4-4 修也の迎え
蓮の幼稚園の遠足が終わった翌週の良く晴れた土曜日―
明日香は朝から不機嫌な様子で部屋で1人、たいして見たくもないテレビをつけながらコーヒーを飲んでいた。
「全く・・・まさか御爺様がこんなに早く日本に帰国してくるとは思わなかったわ・・・。」
明日香に祖父猛が日本に帰国してきた旨が耳に入ったのはちょうど1週間前、朱莉から連絡が持たされたのだ。
1週間前―
夜9時、お風呂から上がった明日香はおつまみのチーズとサラミでワインを飲みながらほろ酔い気分でリビングのソファの上でくつろいでいた。4杯目のワインをグラスに注いだその時、スマホから着信を知らせる音楽が鳴りだした。
「あら・・朱莉さんからだわ。」
明日香はスマホを手にポツリと呟き、画面をタップすると電話に出た。
「はいもしもし」
『こんばんは。明日香さん。今日は蓮君の遠足に付き合っていただいて、本当にありがとうございました。』
「あら?いいのよ。だって我が子の行事に参加するのは親として当然の役目だから。」
『・・ええ・・そうですね・・・。』
やや、間を開けて朱莉の声が聞こえた。
明日香は今は週に3回は蓮と一緒に暮らしてはいるが、自分が本当の母親だと蓮に告げられずにいた。それは朱莉から、お願いされていたからだ。蓮を混乱させたくはないから母親だと名乗る時は、翔が帰国してから・・・2人で一緒に蓮に真実を伝えて欲しいと。明日香は自分の正体をいまだに蓮に明かせないことに焦りを感じている。なので朱莉の目の前でだけは自分が本当の母親であることをアピールしておきたくて、このような言い方をしてしまうのであった。それがどれ程朱莉を傷つけているかと言う事に明日香は気づいていもいなかった。
「それで、どうしたの?」
明日香はワインを飲みながら質問した。
『はい、実は鳴海会長から・・・先ほどお電話を頂いたのです。』
「え?御爺様からっ?!」
その話を聞いた途端、明日香の酔いは一気に冷めてしまった。
「御爺様が・・朱莉さんに何て言ってきたの?」
明日香は声を震わせながら尋ねた。
『はい・・・実は鳴海会長はもう今月で会長職を辞めて・・仕事から手を離すそうです。癌を患っているそうですが、手術で治るそうで、もう日本に帰国してきたそうなんですよ。』
「そう・・・だったの?ちっとも知らなかったわ。」
(何よ・・・癌でも助かるってわけね・・。)
子供のころから自分を虐げてきていた猛の事を明日香は毛嫌いしていたので、手術で治ると言う事を聞かされた時には、冷たい人間と思われようが、残念な気持ちになってしまった。
「それで、御爺様は・・・朱莉さんに何て言ってきたの?」
務めて冷静に明日香は尋ねた。
『はい、来週の土曜日・・10時に新宿のホテルを指定され・・・・会いたいと連絡を頂いたのです。』
「え・・?新宿のホテルで・・・?」
『そうです。めかしこんでホテルに来るように言われました。』
「そう・・なの?」
(御爺様・・・よほど蓮に曾祖父として良く見られたいのね・・・。誰が生んだかもしれずに・・。蓮が実は私が産んだ子供だと分かったら、一体どんな反応をするのかしら。きっと驚いて・・・蓮の事も私と同様に憎むかもしれないわね。)
しかし明日香は猛の心の内に気付いていなかったのだ。猛が蓮は本当は誰の子供なのか知っていることも、それでも蓮を可愛いと思っていると言う事を・・・。
『ですから・・・今週の土曜日は明日香さんと蓮ちゃんの2人で過ごす時間を作れる時間が無くて・・申し訳ございません。』
朱莉の申し訳なさそうな声が聞こえてくる。
「いいのよ。そういう事情があるなら仕方がないものね。気にしなくていいわよ。それじゃ・・・御爺様によろしくね。後、くれぐれも私の事は・・・。」
『はい、大丈夫です。明日香さんの事は内緒ですよね?蓮ちゃんにも伝えておきます。それではおやすみなさい。』
「ええ。よろしく。おやすみなさい、朱莉さん。」
そして電話が切れた。
「ふう・・・。」
電話を切った後、明日香は左手で額を押さえると溜息をついた。
「全く・・・ずっと海外に住んでいてくれればいいのに・・・。」
そして明日香は思った。マンションのネームプレートは外しておいた方がよさそうだ・・と。
そして翌週の土曜日の朝9時・・・。
ピンポーン
朱莉の部屋のインターホンが鳴らされた。
「はい。」
朱莉はインターホンに応対すると、そこにはスーツ姿の修也が立っていた。
『おはようございます。朱莉さん。迎えに来ましたよ。』
修也が笑みを浮かべながらモニターの中に映っている。実は修也が車で朱莉と蓮を新宿のホテルまで連れて行くことになっているのだ。
「ありがとうございます。各務さん。すぐ下に降りますね。」
『いえ、そんなに焦らなくて大丈夫ですよ。待っていますから。』
「すみません・・・10分以内にはそちらに行きますね。」
そして朱莉は蓮を振り替えった。
「蓮ちゃん、忘れ物はない?途中で大人のお話になるかもしれないから、飽きてしまわないように絵本の準備は出来ている?」
「うん、大丈夫。3冊持っていくから。」
蓮は朱莉の手作りの大好きな電車のキャラクターアニメの肩掛けカバンを斜めにかけると言った。そんな蓮を朱莉は笑顔で言う。
「えらいわね、蓮ちゃんは。自分でちゃんと読みたい本を選んで準備出来るんだから。」
そして頭を撫でると蓮は嬉しそうにう言った。
「お母さん・・・いつもきれいだけど、今日はもっときれいだね。」
今日の朱莉は半袖の水色のワンピースにクリーム色のカーディガンを羽織っている。
「ふふ、ありがとう。蓮ちゃんも今日はいつも以上に恰好いいわよ?」
蓮は白いシャツに黒い蝶ネクタイ、そしてグレーのチェックのハーフパンツに御揃いのベストを着ていた。
「へへ・・・ありがとう。」
そして不意に蓮が真剣な顔で朱莉のスカートの裾をギュッと握りしめると顔を上げた。
「お母さん・・・曾おじいちゃんて、どんな人なのかな・・・。」
その瞳は・・・どこか不安に揺れている。
「蓮ちゃん?どうしたの?」
朱莉は蓮の前にしゃがみ、目線の高さを合わせると質問した。
「ううん・・・怖い人だったらどうしようって思ったから・・・。」
「大丈夫よ。蓮ちゃん。蓮ちゃんの曾おじいさまはね・・・とても立派な人で優しい人だから、何も心配することは無いわ。さ、そろそろ行きましょう。各務さんが待っているから。」
朱莉は蓮の前に手を差し伸べると、蓮はその手をしっかり握りしめ、うなずいた。
「うん。」
そして朱莉と蓮は玄関を出て戸締りをするとエレベーターホールへと向かった。
エレベーターがが開くと、すでに修也はホールの中で待っていた。
「修ちゃん、おはよう!」
蓮は笑顔で修也の元へと駆けていく。
「おはよう、蓮君。」
修也は笑顔で答えると、軽々蓮を抱き上げて言った。
「ハハハ・・少し会わない間に・・蓮君、ずいぶん大きくなったね。」
「え?僕・・そんなに大きくなったかな?」
蓮はびっくりしたように尋ねる。するとそこへ朱莉がやってきて修也に挨拶をした。
「おはようございます、各務さん。本日はお忙しい中、わざわざここまで来ていただいてありがとうございます。」
そして頭を下げる。すると修也は言った。
「いいんですよ、それくらい。それじゃ。会長が待っているので出発しましょうか?もう車はマンションの前に止めてあるんですよ。」
見るとそこには修也の紺色のステーションワゴンタイプの車が止めてある。
「修ちゃん、早く行こうよ。今日はごちそう食べられるんだよね?」
蓮がウキウキしながら言う。
「そうだよ。よし、それじゃ行こうか。」
修也は蓮を抱き上げたまま朱莉を振り向いた。
「朱莉さんも行きましょう。」
「は、はい。」
修也に促され、朱莉も2人の後を追った―。
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