1-14 大切な人
「うん。このコーヒー・・・とっても美味しいね。そう言えば航君のお父さんは本格的にコーヒーを淹れる人だったね。お父さんは元気にしてる?」
「ああ、元気にしてるよ。お陰で俺はいつもこき使われている。」
「そうなんだ。でも・・・航君のお仕事は本当に大変だよね。時間も不規則だし・・・拘束時間もあるようでないような・・。神経も使うでしょう?暑い日も寒い日も、それこそ天候に関係なく外で仕事しなくちゃならない時もあるしね。」
「あ・ああ。本当にそうなんだ。大変と言えば大変だけど・・やりがいがはあるよ。」
(駄目だ・・・本当は俺はこんな話をしたいんじゃない!俺は・・・朱莉に・・。)
「あ、朱莉っ!」
「何?」
朱莉は急に大きな声で名前を呼ばれて、航をじっと見つめた。4年間、ずっと恋い焦がれていた朱莉が目の前にいる。その朱莉に見つめられ、航は思わず赤面してしまった。
(だ、駄目だ・・やっぱり言えない・・。もし告白して断られたら・・俺はもう・・立ち直れないかもしれない・・・。)
「どうしたの?航君。さっきから様子がおかしいけど・・・もしかして具合でも悪いの?」
「い、いや。それは無い、大丈夫だ。それより・・朱莉。あいつは今どうしてるんだ?」
「あいつ?もしかして翔先輩の事?」
「ああ、そのあいつだ。」
「翔先輩ならね、もう3年会ってないよ。」
「何っ?!朱莉、ひょっとするともう契約婚が終わったのかっ?!」
(それなら・・朱莉に告白しても・・。)
すると朱莉は慌てたように手を振った。
「ううん、違うの。ごめんね、言い方が悪かったかも。あのね、翔先輩は今仕事で3年前から1人でカルフォルニアへ行ってるの。私も一緒に来て欲しいって頼まれたんだけど・・。」
「何っ?!あいつ・・朱莉にそんな事言ってきたのかっ?!くそっ!相変わらず図々しい男だっ!それで・・朱莉はどうしたんだ?って今ここにいる訳だから、ついて行かなかったって事だよな。何て言って断ったんだ?」
「うん。お母さんを残してカルフォルニアに行けないって断ったの。だから今は蓮ちゃんと2人で暮らしてるのよ。」
「蓮・・・蓮かっ!おっきくなったんだろうな?今何歳だ?」
「蓮君はね、4歳になったのよ。あ、写真見る?って言うか・・航君に見てもらいたいかな?」
朱莉は嬉しそうに言うとスマホを取り出し、画像ファイルを出した。するとそこには何枚も航の写真が入っている。
「へえ~・・・可愛いじゃないか。」
航は目を細めて写真を見つめた。
「でしょう?フフ・・とってもお利口で、優しくて、それでハンサムでしょう?まさに私の理想の男性。」
「な、何っ!ゴホッ!ゴホッ!」
航は思わず飲みかけのコーヒーを吹き出しそうになってしまった。
「だ、大丈夫?航君。」
「あ、ああ・・・だ・大丈夫だ・・・。それで・・朱莉。写真を見て気付いたんだが・・・何で蓮が1人で写っている写真しかないんだ?」
すると朱莉の表情が悲し気になった。
「え?朱莉・・・?」
(どうしたんだ?さっきまで明るく楽しそうに笑って話していたのに・・。)
「航君・・・。私はいずれ・・蓮ちゃんのお母さんをやめなくちゃならないの。」
「!」
「蓮ちゃんはまだ4歳。蓮ちゃんの記憶からいずれは消えていく存在なの。だから私の写真を残しておくわけにはいかないでしょう?」
「朱莉・・・。」
「これは蓮ちゃんの為なの。もし・・私の写真が残っていたら、この人誰?ってなるでしょう?だから蓮ちゃんしか写していないの。これで・・いいのよ。」
寂しげに言う朱莉の姿に再び航は翔に対する怒りが込み上げてきた。
(くそ・・・っ!鳴海翔・・あいつだけはやっぱり絶対に許せない・・!)
「そうだ、朱莉・・・。契約婚って・・・いつまでなんだ?」
「うん・・多分今年で終わり。」
「え?!そうなのかっ?!」
航は思わずその場で小躍りしたくなってしまった。
「で、でも・・何で今年で終わるんだ?」
「それはね、翔先輩が今年日本に戻って来るからだよ。そしたら・・翔先輩に蓮ちゃんを託しておしまい。だけど・・場合によっては・・もっと早く終わりになるかも・・。」
航はすっかりぬるくなってしまったコーヒーを飲み終えると尋ねた。
「え・・?どういう事だ・・?そう言えば蓮は?蓮は今どうしてるんだ?」
「蓮君はね、今・・明日香さんと一緒にいるの。」
「な・・何だってっ?!明日香・・長野から戻って来たのか?明日香には恋人がいただろう?!」
「うん・・そうだよね・・・。だけど・・別れたのかも・・・。」
「何だって?それじゃあ・・ひょっとして自分の心の隙間を埋める為に蓮といるのか?!」
「そんなつもりじゃないと思う。だって・・明日香さん本当に変わったのよ?まるで別人みたいに・・・それに今は絵本作家なんだから。きっと明日香さんも長野で苦労したのよ。」
「そうか・・・。」
航は椅子の背もたれに寄りかかるとため息をついた。
「朱莉・・本当に4年間で色々な事があったんだな。」
すると朱莉は頬杖をついて航を見つめると言った。
「それじゃ、今度は航君の番だよ?」
「え?俺?」
「うん、そう。今度は航君の話を聞かせて。」
「俺の話しなんて・・大したことは無いよ。別に話すほどじゃ・・。」
「でも、私は航君の話が聞きたい。駄目?」
「だ、駄目って・・・。」
(う・・・そ、そんな可愛らしい顔で聞かれたら・・断れるはず無いだろう?!)
そこで航は咳ばらいをすると言った。
「ゴホン!そ、それで・・・俺のどんな話を聞きたいんだ。」
「そんなのはもう決まってるじゃない。彼女の事よ。」
「え・・か、彼女?!彼女って・・まさか美由紀の事か?!」
「そう、美由紀さんの事。」
「俺と美由紀の事なんて・・・別に大した話は無いよ・・・。」
「でも4年間もお付き合いしていたんでしょう?気が合わなければそこまで長続きしないと思うけど?」
朱莉に指摘されて、その時航は気が付いた。
(あれ・・・そう言えば俺・・こんなに誰かと長く付き合ったのは美由紀がはじめてだったかもしれないな・・・。)
今まで航は美由紀の前に何人かの女生と交際した事がある。だがどれも長続きせず、半年も持たなかったことばかりだった。
(俺は・・・美由紀の事を大切にしたいと思っていたのか・・・?)
思い起こせば今まで交際してきた女性とは付き合って半月程で深い仲になっていた。だが美由紀に関しては交際して10カ月目で深い仲になったのだった。
しかし、航はその考えを否定した。
(いや、違う・・。俺は・・いつまでも朱莉に未練があったから、美由紀に手を出さなかっただけなんだ。朱莉の代用品には・・・したくなかったから・・。)
そして航は目の前の朱莉を見つめると言った。
「朱莉・・・俺は最低な男なんだ。だから・・美由紀と付き合ったけど・・いい加減な付き合い方ばかりしていた。お洒落な店に連れて行った事も無かったし、俺はこの通り興信所の調査員なんて仕事をしているから時間も不規則で・・だから2人で会ってもわずかな時間しか会えなかったし・・・。本当にこんな状態でよく4年間も続いていたと思うよ。」
すると朱莉は言った。
「その美由紀さんて人は・・・本当に素敵な女性だね。」
「え?」
「余程航君の事が好きだったから・・4年間続いているんだよ。すごく純粋な女性なんだね。」
「え・・?」
そうなのか・・?美由紀はそこまで俺を・・・?
「大切にしてあげたほうがいいよ?航君。」
朱莉はじっと航を見つめると言った―。
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