7-2 後任の秘書は?

 3人で話し合いをした結果、翔達の引っ越しが無事に終了するまでは姫宮は引き続き翔の秘書を続けつつ、互いに京極の動向には注意を払う事を心がける事にする事を翔たちに約束した。

そして朱莉には姫宮と京極が実の兄妹である事は引っ越しが終わるまでは伏せておく事に決めたのだ。



 そして季節は4月に入り、姫宮の後任の翔専用の秘書が社内の秘書課から1人選ばれた。名前は飯塚咲良。年齢は27歳で英語と中国語に堪能で国際秘書の有資格者であり、とても優秀な人材であった。ボブヘアで丸顔の彼女は実年齢よりも若く見える女性であった。



 昼休み―


姫宮は飯塚を誘い、社員食堂に食事に来ていた。


「本当に飯塚さんは優秀な人物で呑み込みが早くて助かるわ。」


姫宮はスープパスタを口にしながら言った。


「いえ、姫宮先輩の教え方が上手だからですよ。」


飯塚は、はにかみながら言った。飯塚の前にはシーフードグラタンが置かれている。


「そんな事無いわ。でも本当に突然の引継ぎで飯塚さんには迷惑をかける事になって・・本当に申し訳無かったわね。」


姫宮は頭を下げた。


「いいえ!そんな事ありません。むしろ・・・私が選ばれて本当に感謝しているんですっ!」


飯塚は慌てて手を振った。


「感謝・・?」


姫宮は首を傾げた。


「はい!本当に感謝しています!元々私がこの会社を選んだのって・・・あの、鳴海副社長にあ・・憧れていて・・・。実は私は副社長と同じ大学で・・ずっとお近づきになりたかったのです。だからどうしても副社長の下で働きたくて・・・一生懸命今まで頑張って来たのです。」


飯塚は頬を染めて言う。


「あら、そうだったの?それなら尚更秘書の仕事頑張ってくれそうね。期待しているわ。」


姫宮は笑顔でコーヒーを飲んだ―。



昼休み終了後―


姫宮は秘書課を訪れていた。秘書課には4名の秘書が在籍している。飯塚も現在はこの部署に所属しているが、姫宮の退職と同時に翔の専属秘書になる予定だ。

今のところは・・・。


飯塚は総務部の研修に行っており、席を外していた。


「それで私達にお話と言うのはどんな事でしょうか?」


セミロングの女性が姫宮に言った。


「ええ・・実は今度副社長の秘書に選ばれた飯塚さんについてなのだけど・・・。」


すると、4人の女性秘書達は互いに顔を見合わせた。その様子に姫宮は何かを感じ、彼女たちに尋ねた。


「あの・・今あなた方は顔を見合せたようだけど・・彼女について何かあるの?」


するとショートヘアーが良く似合う女性が言った。


「あの・・・こんな事を言っては何ですが・・正直、女性受けは良くない・・ですね。」


「え・・?一体それはどういう事・・?」


「実は・・飯塚さんはその・・・必要以上に独身の男性社員にベタベタする人で・・仕事は確かに優秀なんですけど、面倒な仕事はやらない人なんですよ。例えば上司の勤怠管理とか・・・電話の応対とか・・。」


栗毛色の髪の女性の言葉を皮切りに、次々と飯塚の悪評が飛び交い始めた。


「そうそう!この間なんか秘書課に用事があって現れた営業課の若手エースの男性をわざわざ呼び止めてコーヒー出してたわよね?」


「そうなのよ。丁度仕事が溜まって大変な時だったのに2人でコーヒー飲んでるんだもの。呆れちゃうわ。」


等々・・・。

姫宮は彼女達の話を聞いて不安になって来た。そこで尋ねた。


「ねえ・・・何故今回飯塚さんが副社長の秘書に選ばれたのかしら?」


するとショートヘアの女性が言った。


「そんな事は決まってるじゃないですか。私たちの上司に飯塚さんが言い寄ったんですよ!どうか私を副社長の専属秘書にして下さいって。」


「ええ?!」


姫宮は驚いた。すると別の秘書が言った。


「それだけじゃないですよ!自分が副社長の秘書に選ばれた時、彼女何て言っていたか知っていますか?『これでようやく憧れの鳴海副社長の傍で働けるって大喜びしていたもの。」


「あ!そう言えば、去年まで副社長の秘書をしていた九条さんの事狙っていたわよね?だけど全く相手にされていなくて悔しがっていたわ。」


「それはそうよ。九条さんは自分から声を掛けてくるような女性はタイプじゃないって話・・有名だったもの。それを知っていてアプローチしていたんだから・・。」


「ほんとにね~あの人、会社に何しに来てたのかしら?男でも漁りに来てるつもりじゃないの?」


最早彼女たちは姫宮がその場にいる事を忘れて飯塚の悪口でヒートアップしていた。


(翔さん・・・私たちは大変な過ちを犯してしまったかもしれません・・・。)


姫宮は早速頭痛の種が出来てしまった事を激しく後悔した。


「あ、あの・・・それじゃ私はそろそろ戻るわね・・・。」


姫宮が彼女達に声をかけ、初めて4人の秘書達はその場に姫宮がいたことを思い出したかのように全員がハッとした顔で姫宮を見つめた。


「あ・・・あの・・・い、今の話は・・・。」


最初に口を開いた女性秘書が苦笑いをしながら姫宮を見た。


「い、いえ・・・・。貴女方のお陰でとても貴重な話を聞くことが出来たわ。ありがとう・・・。」


そして部屋を出て行こうとして、クルリと振り向くと尋ねた。


「ちなみに・・・あなた方なら誰が副社長の秘書にふさわしいと思う?」


すると・・・全員が手を挙げたのは言うまでも無かった―。



 秘書室を出た姫宮は溜息をついた。


「全く・・・ここまで来たって言うのに・・・。この分じゃ新しい秘書を探す必要がありそうね・・。こんな事なら始めから自分で新しい秘書を探せば良かったわ・・。」


そして姫宮は思い足取りで副社長室へと戻り・・・・すぐに飯塚の辞令はその日のうちに取り消され、後日飯塚は総務部へと移動が決まった―。



午後―


支店を訪ねていた翔が戻り、姫宮から後任の秘書を選びなおす話が決まった事を聞かされた翔は首を傾げた。


「姫宮さん。何故・・・新しく決まった後任の秘書を取り消したんだ?あんなに熱心に仕事を教えていたのに・・・。」


姫宮は翔に言った。


「翔さん・・・。仮に・・ですが・・。ある一人の男性には好意を寄せている女性がいましたが、全く相手にはされていませんでした。そんな時、その男性の事を好きだという女性が現れ、猛烈にアプローチしてきました。すると男性はどういう行動を取ると思いますか?」


「?何だ・・・その質問は・・・?」


翔は全く訳が分からない質問に首を傾げたが、真剣な顔で尋ねて来る姫宮を見た。


(どうしたんだ・・?姫宮さん・・いつにもなく真剣な表情をしている

ようだが・・・。と言う事は真面目な質問なのかもしれない・・。)


そこで翔は少し考えると言った。


「そうだな・・・その男性が本当に見込の無い恋をしていると言う事に気が付いたなら・・・アプローチしてくる女性に切り替えるんじゃないかな・・・?それほど相手が自分の事を思っているならその気持ちを無下にする事も出来ないし・・・。」


すると姫宮は大げさな位、深いため息をつくと言った。


「翔さん・・・後任の秘書は私が自分で探します。よろしいでしょうか?」


「あ、ああ・・・それは別に構わないが・・・でも大丈夫なのか?もう4月に入ったのに・・・。」


翔が心配そうに尋ねてきた。しかし、心配そうな翔をよそに、姫宮は笑顔で言った。


「ええ、大丈夫です。実はもう目ぼしい相手を見つけてありますので。期間限定になってしまうかもしれませんが・・・。」


姫宮は笑顔で答えた。


しかし・・・姫宮が紹介してきた相手はとんでもない人物であり・・・翔の度肝を抜く相手だった―。




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