませんね」


 てっきり鬼ヶ島へ来さえすれば、鬼と一緒に”本の虫”もまとめて退治できるものと思っていたのに。いったいどこに隠れたのかしら?

 その時、視界の隅で何かが動いた気がした。財宝の山の中に埋もれていた宝箱がもぞもぞと揺れたかと思えば、ひとりでに転がり落ちて蓋が開く。中から飛び出したものを見てびっくり仰天、あの”本の虫”だった。


「見つけたっ!」

「捕まえろっ!」


 慌てて飛び掛かろうとするわたしたちに気づき、”本の虫”は即座に逃げ出す。相変わらず逃げ足が速いっ!


「あっ、あれが”本の虫”なのですね! みんなっ、そいつを捕まえるんだっ!」


 桃太郎にイヌ、サル、キジ、さらには周りにいた鬼たちも一緒になってみんなで”本の虫”を追いかけ回した。黒い四つ足にバタバタと羽を――羽だと思ったものは、よく見たら本そのものだった。背中から生やしたページを揺らしながら逃げまどった”本の虫”は、逃げ場がないと知ると突然飛び上がり――


「あっ!」


 わたしたちの目の前で、こつ然と消えてしまった。嘘? やっとここまで追い詰めたのに、逃げられるなんて!


「消えたっ!」

「追いかけなきゃっ!」

「でもどこに?」


 わたしは迷人と顔を見合わせた。あんな風に一瞬でいなくなられたら、どこへ行ったのか見当もつかない。


「外かな?」

「海とか、原っぱとか」


 この広大な物語の世界を逃げ回っているとしたら大変だ! それこそ捕まえようがない。


「いえ、きっとそうではないでしょう」


 何かを悟ったように、桃太郎が言った。


「”本の虫”はもう、この世界にはいないのではないでしょうか。あなたがたと同じ、元の世界に戻ったのでは」

「元の世界って……そうとも限らないでしよう?」

「ですが"本の虫"の狙いはこの世界をメチャクチャにすることなのですよね? こうして鬼退治も済んだ今、これ以上イタズラのしようがないと思うのです」


 言われてみれば桃太郎の言い分はもっともだ。あとはめでたしめでたし、で終わるだけの物語にこれ以上居着いたとしてもなんの意味もない。ということは――


「でも、どうやってわたしたちも追いかけたらいいの?」

「どうやってやってきたのですか? 同じように、戻ることはできないのですか?」


 すっかり存在を忘れていた打ち出の小づちをリュックから取り出す。特に変わった様子もなく、相変わらずピカピカと金色に光っていた。さっきは全然言うことを聞いてくれなかったけど、今度こそ言うことを聞いてくれるかしら。


「……どうやらここでお別れのようですね」

「ああ。オレたちはあいつを追いかけないと。桃太郎、ありがとうな。楽しかったぜ」

「本当はわたしも一緒に捕まえられれば良かったのですが。ご無事で。健闘を祈ります」

「サンキュー」


 桃太郎と迷人は、がっちりと握手を交わした。え? なんか絵本の中の桃太郎と友情を育んじゃった感じなの? 男子って変なの。


「迷人、そろそろ行くよ!」

「ああ、桃太郎、じゃあな!」

「さようなら!」


 桃太郎とイヌ、サル、キジに手を振り、改めて打ち出の小づちを構える。……せーの、


「えいっ!」


 ポン、と音がした次の瞬間――。


 わたしたちは、見覚えのある景色の中に立っていた。

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