6-4 京極と二階堂

「こちらが住まいになります。」


億ションに案内された二階堂は建物を見上げると言った。


「へえ〜流石鳴海だな。六本木に億ションとはね・・・。」


「二階堂さんはどちらにお住まいなんですか?」


「ああ、俺は赤坂に住んでるよ。」


「赤坂・・・それでも十分凄いですよ。」


朱莉は感嘆の溜息を洩らした。


「どうかな・・。俺は独身だからマンションだって1LDKだけどね。まあロフトはついているけれども・・・。」


そんな会話をしながら2人でエントランスに入った時、二階堂はカフェの存在に気が付いた。


「へえ〜カフェがあるのか・・・いいね。朱莉さんはここのカフェは利用した事あるのかい?」


「いえ、私はまだ一度もありません。」


「そうか・・・ここならエントランスの様子も良く見えるし、待ち合わせ場所には・・・。」


そこで二階堂の動きが止まった。


「?どうしたのですか?二階堂さん?」


「・・・・。」


しかし二階堂は朱莉の質問には答えずに、ゆっくりと大きな観葉植物に近付いた。


「二階堂さん・・?」


二階堂は観葉植物の葉の隙間から小さな小型カメラを取り出した。


「!カメラ・・・っ!」


朱莉は思わず両手で口を塞いだ。二階堂はカメラの電源を切ってハンカチで包み、ポケットに入れると言った。


「ふ〜ん・・・なかなかやるな・・・。この観葉植物はカポックと言って、ある程度成長すると、ほとんど水やりが不要になる植物なんだ。・・・このカメラを仕掛けた犯人は恐らくその事を知っていてカメラを仕込んでいたんだろうな?コンシェルジュがあまり水やりをしない観葉植物に仕掛けたのか・・・。」


「あ、あの・・そのカメラ・・どうするんですか・・?」


朱莉は震えながら質問した。


「いや、どうもしない。俺が持ってるよ。」


「警察に届けないんですか?」


朱莉は不安げに二階堂を見上げた。


「ああ、届けない。こっちにも色々考えがあるからね。」


二階堂の言葉に朱莉はますます不安になってきた。


「あ、あの・・・二階堂さんは社長さんでいらっしゃいますから・・あまり危険な真似はなさらない方が・・。」


するとそれを聞いた二階堂が朱莉を見ると笑みを浮かべた。


「嬉しいね。朱莉さん。俺の事をそれ程心配してくれるのかな?」


「え?えっと、それは・・・。」


その時―。


「何をしているんですか?」


エントランスに現れたのは京極だった。彼は険しい顔で二階堂を見ている。


「きょ・・・京極・・さん・・。」


朱莉の身体に緊張が走った。


「朱莉さん・・・こんばんは。」


京極はチラリと朱莉を見ると挨拶をした。


「こ・・こんばんは・・・。」


委縮する朱莉の前に二階堂は立つと京極を見た。


「こんばんは。確か1月の式典でお会いしましたよね?京極さん?」


すると京極は眉を上げて言った。


「貴方は『ワールドウェアハウス』社長の二階堂さんですよね?まさかこのような場所でお会いするとは思いませんでしたよ。」


「このような場所?それはこちらの台詞ですよ。見た所・・・京極さん。貴方は上着も着ないでどちらへ行こうとしていたのですか?まだ3月3日です。夜の外はまだとても寒いですよ?」


二階堂は何処か挑発的に言う。


「い、いえ・・・実はそこのカフェにコーヒーを飲みに来ただけですから。」


京極はカフェをチラリと見ながら言った。


「そうですか。ならどうぞごゆっくりして行かれて下さい。それじゃ、朱莉さん。行こうか?」


そして二階堂はこれ見よがしに朱莉の肩を抱くと言った。朱莉は驚き、二階堂を見上げたが、素早く目配せしている事に気が付いた。


(二階堂さん・・・ひょっとして・・わざと・・?でも・・。)


相変わらず京極は二階堂を険しい目で睨み付けている。そんな京極の側を通り過ぎるように2人はエレベータホールへ向かった。


「・・・・。」


二階堂は気付いていた。抱き寄せた朱莉の肩が震えているのを。


(朱莉さん・・・。余程京極が怖いんだな・・・。)


「大丈夫かい?朱莉さん。」


二階堂は朱莉を覗き込むように尋ねて来た。


「は、はい・・・。だ、大丈夫・・・です・・。」


「もう大丈夫、京極はカフェに入ったよ。」


朱莉の頭を胸もとに引き寄せながら二階堂は言った。


「あ、あの・・・こんな真似をされると・・。」


朱莉が戸惑いながら言うと二階堂は朱莉を見た。


「京極が見ているんだよ。だから・・わざとやってるんだ。エレベーターに乗ったら離れるよ。」


やがてエレベーターが降りてきてドアが開いた。二階堂は朱莉の肩を抱いたままエレベータに乗り込み、ドアが閉じると朱莉を離した。


「朱莉さん。すまなかったね。それにしても・・・見たかい?あの京極の顔を・・。」


二階堂は面白そうに言う。


「で、でもあの行動は何か意味があったのでしょうか・・?」


朱莉の質問に京極は目を丸くした。


「え・・・?勿論意味があるに決まってるじゃないか。何せ京極は朱莉さんに気があるんだからね。」


「!」


朱莉はその言葉を聞いた途端、ビクリとなった。


(そ、そんな・・・まさかとは思っていたけれども・・・京極さんが私を・・?)


朱莉が青ざめた姿を見て二階堂は言った。


「ごめん、朱莉さんを怖がらせるつもりは無かったんだけど・・・まさか京極の気持ちにも気付いていなかったのかい?」


二階堂は朱莉に尋ねた。


「い、いえ・・・何となくは・・感じてはいたのですけど・・改めて言われると・・こ、怖くて・・・。」


「朱莉さん・・・。」


その時、エレベーターのドアが開いた。


「・・降りようか?朱莉さん。」


「はい・・・。」




「朱莉さん!どうしたんだ?!顔色が真っ青じゃ無いかっ!」


玄関に入ると翔が現れて、朱莉を見ると驚いた様に声を掛けた。そして二階堂をジロリと見る。


「先輩・・・まさか朱莉さんに何かしたんじゃないでしょうね・・・?」


「馬鹿っ!人聞きの悪い事言うなよ。俺と朱莉さんがエントランスで話をしていたら京極が現れたんだよ。」


「え・・?朱莉さん・・・?」


翔は朱莉を見ると、青ざめた朱莉は無言で頷くと言った。


「あ、あの・・・玄関先では何ですから・・中へ入りませんか・・・?」


朱莉の提案に二階堂は頷いた。


「ああ、そうだな。取りあえず上がらせてもらうよ。」




「へえ〜。この子がお前の子か・・・。かっわいいなあ・・・・。」


二階堂は朱莉が抱いた蓮を見て嬉しそうに顔を綻ばせた。


「抱かせて貰ってもいいかな?」


すると素早く翔が答えた。


「先輩、赤ちゃん抱いた事があるんですか?」


「いや、無い。だから練習させてくれ。」


大真面目に言う二階堂の姿が面白くて朱莉は笑ってしまった。


「いいですよね?翔さん。」


「う・・し、仕方ない・・・。いいですよ、先輩。」


翔は溜息をつきながら言う。すると二階堂は嬉しそうに言った。


「さあ、抱かせてくれるかい?」


朱莉は蓮を二階堂に手渡しながら言った。


「片手でおしりを支えて、もう片方の手で頭を支えてあげて下さい、そうです。いいかんじですね。」


朱莉は二階堂に言った。


「ハハハ・・温かくて柔らかいなあ・・・。」


二階堂は嬉しそうに笑った。


「赤ちゃんが好きなんですか?」


朱莉の質問に二階堂は頷いた。


「ああ、大好きだよ。俺もそろそろ結婚を考えた方がいいかな・・・どうせ結婚するなら朱莉さんみたいなタイプがいいかな?」


二階堂の言葉に翔は青ざめる。


「な、な、何言ってるんですかっ!先輩っ!」


しかし二階堂はその言葉を無視し、朱莉に言った。


「ありがとう、朱莉さん。蓮君を抱っこさせて貰って。」


「いいえ、さあ。おいで〜蓮ちゃん。」


朱莉は蓮を受け取ると、ミルクを作りにキッチンへ行った。その後ろ姿を見ながら二階堂は言った。


「鳴海、これを見ろ。」


二階堂は先ほど見つけた監視カメラをポケットから取り出すと、翔に見せた。


「え・・?カメラ・・・?」


「ああ。これは小型監視カメラだ。エントランスの観葉植物の葉の隙間に隠すように設置してあった。・・・恐らくこれを仕込んだのは・・京極に違いない。」


翔は二階堂の言葉に息を飲んだ―。










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