2.石のよう

「たまげたのぅ。これはとんでもない桃じゃ」

「川から流れてきたところをこの若いお二人が受け止めてくれましてな」

「それはかたじけない。ありがたやありがたや」


 わたしと迷人が玉転がしの要領でゴロゴロ転がしながら家まで運び込んだ桃を見て、柴刈りから帰ってきたおじいさんはとっても嬉しそうに喜んだ。


「それで、あなたがたは?」

「”本の虫”を探しに来たんです。それを捕まえないと、この世界がメチャクチャになってしまうって」


 わたしたちが熱心に説明しても、


「この世界がメチャクチャに。はぇー」

「ほぇー」


 おじいさんおばあさんにはあんまり通じてないみたい。『桃太郎』のおじいさんおばあさんって、優しくて穏やかそうなイメージあったもんね。仕方ないか。


「どこかで見覚えはありませんか? 犬とか猫ぐらいの大きさなんですけど」

「さっぱり見当もつかんが……世界をメチャクチャにすると言えば、あれかのう」

「鬼ヶ島の鬼というのがおりましてな、里にやってきては悪さをして、食べ物や宝物を奪ってしまうんじゃ」

「それは知ってる。でもオレたちが探してるのは鬼じゃなくて……」


 わたしたちはよく知っている鬼退治の話も、この世界に住むおじいさんとおばあさんにとっては知らないのが当然。きっと目の前の桃から桃太郎が生まれてきて、鬼を退治してくれるなんて今のおじいさんおばあさんには想像もできないんだろう。

 そう考えると、”本の虫”が逃げるとしたら――


「待って迷人。もし”本の虫”がわたしたちから逃げてるとしたら、鬼ヶ島に行くんじゃない? ”本の虫”にとっては、そこが一番安全なんじゃないかしら?」


 『桃太郎』の物語をメチャクチャにするのが”本の虫”の目的だとしたら、鬼に味方して桃太郎の鬼退治を邪魔するのが一番だもんね。


「なるほどな。じゃあ、オレたちも桃太郎の鬼退治に協力すればいいのか」

「桃太郎?」


 目を丸くするおじいさんとおばあさん。ちょっと迷人、二人はまだわかってないんだってば。


「とにかく、この桃を割りましょう。せっかく持ってきたんですし」


 まずは中に入っている桃太郎に出てきてもらわないと、物語を進めようがない。あれこれ喋るより先に、主人公に登場してもらいましょう。


「おー、そうじゃったそうじゃった」

「こんなに大きな桃は二人では食べきれませんからのう。若い人がいるうちに食べることにしましょうか」


 やおら立ち上がり、桃を割る準備を始めるおじいさんとおばあさん。と言っても、柴刈りに使ったナタを綺麗に洗いなおすだけ。あとはそのナタで桃を割ればいいだけなんだけど……


「どっこいしょっ!」


 カッキーン!


 お爺さんが振り下ろしたナタは、簡単にはじき返されてしまった。


「おやまぁ、なんとも固い桃じゃ」

「石のようですな」


 あきれ返るおじいさんとおばあさん。桃が固いってどういうこと?


「オレがやります!」


 おじいさんに怪我をさせてはいけないと、代わって運動おバカの迷人が試しても、


 カッキーン!


 と結果は同じ。傷一つ残せない。この桃、いくらなんでも固すぎるよぉー!

 この頃になるとわたしたちもようやくわかってきた。お姉さんが言っていた「”本の虫”にイタズラされる」という言葉の意味が。

 きっと桃が規格外に大きいのも、石のように固いのもあの”本の虫”の仕業なんだろう。『桃太郎』の中に逃げ込んだ”本の虫”は、おとぎ話の中身を勝手に変えてしまったんだ。

 こうして変な出来事が続くのは、あの”本の虫”がこの世界の中にいる証拠でもあるから、わたしたちは”本の虫”を捕まえなくちゃいけないのだろうけど……そのためにも桃太郎をこのまま桃の中に閉じ込めていくわけにはいかない。


「さて、どうしたもんかな。他に何か刃物はありませんか? 刀とか斧とか」

「おお、裏に斧があったな」

「よし! それを試してみよう!」


 こういう時に頼れるものは迷人のような運動おバカだけど、こんしんの力で振るった斧も巨大な桃には全く効果がなかった。おじいさんが探してきたのこぎりも、刃こぼれしちゃって全然ダメ。

 さてどうしよう。このまま桃が開かなければ、桃太郎は桃の中に閉じ込められたままになっちゃう。なんとかして開ける方法を……。ナタでも斧でものこぎりでもダメなら、もっと大きな刃物でも用意するしかないか。


「高いところから落とすってどうかな」

「高いところって?」

「この家の屋根の上とか」

「……どうやって上げるのよ」


 まったく、これだから筋肉おバカは。万が一割れたとしても、中の桃太郎が無事で済まないかもしれないじゃない。おとぎ話の世界なんだから、何かこう簡単に割れる魔法みたいなものが使えればいいんだけど……。

 そこでわたしはふと思い出した。お姉さんに貰った打ち出の小づち! あの力を使えば、桃ぐらい簡単に割ってくれるんじゃ!


「迷人、どいて」

「えっ!」


 わたしは桃めがけて、金ぴかの打ち出の小づちを打ちおろした。


 ポンっ!


 ほらやっぱり! わたしの予想通り、小づちの小気味よい音とともに、いとも簡単に桃は真っ二つに割れてしまった。

 そもそも打ち出の小づちって、一寸法師を大きくしたり、お米や小判を出したりする魔法のアイテムだもんね。わたしたちをこうして物語の中に移動させたりするわけだし、桃を割るぐらいできないはずはないと思ったの!


「桃から生まれた、桃太郎~!」


 割れた桃からピカッと溢れる光の中から、腰に手を当てた赤ん坊が勢い飛び出す。


「おお、ばあさんや、赤ん坊じゃ!」

「神様の恵みじゃ!」


 涙を流して喜ぶおじいさんとおばあさん。いやそれよりも、生まれてすぐしゃべるの桃太郎? しかも立ってるけど。


「やったやった、桃太郎が生まれた!」


 迷人は全然気にする素振りも見せず、無邪気に喜んでいる。単純だなぁ。迷人も生まれたその時から立ったりしゃべったりしてそうだから、気にならないのかしら。


「おじいさん、おばあさん、桃から出してくれてありがとうございます! ぼくは大きくなって鬼退治に行きたいので、早く大きくしてください!」


 わたしたちの疑問をよそに、はきはきとした口調で言う桃太郎。うわぁ、びっくり。赤ちゃんのくせにこんなに喋るんだ。ちょっと気持ち悪いかも。

 おじいさんとおばあさんは求められるままご飯や食べ物を用意し、桃太郎はばくばくと口の中に放り込んだ。桃太郎を包み込んでいた巨大な桃すら、みるみるうちに桃太郎のお腹に消えていってしまう。


「ゆ、ゆずは。手伝おう」

「う、うん」


 まるで怪獣のような勢いであっという間に食べてしまうので、わたしたちも薪を割ったり、火を焚いたり、おにぎりを握ったりと、食事の支度に追われるおじいさんとおばあさんを一生懸命手伝った。

 わたしたちが見ている前で、食べれば食べた分だけ桃太郎はぐんぐん成長し、あっという間にわたしたちと変わらないぐらいの大きさに成長してしまった。おとぎ話とはいえ……す、すごい。


「さて、ところでそちらのお二人。見慣れぬ様子ですがどちらからやって来たのですか?」


 見違えるように大きくなった桃太郎は、急にわたしたちに向けて問いかけてきた。しゃべりかたまで大人びたように感じる。


「わたしたちは”本の虫”っていうのを探していて……」


 かくかくしかじか。わたしたちの説明を神妙な顔をして聞く桃太郎。


「なるほど。その”本の虫”とやらはこの世界をメチャクチャにしようとしているのですね。となるとそれはやはり、鬼の仲間なのではないでしょうか。もしよければ、ぼくと一緒に鬼ヶ島へ行ってみませんか?」

「一緒に?」

「いいのか?」

「もちろんです。あなたがたがいなければぼくも桃の中で一生暮らしていたのかもしれませんし、ぜひとも力を合わせて鬼退治にまいりましょう」


 さすが桃太郎! 主人公だけあって話が早いし、頼りがいがあるわ!

 言うが早いか桃太郎はすっくと立ちあがり、


「おじいさん、おばあさん、さっそくぼくは鬼ヶ島へ鬼退治に行きたいと思います!」


 と力強く宣言した。おぉ、見たことがある! こうして目の前にすると桃太郎ってやっぱり勇ましい!

 そうして旅立つ桃太郎に、おじいさんとおばあさんは今度はせっせと衣装や刀を揃えた。

 桃の陣羽織にハチマキ、背中には日本一の旗をさして、絵本で見た桃太郎の出来上がりだっ!


「鬼は手ごわいゆえ、油断せずに頑張って戦うんじゃよ」

「まずは手伝ってくれる仲間を探したほうがよいぞ。おぬし一人では危険じゃ」

「ありがとうございます。きっと鬼を退治して帰ってきます」


 おじいさんとおばあさんに頭を下げる桃太郎。


「おじいさんとおばあさんもお元気で」

「短い間でしたがありがとうございました」

「達者でな」

「桃太郎を頼みましたぞ」


 慌ててお礼を言うわたしたちにも、おじいさんとおばあさんは優しい言葉をかけてくれるから、わたしはなんだか涙ぐんじゃった。とっても短い間だったけど、なんだか寂しくなっちゃう。


「それではそろそろ参りましょうか」

「うん!」


 わたしたちはおじいさんおばあさんに別れを告げて、桃太郎と一緒に旅立った。

 ……あれ? なんか忘れてる気がするけど気のせいかしら?

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