1-13 2人でカフェに
「それじゃ、朱莉さん。気を付けて帰ってね。」
六本木の駅前で修也は朱莉に言った。
「ええ。各務さんも気を付けてお帰り下さい。あと・・・今日はいろいろとすみませんでした・・・。」
朱莉は申し訳なさそうに言う。
「ああ・・・あの事だね?あの彼とは・・過去に何かあったんだね。でも朱莉さんが話したくなければ僕は無理には聞かないから・・。それじゃあ又。」
「はい、ありがとうございました。」
手を振る修也に朱莉は頭を下げて、2人は別れた。
「明日香さんから何か連絡入っていないかしら・・。」
朱莉はショルダーバックからスマホを取り出すと2件のメッセージが届いていた。1通目は明日香からだった。
『蓮に晩御飯を食べさせてから帰ります。20時頃になると思うので、また連絡します。』
「・・・・。」
朱莉は明日香からのメッセージを2度読み直した。
「やっぱり明日香さん・・蓮ちゃんと・・きっと離れがたいのね・・。」
朱莉は寂しそうに呟いた。いつも傍にいた蓮が隣にいない・・それだけで、こんなにもむなしい気持ちになるとは朱莉は思いもしなかった。でも翔との契約婚が終わればずっとその状態が続くことになる。その時朱莉は・・平気でいられるのだろうか?
「蓮ちゃん・・。」
朱莉は寂し気に呟いた。
メッセージはあと1件残っている。相手は・・・。
「え・・・?航君・・・?そういえば・・美由紀さんには会えたのかな?」
メッセージの着信時間は15時半。今から1時間以上前だ。朱莉は急いでメッセージを表示させた。
『朱莉。もし時間があれば連絡が欲しい。俺の携帯番号は変わらないから。』
何故かこのメッセージに緊急性を感じた朱莉はすぐに航の携帯番号を呼び出し、電話をかけた。電話は2コール目の呼び出しで航が応答した。
『もしもし、朱莉!』
「航君、どうしたの?何かあったの?美由紀さんとは会えたの?」
すると航はそれに答えずに言った。
『朱莉、俺・・夜の11時から仕事なんだ。1時間でもいいから・・会えないか?』
電話口からは航のひっ迫した声が聞こえてくる。
「う、うん・・・。19時くらいまでなら・・少なくとも大丈夫だけど・・。」
『よし、19時までなら大丈夫なんだな?それじゃ今からそっちへ行くから。実は今六本木の駅に来てるんだ。』
「ええっ?!そうなの?実は私も六本木の駅にいるのよ?」
『そうか、なら待ち合わせしようぜ。西麻布方面の改札でいいかな?』
「うん。いいわよ。それじゃ今から向かうわね。」
『ああ、朱莉。またな。』
そして2人は電話を切ると、待ち合わせ場所へ向かった―。
待ち合わせ場所には航の方が先についていた。
「朱莉っ!」
航は手を振って朱莉の元へ駆けつけてきた。
「こんばんは。航君。まさか・・連絡が来るなんて思ってもいかなかったから驚いたわ。」
すると航の顔が曇った。
「朱莉・・もしかして迷惑だったか?」
「何言ってるの?航君。そんなはずないでしょう?」
朱莉は笑顔で答える。その優しい笑顔は航の心を落ち着かせた。
(やっぱり俺は・・朱莉と一緒にいられる時間が一番落ち着く・・。ずっとこのままでいられたら・・・。)
「朱莉。これからどこか飯でも食いに行かないか?・・ってまだその時間には早いかな・・。」
航の言葉に朱莉は言った。
「それじゃ・・カフェに入る?そこならコーヒーも飲めるし、食事もできるもの。この近くに素敵なお店がオープンしたの。まだ行ったことが無いんだけど・・もし航君さえよければ一緒に行かない?」
「よし、いいぜ。そこに行こう。」
航と朱莉は並んで歩きだした。
「でも、本当に久しぶりだね。同じ東京に住んでいても4年も会わなかったんだものね。」
朱莉は歩きながら言う。
「そうだな・・・。」
だが、本当の事を言うと今迄航は朱莉に会わないように避けていたのだ。あの日・・航が朱莉を抱きしめている姿を翔に見られてしまった。姫宮からの提案で朱莉が航との関係を翔の追及から免れるには航が一方的に朱莉に付きまとっていたストーカーだと思わせるしか方法は無いと言われ、航はその提案を受け入れた。最も過去において、バレンタインの日に美由紀と会っていた航は翔が別の女性と食事をしている現場を見てしまい・・思い余って美由紀を店に残したまま朱莉の住むマンションへ行ってしまったことがあったが・・それがきっかけで美由紀と付き合うことになった―。
「航君、着いたよ。」
考えごとをしてい航は朱莉の呼びかけに顔を上げた。
「ああ、朱莉。ついたのか?」
そこは赤いレンガ造り風のおしゃれなカフェだった。ガラス窓から見える店内はアンティーク風なテーブルセットが並べられ、10人前後の客がいた。
「へえ~なかなか雰囲気のある店だな。よし、入るか?」
「うん。そうだね。」
そして朱莉と航は店内へと足を踏み入れた―。
店の中へと入った2人は一番奥の窓際の席に座り、とりあえずコーヒーを注文した。
店内には若いカップルしかいない。
(へえ~・・ふつうはこういう店でデートとかするものなのか・・・?そういえば俺は美由紀とデートしていた時・・・こんな店入った事なかった。いつもラーメン屋かカラオケ店ばかりだったし・・。)
航はキョロキョロしながら思った。そんな航を朱莉は不思議そうに見つめている。
(航君・・・どうしちゃったんだろう?さっきからずっとあたりを見渡しているみたいだけど・・・。)
「ねえ、航君。どうしたの?さっきからキョロキョロしてるけど?」
「あ・・いや。雰囲気があっていい店だなと思って。」
ちょうどその時、タイミングよく2人の前にコーヒーを持って店員が現れた。
「お待たせいたしました。」
カチャリと2人の前にコーヒーが置かれると、店員は頭を下げて戻って行く。朱莉はコーヒーの香りを吸い込むと言った。
「うん。いい香り・・・。航君は美由紀さんとのデートでカフェとかに来たことはなかったの?」
「ゴホッ!」
航はいきなり美由紀の話が朱莉の口から出てきて、むせてしまった。
「わ、航君、大丈夫?」
「あ、ああ・・・平気だ・・。」
航はむせながらも何とか答えた。朱莉は航の咳が収まるまで静かに待っていたが、やがて口を開いた。
「航君。実はね・・・あの後私、美由紀さんに会ったのよ。」
「な・・・何だってえっ?!そ、それで・・美由紀は何か言ってたか?朱莉に失礼な事言ってなかったかっ?!」
「う~ん・・・ちょっと怒っていたかなあ・・?」
朱莉は言いにくそうに口を開いた。
「な、何だって?!あいつ・・・朱莉に失礼な事言ったのか?!」
「そういうわけじゃないけど・・・私と航君の間に何かあるんじゃないかって思われちゃったみたい。」
「え・・・?」
「貴女、航君の何なんですかって言われて・・・。何か勘違いさせてしまったみたいなの。航君は美幸さんに会えたの?」
「あ、ああ・・・会えた・・・・。」
航は力なく答えた。
「そうなの?私の事・・何か話してなかった?」
「いや・・何も話していなかった。だから俺は朱莉が美由紀と会った話も今知ったばかりだよ。」
「そうなんだ・・・どうして美由紀さん・・私と会ったこと話さなかったのかなあ・・・?」
朱莉は心底不思議そうにしている。そんな朱莉の話を聞きながら航はテーブルの下で自分の拳を握りしめるのだった―。
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