6-3 迎えと監視

 夕方4時―


朱莉がお見舞いから帰って来た。


「只今戻りました、翔さん。」


「ああ、お帰り。朱莉さん。」


翔がエプロンをした状態で玄関まで出てきた。


「・・・・。」


それを見た朱莉がポカンとした表情で翔を見ている。


「朱莉さん?どうしたんだい?」


翔が不思議そうな顔で尋ねると、朱莉はハッと我に返ったかのように言った。


「い、いいえ・・・翔さんのエプロン姿をはじめて見たものですから・・・。すごくよく似合ってますよ?」


朱莉が笑みを浮かべて言うので、つい翔は照れてしまった。


「あ、ありがとう・・・。」


赤面した顔を見られないように、フイと背を向けると言った。


「もう殆ど食事の支度は済んでるんだ。朱莉さんは休んでいていいよ。」


「分かりました。」


朱莉はコートを脱ぎ、手洗いを済ませると翔の傍へやってきた。


「あの・・・やはり何かお手伝いしましょうか・・?」


「いや。いいよ。あ・・・それじゃ・・連絡が入ってきたら二階堂先輩を駅まで迎えに行って貰おうかな?」


「え・・?私が・・・ですか?」


朱莉は怪訝そうな顔をした。


「あ、ああ。料理の準備は俺がしてるから・・・朱莉さんが迎えに行ってもらえると助かるよ。ほら、ここから駅は徒歩5分くらいだし・・・お願いしてもいいかい?巨大蜘蛛のオブジェ・・・分かるだろう?そこで待ち合わせをして貰おうかな?」


「は、はい。分かりました。」


朱莉は素直に返事をした。そんな朱莉を見ながら翔は思った。


(本来なら・・・俺が迎えに行くのが筋なんだけどな・・。先輩から朱莉さんと接点を持たせろと言われているし・・クソッ!だけど・・不本意だ・・。先輩と朱莉さんを2人きりにさせるなんて。なまじ先輩は女性慣れしてるから・・不安だ。まあ朱莉さんに限って先輩になびく・・・なんて事は無いと信じたいが・・。)


一方の朱莉は翔があまりにも自分を凝視しているから不思議でならない。


「あ、あの・・・翔さん。どうかしましたか?」


その時になって翔は自分がぶしつけに朱莉を見つめていることに気が付いた。


「い、いや!何でもないよ。朱莉さん・・・先輩の顔は覚えているかな?」


「ええ、大体は覚えています。それに・・・すごく背の高い方でしたよね?」


「ああ、そうだね。確か183㎝あるって言ってたからな・・・。」


「183㎝・・・すごいですね。私より30㎝も背が高いですよ。私は・・背が低いですから。」


朱莉は恥ずかしそうに言う。


「いや?俺としては背が小さくて可愛らしいと思うけどね。」


「え?」


朱莉は不意を突かれたように翔を見上げた。


「あ、そ・そうだ。これから茶わん蒸しを作ろうと思っていたんだ。とりあえず朱莉さんは座って休んでいてくれよ。まだ蓮は眠っているし。」


「はい、分かりました。」


そこで朱莉はリビングにいるネイビーに餌と水をやりに向かった。


(ふう~・・・危ない危ない・・・あまり朱莉さんに好意がある素振りを見せると警戒されて・・・去られてしまう可能性があるかもしれないからな・・・。)


そして翔は腕まくりをすると呟いた。


「さて、やるか。」


そして茶碗蒸しの下ごしらえを始めた。



17:40


翔のスマホが鳴った。着信の相手は二階堂だった。


「はい。もしもし。」


『ああ、翔か?今電車を降りたところだ。』


「そうですか。それでは朱莉さんに迎えに行ってもらうので、この間と同じ場所で待ち合わせをさせて下さい。」


すると受話器越しから二階堂の愉快そうな声が聞こえてきた。


『へえ~・・・朱莉さんを迎えによこすのか。お前・・・ようやく俺に協力する気になったんだな?』


「何言ってるんですか、もう切りますよ。」


翔は二階堂の返事も聞かずに電話を切ると朱莉に声を掛けた。


「朱莉さん。二階堂先輩が駅に着いたから迎えに行って貰えるかな?」


「はい。分かりました。」


朱莉はコートを着込むと玄関へ向かった。靴を脱いでドアを開けようとした時、翔が声を掛けてきた。


「あ、あの・・・朱莉さん。」


「はい、何でしょうか?」


「俺に・・・・何も遠慮する事は無いからね?」


「はい?」


朱莉はいきなり訳の分からないことを言われて戸惑った。


(え・・・?翔先輩・・いきなり何を言い出すんだろう・・?)


「あ、あの・・翔さん?どうかしましたか?」


「い、いや。何でもない。ただ・・・俺に今後一切何も遠慮する事は無いよって・・言いたかっただけなんだ。」


「はあ・・?よく分かりませんが・・翔さんがそうして欲しいならそうしますね。」


朱莉は笑顔で答えると言った。


「それでは行ってきます。」


「ああ、行ってらっしゃい。」


そして玄関のドアは閉じられた―。




 その頃、京極は部屋でコーヒーを飲んでいた。京極の部屋には監視モニターが付いている。実は彼はこの億ションには内緒で、出入り口のすぐそばにあるカフェにエントランスが隠し撮りできるように隠しカメラを取り付けていたのだ。勿論この事は静香には絶対秘密である。もしこの事を報告しようものなら、犯罪めいた事をするなと烈火の如く激怒するのが目に見えていたからである。


 京極は自分が朱莉に怖がられているのは十分承知していた。本当は初めて出会った頃のような仲に戻りたいと切に願っているのだが、自分からその関係を壊してしまったのだ。いまさら修復出来ない事は分かり切っていた。その代り、朱莉を見守る為に隠しカメラを設置したのである。

自分でも行き過ぎた行動を取っている自覚はあったのだが、今更引き返せない処まで京極は来てしまっていたのだった。


 今日は土曜日で、朱莉が病院に行く事は知っていた。平日は朱莉は殆ど外出する事は無いが、土曜だけは別だった。何故ならこの日は翔が蓮の面倒を見てくれるからである。なので朱莉は土曜日にまとめて食材を買いに出かける事も度々あった。その為に土曜に限り京極はモニターの前になるべく待機するようにしていた。


 そしてそれは突然の出来事だった。何気なくモニターを見ていると、何と朱莉がエントランスに現れたのだ。


「え?朱莉さん・・・?こんな夕方に一体何所へ行くんだ?今から後を付ける訳には行かないな・・そんな事をしても見失うだけだ。それよりもすぐ近所までかもしれないな。手ぶらのようだし。よし、このままモニターを監視している事にしよう。」


そして京極は目を光らせて、モニターを見つめた。



 その頃、朱莉は待ち合わせ場所の巨大蜘蛛のオブジェに向かっていた。オブジェが見えてくるとそこには大勢の人々が待ち合わせをしていたが、そこに頭1個分とびぬけて背の高い男性が目に留まった。


(あ、きっとあの人が二階堂社長だわ。)


朱莉が向かう前に先に二階堂が朱莉を見つけると手を上げて笑顔で声を掛けてきた。


「朱莉さん。久しぶり。」


そして朱莉に近寄って来ると挨拶をしてきた。


「こんにちは。すみません、お待たせ致しました。それでは行きましょうか?」


「いや、俺も今来たばかりだから気にしないでくれよ。ああ、ごめん。今日はプライベートだからこの話し方を許して貰えないかな?」


二階堂は笑顔で言う。


「いえ、許すも何も・・二階堂社長は私よりも年上ですし、気を使わないでください。」


「朱莉さん。」


すると二階堂は大まじめな顔で朱莉を見た。


「は、はい。」


「さっきも言ったが、今日はプライベートなんだ。社長は付けずに名前を呼んでくれるかな?」


「は、はい。分かりました。」


朱莉は歩きながら二階堂を見ると言った。


「それにしても・・二階堂さんと九条さんは何所となく雰囲気が似ていますね?」


「そうかな?そんな事言われたのは朱莉さんが初めてだな。」


「九条さんは元気にしてますか?」


「気になるのかい?九条の事。」


「はい・・・お別れを告げずにオハイオ州へ行ってしまったので。」


「会いたいかい?」


二階堂は含みを持たせた言い方をした。


「そうですね・・・もし日本に戻って来る事があれば・・会いたいです。」


「そうか。伝えて置くよ。」


(九条・・・まだ朱莉さんを諦めるのは・・・ひょっとする早いかもしれないぞ・・?)


二階堂は朱莉の横顔を見ながら思うのだった―。

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