4-3 鳴海 猛

15時―


「会長・・・驚きましたよ。まさか日本にいらしていたなんて・・・。」


修也が会長である猛に話しかけている。カーペットが敷かれた広々とした部屋には大きなガラス窓がはめこまれ、高層ビル群が見渡せる。

そこには鳴海グループ総合商社の創設者であり、現会長の猛とその男性秘書、修也の3人が応接室のソファに座っていた。


「ハッハッハ・・・驚いたか?」


猛は愉快そうに笑っている。


「ええ、それは驚きますよ。病院へ行って検査を受けて来ると言われましたが、まさかそれが東京の病院だったとは夢にも思っていませんでしたから。」


すると猛は言った。


「うむ・・やはり手術を受けるなら日本で受けたいと思っていたからな。それに私も引退をする身だ。今後は日本で暮らしていこうと考えている。何せ日本には私の可愛い曾孫もいるしな。」


「曾孫・・・それは蓮君の事ですか?」


曾孫・・その言葉に修也はピクリと反応した。


「ああ、そうだ。何しろ最後に会ったのはまだ蓮が赤ん坊だったからなあ。今はもう4歳になったのだろう?それにしても少し朱莉さんには悪いことをしてしまったかな。子育てが一番大変な時期にたった1人で子供の面倒をみてきたのだから・・・。だが少し意外だった。2人は夫婦なのだから・・てっきり私は朱莉さんも翔と一緒にアメリカについていくと思っていたからな。」


どこか含みを持たせるかのような猛の物言いに修也は平静を保ちながら答えた。


「朱莉さんには・・・病院に長い間入院されている心臓の悪いお母様がいるので・・心配でついていけなかったと話されていましたよ。」


「修也・・・お前、朱莉さんの事知っていたのか?」


猛は修也の顔をじっと見つめた。


「ええ、勿論です。朱莉さんが・・・お母様の面会に言っている間は僕が蓮君を代わりに見ていましたから。」


「ほ・・・う。そうだったのか・・・。」


猛は目を細めると言った。


「それで・・どうだ?」


「え・・?どう・・とは?」


修也は首を傾げた。


「お前の目から見て・・朱莉さんはどんな女性だと思う?」


「え・・・?僕から見て・・・ですか?」


(おかしい・・・何故会長は僕に朱莉さんの事を尋ねてくるのだろう?)


修也には猛の意図が全く分からなかったが素直に思ったことを口にした。


「朱莉さんは・・・蓮君をとても可愛がって、大切に育てています。穏やかな女性だし、家事も完璧にこなす・・素晴らしい女性だと思います。」


すると猛も満足そうに言う。


「ああ、そうだな。実は・・・ここだけの話なのだが定期的に朱莉さんから蓮の写真と様子を綴ったメールが届いているのだよ。実はな、私の密かな楽しみは朱莉さんからのメールなんだ。」


「え・・?そうだったのですか?・・」


修也は朱莉と猛がメールのやり取りをしている事を初めて知り、驚いていた。


「朱莉さんは本当に気立ても良い。私もお前と同じ意見だよ。翔にはもったいないくらいだ・・。」


猛の最後に言った言葉は語尾が小さく、修也には何と言ったのか聞き取れなかった。


「え?今・・・何とおっしゃったのですか?」


「いや、何でもない。それじゃ修也。私は今日はもう帰らせて貰うよ。明日からは本格的な検査入院が待っているのでな。」


猛は立ち上がると言った。猛に続き、秘書も立ち上がる。


「はい、出口までお見送りさせて頂きます。」


修也も立ち上がり、3人は会長室を出ると、エレベーターホールへ向かった。

会長の秘書は無言で下向きの矢印ボタンを押すと、すぐにエレベーターはやってきた。


ピンポーン


軽い音とともにエレベーターのドアが開く。3人はエレベーターに乗り込むと、会長は再び口を開いた。


「ところで修也。」


「はい、何でしょうか?」


「お前は・・・まだ結婚する気はないのか?」


「え・・ええ?!突然何を言うのですか?」


修也は猛のいきなりの質問にすっかり面食らってしまった。


「いや・・お前ももう32歳だ。結婚していても全くおかしくない年齢だろう?誰かいい人はいないのか?」


「いい人・・・ですか?」


修也の脳裏に一瞬朱莉の姿が浮かんだが、すぐにその考えを打ち消した。


「いいえ、特にはいませんよ。」


「そうか・・・なら見合いをするつもりはないか?」


「え・・?見合い・・・ですか?」


「ああ、そうだ。実は知り合いの会社の会長が孫娘の結婚相手を探しているんだよ。」


「いえ・・・僕は今の仕事をするだけで手いっぱいなので・・とてもまだ誰かと家庭を持つの考えられませんよ。それに母と同居しているので生活に不便はありませんし。」


そこまで話した時、エレベーターの自動ドアが開かれた。


「ああ・・残念。この話の続きをもう少し議論したかったのだが・・・ついてしまったな。」


「ええ・・そうですね。」


修也は苦笑しながら答える。


 3人がビルのエントランスに到着すると秘書が言った。


「会長。車をもってまいりますので、そちらのソファでお待ち下さい。」


そして秘書は足早に2人を置いて先に駆けていく。


「よし、それでは秘書が戻ってくるまで座って待っていようか?」


猛はソファを見ると言った。


「ええ。そうですね。」




 修也と猛が向かい合わせにソファ席に座ると猛は言った。


「九条は元気にしているか?」


「え?ええ・・元気にしていますよ。」


「そうか・・・あいつも忙しくしているのだろうな?もうじき翔も日本に帰国してくるし・・。ところで・・。」


猛は修也を見ると言った。


「修也、お前は自分と翔だったら・・客観的に見て、どちらが次期社長にふさわしいと思う?」


「え・・?」


修也はいきなり猛の確信をついた質問に驚いた。だが、修也の答えは決まっている。


「勿論、翔の方が次期社長に相応しいと思っています。」


しかし、猛は言った。


「修也・・・だがな、企業の社長ともあるべき人物が・・自分の利益のみ追及して、他者を平気で踏みにじっても良いと思うか?」


「会長・・一体何を・・・?」


「会長。お待たせ致しました。」


修也が口を開きかけた時、先ほどの秘書が2人の前に現れた。


「おお、来たか。」


猛と修也は立ち上がると、秘書の後に続いた。



ビルの横には黒塗りのキャディラックが横付けされていた。秘書はなれた手つきで後部作責のドアを開けると、猛は後部座席に乗り込み、車の窓をか開けると言った。


「それではまたな。」


「はい、会長。」


修也は頭を下げた。そして窓は閉められ、車は走り出した―。



「滝川、今・・・明日香はどうしているんだ?」


猛は腕組みをし、窓の外を眺めながら滝川と呼んだ秘書に尋ねた。


「はい、本日は幼稚園の遠足の付き添いで上野動物園に行っておられます。」


「そうか・・幼稚園の遠足か・・・。」


猛は窓の外から目を離さずに言う。


「はい。最近は週の半分は・・蓮様と一緒に暮らしておりますね。」


それを聞いた猛は眉をしかめる。


「全く・・・今までさんざん好き勝手な事をしておきながら、今度は突然手の平を返したかの如く、蓮の母親面をしてくるとは・・。母娘揃って身勝手な・・あの2人に振り回されてきた朱莉さんが気の毒でたまらん。」


猛は溜息をつくと言った。


「会長・・。それでどうすおつもりですか?」


滝川は運転しながら猛に尋ねる。


「重役会議まであと3か月だそれまでは双方の様子を見守るつもりだ。」



「朱莉様は・・・どうされるおつもりなのでしょう・・?」



「そうだな・・。だが、私の方からは手を差し伸べてやることは出来ない。自分の方から私に手助けを願い出てくれれば手を貸してやることが出来るのだが・・。」



そして猛は溜息をつくのだった―。





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