9-5 病室での3人

(全く、急性虫垂炎だったなんて・・・参ったな・・・。)


ベッドに寝かされたままの翔は天井を眺めながら思った。そして頭をグルリと動かして改めて自分が運ばれた病室を見る。


カーペットの敷かれた広々とした部屋。奥には応接室もあり、部屋のテレビは50インチもある。さらに扉を隔てた奥にはキッチンがあり、冷蔵庫もオーブレンジも備え付けられ、バスルームはミストサウナにジェットバス付き。当然PCやプリンターも設置してあるし、Wi-Fiだって使用できる。しかし・・・・。


(豪華すぎるだろ?この部屋・・・大体1日個室使用料金15万円とかいってたし・・たかが入院であまりにもばかげた金額だ。金がない訳じゃないが、入院の個室代だけで、こんなに費用が掛かるなんて・・・。)


「くそっ・・・!修也の奴・・・一体何を考えているんだよ・・・。」


その時―


コンコン


ドアがノックされる音がした。


「はい、どちら様ですか?」


翔が寝ながら声を掛けると、ドアの外で声がきこえてきた。


「翔、僕だよ。修也だよ。入っていい?」


「ああ、入れよ。丁度お前に話が合ったんだ。」


「え?話?」


するとドアが開けられ、修也が姿を現した。


「おい!修也、お前なあ・・・一体何考えているんだよっ!ウッ!」


その瞬間、手術をした部位がズキリと痛んだ。


「ああ、ほら・・・手術が終わったばかりなのに大声を出すから・・・。」


修也が慌てて、駆けつけてきた。


「う、うるさい・・・誰のせいで大声を出したと思ってるんだ・・・。」


翔は痛みに耐えながら修也をみて・・・目を見開いた。何と修也の背後には蓮を抱いている朱莉が立っているでは無いか。


「あ・・・朱莉さん・・・な、何故ここに・・・?」


朱莉は修也の背後から現れると翔のベッドの傍に歩み寄ってきた。


「各務さんから電話を頂いたんです。翔さんが急性虫垂炎で入院したと・・あの・・大丈夫ですか・・?」


朱莉は心配そうに尋ねて来る。


「あ、ああ・・・大丈夫・・と言いたいところだけど・・・ごめん。正直に言うと痛い。どうやら麻酔が切れたようだ。」


翔は青白い顔で朱莉を見た。


「た・・大変・・!すぐに先生を・・・・!」


朱莉がナースコールのボタンを押そうとした所を翔が止めた。


「あーっ!だ、大丈夫っ!そこまでの事じゃないからっ!」


翔は慌ててそれを止めた。そして朱莉の腕の中にいる蓮を見て言った。


「それにしても・・・よく病棟に蓮を連れて来れたね・・・普通なら子供の面会は禁止している所が多いのに・・・。」


すると朱莉が笑顔で言った。


「ええ。これも全て各務さんのお陰なんです。」


「え?修也の?」


(一体どういう事なんだ・・?修也のお陰って・・?)


翔は修也に視線を向けると、修也が照れ臭そうに言った。


「うん・・・実は病院側に尋ねたんだ。子供もお見舞いに来て大丈夫なのかどうか・・・そうしたら特別個室なら子供も連れてきて大丈夫だって話を聞いて、この個室を手配したんだ。でも・・ごめん。かなりの高額で・・・僕の一存で勝手に特別個室に決めてしまって・・・。」


修也はばつが悪そうに言うが、修也のお陰で朱莉は蓮を連れて面会に来てくれたのだ。それに・・・。

翔は朱莉をチラリと見た。


(朱莉さんの前で・・修也に文句を言う訳にはいかないしな・・。)


朱莉は何故かは知らないが、修也の事を気に掛けている。ともすれば、時には修也に気があるのでは無いかと思わざるを得ない位に・・・。

だから朱莉の前で修也を叱責する訳にはいかないのだ。



その時、お昼のチャイムが鳴った。


「んまんまっ!」


朱莉に抱っこされてる蓮が朱莉の頬に手を伸ばしながら言った。


「まあ・・・レンちゃん、もしかしてお腹すいちゃったのかな?」


すると蓮がコクコク頷く。


「うわあ・・・・本当に賢いお子さんですね・・・。」


修也が笑みを浮かべながら蓮を見て・・。


「おい!修也っ!」


突如、翔が声を上げた。


「うわ、な、何?翔。」


「おまえ・・もう今日は会社に戻れ。いきなり副社長と秘書が会社から消えてしまえば社内が騒がしくなるだろう?」


「え・・?だけど、もう秘書課の人達には連絡を入れてあるけど・・?それに今日は取引先との打ち合わせも何も無いし・・・。」


「いいから、早く戻れ。それでまた夜に俺のPC を持って来てくれ。」


「ええ?翔・・もしかして・・ここで仕事をするつもりなの?」


「ああ、当然だ。今は何処にいても仕事が出来る時代だからな。」


すると今迄黙っていた朱莉が言った。


「駄目ですよ、翔さん。入院中は大人しくしていないと・・・。」


「いや、そんな事いってられないんだよ。仕事は山積みなんだ。これが病気だろうと何だろうと、身体が動けるなら仕事をしないとならないんだよ。」


「翔さん・・・。」


(私には翔さんの仕事の事は何も分からないけれど・・・きっとそう言う物なのね・・・。)


「わ、分かったよ。翔・・・それじゃ会社に戻るよ。又退社後に病院に寄らせて貰うよ。それじゃ、朱莉さんもまたね。」


「は、はい。各務さん・・・今日は本当にありがとうございました。」


「いいんだよ、当然の事をしたまでだから。」


笑顔で見つめあう修也と朱莉を見て、翔の胸の内に苛立ちが募って来た。


「ほら、さっさと行け。修也。」


つい、乱暴な言い方をしてしまう。



「ああ、ごめん。すぐ行くよ。それじゃあね。」


修也はカバンを持つと足早に病室を去って行った。すると朱莉は言った。


「あの・・・翔さん。私もレンちゃんのお食事をさせに行ってもいいでしょうか?お腹を空かせているようなので・・・。」


「あ、ああ。そうだったね。気付かなくてごめん。いいよ、行っておいで。ついでに朱莉さんも食事をしてくるといいよ。」


「はい、ありがとうございます。」


朱莉は笑顔で翔に返事をすると、ママバックを持って病室を出て行った。


「・・・。」


病室に1人残された翔は溜息をついた。


「全く・・・俺は何をやっているんだ・・?折角邪魔な修也を追いやったと言うのに・・。いや、それ以前に・・・俺は何て心の狭い人間なんだ・・・。」


そして翔は目を閉じた―。


朱莉が蓮を病院用のベビーカーに乗せて1Fの病院内にあるレストランへ行くと、そこに修也の姿があった。


「え・・?各務さん・・?」


見ると、修也はラーメンを食べている所だった。


「各務さんっ!」


朱莉が呼びかけると、修也は顔を上げて恥ずかしそうに手を振った。朱莉も笑顔になり、蓮を連れて修也の座るテーブルへ向かった。


「各務さん・・ここでお昼を食べていらしたんですね?」


「そ、そうなんだ。ハハ・・ちょっとお腹がすいちゃってね・・・。でも朱莉さん・・翔には黙っていて貰えないかな?すぐに会社に戻るように言われていたのに、こんな所でお昼を食べているって知られたら、何か言われてしまいそうだから。」


ばつが悪そうに言う修也に朱莉は首を振った。


「勿論です。翔さんには黙ってますし・・・食事は大事ですから。それで・・あの、私も御一緒させて頂いて宜しいですか?」


「うん。どうぞ。でも僕は食べたらすぐに行かないといけないけど・・。」


「ええ、少しも構いませんから。」


朱莉は笑みを浮かべると、大きなバックの中から蓮の荷物を取りだした。


「朱莉さん・・それは何ですか?」


修也はラーメンを食べながら朱莉が取り出した物を見て尋ねた。


「これは持ち運びが出来るベビーチェアなんですよ。」


朱莉は器用にテーブルにセットすると、そこに蓮を座らせて、食事用スタイを首に巻いた。


「へえ~・・・知らなかった・・・こんなに便利な品物があるんですね。」


「はい、便利ですよね?レンちゃん、待っててね~。」


朱莉はベビーフードを取り出すと、瓶の蓋を開けた。


「んま!んま!」


蓮は手を叩きながら足をバタバタさせている。


「はい、レンちゃん。あ~ん・・。」


朱莉はスプーンで離乳食をすくい。、蓮の口元に運んだ。すると蓮は口を大きく開けてパクリと飲み込むと、ほっぺを叩いて笑みを浮かべた。


「フフ・・喜んでますね。」


修也は蓮の様子をじっと見詰めて朱莉に言った。


「はい、レンちゃんの笑顔を見ると幸せな気分になってきます。」


「それでは朱莉さん。僕はもう行きますね。すみません。もっとゆっくり出来ればいいのですけど・・・。」


修也は立ち上がると言った。


「いえ。とんでもありません。」


朱莉は頭を下げると修也が言った。


「朱莉さん・・・・どうか翔をお願いします。」


「え?は、はい・・・。」


すると修也は優しい笑みを浮かべた。その笑みを見た時、朱莉の胸がドキリとした。


(まただ・・・また・・この感覚・・。何故私は・・・各務さんの笑顔を懐かしいと思ってしまうんだろう・・。)


「それでは朱莉さん。失礼します。」


修也は食べ終えたトレーを持ち、朱莉に挨拶すると去って行った。

その後ろ姿を朱莉は黙って見つめていた—。

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