6-7 疑惑の目

  昼休み、翔がオフィスで食事をとっていると朱莉からメッセージが入って来た。


『明日香さんの事で大事なお話があります。もし宜しければ今夜お話し出来ますか?』


「明日香の事で・・・?」


(何だろう・・・何だか嫌な予感がする・・・。)


『今夜は会議が入っているので22時頃なら朱莉さんの処へ行けると思う。食事は会社でで食べて来るから気にしないでいいよ。』


翔はそれだけ打つとメッセージを返した。するとすぐに朱莉から返信が返って来た。


『お待ちしています。』


「・・・・やはり・・何かおかしい・・・。」


翔はポツリと呟いた。いつもの朱莉なら何か一言メッセージが添えられているが、今回に限り、添えられていない。まるで何か切羽詰まった状況を感じずにはいられなかった。


「何だか嫌な予感がする・・・・。」


そして翔の予感は見事に的中するのだった―。




22時15分―


翔は朱莉の部屋のドアの前に立っていた。インターホンを鳴らすと程なくしてドアが開けられ、朱莉が姿を現した。


「こんばんは。朱莉さん。」


翔が挨拶をすると、朱莉も頭を下げて挨拶をしてきた。


「こんばんは、翔さん。お仕事でお疲れの所お呼び立てしてしまい、申し訳ございませんでした。どうぞ中へお入り下さい。」


「ああ・・それじゃお邪魔します。」


リビングへ行くと、ミシンが置かれていた。そしてベビーベッドにはぐっすり眠っている蓮の姿がある。


「ミシン・・・?」


翔の視線に気づいたのか朱莉が恥ずかしそうに言った。


「あ、あの・・・実はレンちゃんの為にベビー服を縫ってあげたいと思って・・この間ネット通販でミシンを買ったんです。」


「へえ〜朱莉さんは裁縫が得意なんだね。あ・・そう言えば以前手編みのマフラーをくれた事があったけど・・・ありがとう。2月までは寒い日はマフラーを使わせて貰っていたよ。」


改めて礼を言うと、朱莉は笑みを浮かべた。


「良かったです。使って頂いて・・・編み物は母に教えて貰ったのですが、ベビー服は初心者なので今はまだ簡単な物から作っているんです。」


「そうなのか。もし蓮の服が出来たらその時は俺にも見せてくれるかな?」


「あ、は・はい!勿論です。今お茶入れてきますね。」


朱莉は立ち上がるとキッチンへと向かった。翔はソファに座り、何気なくウサギのネイビーが入っているケージを見た。そこには微動だせずにじっと目を開けているネイビーがいた。


「へえ・・・こんなに大人しかったかな・・・?」


するとそこへ朱莉がコーヒーを淹れてきた。そしてじっとネイビーを見つめている翔に声を掛けた。


「翔さん、どうかしましたか?」


「あ・・い、いや・・・。随分ネイビーは静かだと思って・・。」


すると朱莉は言った。


「ええ、眠っていますからね。」


「ええっ?!だ、だって目を開いて眠っているぞ?!」


「そうですよ。あ、それならネイビーの鼻はどうですか?動いていますか?」


「いや・・鼻は動いていないな・・。」


「フフフ・・・それならやっぱり眠っているんですよ。」


朱莉は笑いながら言った。


「ええっ?!そ、そうだったのか!し、知らなかった・・・。」


翔は眠っているネイビーをまじまじと見ながら感心した様に言う。


「それで・・・朱莉さん。明日香の事で話って言うのは・・何だい?」


「はい・・実は明日香さんからもうすぐ発売予定の絵本と一緒に手紙が届いたんです。」


「手紙・・・?」


「は、はい・・・。」


「見せて貰えるかな?」


朱莉は一瞬躊躇したが、手紙には翔には見せないで欲しいとは何処にも書かれていなかった。


(ごめんなさい、明日香さん。翔さんに・・・お手紙見せます・・。)


朱莉は明日香に心の中で謝罪すると手紙を持ってきて翔に見せた。


「・・・・。」


翔は神妙な顔で明日香からの手紙を読み・・・・ため息をついた。


「参ったな・・・。」


「翔さん・・・。」


朱莉は項垂れた。


(翔先輩・・・きっとすごくショックを受けているに違いないわ・・・。だって修復不可能だとか・・・恋人と暮しているなんてはっきり言われたら・・。)


しかし、翔からは意外な台詞が出てきた。


「朱莉さん・・・引っ越し・・・しないか?」


「え・・・?」


朱莉は驚いて翔を見つめた―。




 その頃、二階堂は琢磨と電話で話をしていた。


「資料、見たぞ。ご苦労だったな。やはりアメリカ製の調理家電は中々人気があるみたいだ。売れ行きも上々だよ。しかし、お前がこの製品に目を付けたとは思えないなあ?何せ料理音痴だし。」


『料理音痴だけ余計ですよ。現地の女性スタッフが勧めて来たんですよ。』


「そうか・・で、その女性の目は青いのか?」


二階堂はからかうように言う。


『ええ。そうですね。青いです。』


「ブロンド美人か?」


『ブロンドでは無いですね。茶色の髪です。・・あの・・この質問に何か意味があるんですか?』


電話越しから琢磨が尋ねてきた。


「ああ、そうだ。重要だ。それで・・・その女性は独身なんだろう?」


『・・・・二階堂社長・・・。』


「何だ?」


『一体何が仰りたいのですか?』


「いや・・・海外での男の1人暮らしも中々辛いだろう?そろそろ誰か良い女性でも現れたのかと思ってな。」


『彼女は結婚もしてますし、子供もいますよ。全く・・・何を考えているんですか・・・。』


琢磨のため息が聞こえてきた。


「そうか、それは残念だな。だが、結婚を考えるような女性が現れたら必ず俺に報告しろよ?ハネムーン休暇を取らせてやるからな。」


『・・・生憎、俺にはそんな気はありませんよ。』


「九条・・・まだお前・・朱莉さんに未練があるのか?」


『ちょっとやめてくださいよっ!未練なんて言い方。まだ失恋だってしていないのに・・・。』


「ああ、そう言えばそうだったな?」


『そうですよ。全く・・・。』


「まあいい。それより九条。お前・・・鳴海グループで翔の秘書をしていた時・・・個人的に鳴海会長とやりとりをしていたよな?」



『ええ・・・そうですけど・・。』


「姫宮静香・・・・知ってるだろう?」


『ええ。知ってますよ。会長の元秘書で今は翔の秘書ですよね?』


「あの女・・・怪しいと思うんだ・・。」


『え?何が怪しいんですか?』


「いや・・・どうも意図的に鳴海を陥れようとしている気がして・・・。」


『そうなんですか?』


「ああ・・単なる勘だけどな・・・・。」


『そう・・・なんですか・・・。』


「九条。お前は姫宮静香について何か情報持っているか?」


『いいえ、何もありませんよ。何せ俺は彼女に会った事はありませんからね。』


「まあ・・そうだよな。取りあえず俺は京極正人と並行して姫宮静香についても調べてみようかと思っている。何か進展があったらお前にも教えてやるよ。」


『ええ、是非その時はお願いします。』


そして二階堂は言った。


「悪かったな、これから出勤だって言う時に仕事以外の話までして。」


『いいですよ、別に。それじゃ残りのデータは後程またメールで送ります。』


「ああ、よろしく頼む。」


そして2人は電話を切った。



「・・・鳴海に連絡を入れて一度姫宮静香と接触出来る機会を設けて貰うか・・・。」


小さく呟くと、翔に連絡を入れる為に二階堂はスマホを手に取った―。

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