5-12 バレンタインその後
「鳴海様、今日はインタビューありがとうございました。」
翔と店を出ると女性記者は言った。
「いえ、こちらこそ中々予定が取れずにすみませんでした。」
翔は丁寧に頭を下げた。
「それにしても・・・。」
女性記者は言った。
「?」
「いえ・・・まさかよりにもよってバレンタインの日にインタビューが重なるとは思いませんでした。」
「は、はあ・・・。そうですね。秘書にスケジュールを管理して貰っていますので・・正直こちらも驚きました。」
「いえ、デート気分を味わえて良かったです。でもそう言えば・・・。」
「どうかしましたか?」
「い、いえ・・・。私たちのテーブルの近くで若いカップルが座っていたんですけど、男性の方が女性を置いて席を立って飛び出して行ってしまったんですよ。あれには少し驚きましたね。」
「え?そんな事があったんですか?」
「ええ、鳴海様は背を向けて座っていたので気付かれなかったのでしょうね・・。可愛そうに。そのお嬢さん泣きながら店を出て行ったんですよ。」
「・・・それは酷い話ですね・・・。」
翔はうなるように言った。
「あ、申し訳ございません。お仕事とは関係ない話をしてしまいましたね?」
「いえ。それでは私はここで失礼致します。」
「はい。私はここから電車で帰りますので。次号の記事を楽しみにしておいてください。」
「「失礼します。」」
互いに礼を言うと女性記者は駅に向かって歩いていった。そして翔はその後ろ姿を見送ると、踵を返してタクシー乗り場へ向かった。
タクシーに乗ると翔は行先を告げ、窓の外を眺めながら思った。
(しかしまさかあの姫宮さんがバレンタインの日に女性記者とのインタビューの予定を入れるとは思わなかった・・・。ひょっとして疲れでも溜まって間違えたのかな?)
別にバレンタインだからと言って朱莉と何か約束をしていたわけではないが、バレンタインに女性とレストランで食事は何故か朱莉に申し訳ない気がして、罪悪感を感じていた。
(女性記者と今日食事をした事は・・・朱莉さんには黙っていよう。)
しかし、この時の翔はこれが騒動を引き起こす事になるとは思ってもいなかった―。
億ションに着いたときは夜の10時になろうとしていた。玄関に入ると郵便受けに紙袋が入っているのを見つけた。
(何だろう・・?)
翔は紙袋の中を覗いて驚いた。そこには上品な皮の手袋と手作りらしきチョコが入っていた。
中にはメッセージカードも添えられている。翔はメッセ―ジカードを開いた。
『今年はチョコを作ってみました。手袋も使って頂けると嬉しいです。朱莉』
「朱莉さん・・・。」
翔は嬉しさのあまり、笑みを浮かべた。そして早速チョコを1粒口に入れた。
ほろ苦いビターチョコは甘い食べ物が苦手な翔の口にもあった。
「美味いな・・・。」
本来なら今すぐにでもお礼を言いに行きたいくらいだが、時間を考えるとそれは流石に非常識のように感じた。
「せめてメッセージを打っておくか・・・。」
翔は呟くとメッセージを打った。
『朱莉さん、こんばんは。仕事でついさっき帰って来たばかりなので連絡が遅くなってごめん。バレンタインのプレゼントありがとう。手袋大切に使わせてもらうよ。手作りチョコも美味しかった。子育てで忙しいのにありがとう。ホワイトデーにはお礼をさせて貰うよ。』
そして朱莉にメッセージを送信すると翔はシャワーを浴びにバスルームへ向かった。
シャワーを浴びて部屋に戻るとメッセージが届いている。
「朱莉さんからだな。」
『お仕事お疲れさまでした。チョコレートお口にあったようで良かったです。おやすみなさい。』
「朱莉さん・・お休み。」
そしてスマホの電源を切ろうと思った時、翔はまだ1通メッセージが届いている事に気が付いた。それは知らないアドレスだった。
「何だ・・迷惑メールか・・?」
そのままゴミ箱にメールを捨てようとしたとき、メールの題名にふと目がいった。
「な・・何なんだ・・・?この題名は・・。」
そのメッセージの題名には自分の名前が書かれていたのだ。
『鳴海翔へ』
「俺の名前・・・?一体何て書いてあるんだ・・・?」
翔はメッセージをタップした。
『鳴海翔はバレンタインの夜に女性とデートを楽しんだ。画像ファイルを見ろ。』
「な・・何だって・・・?」
(ば・・・馬鹿な・・・一体誰がこんなメッセージを・・うん?)
そのメールには確かに添付ファイルが添えてある。
(一体・・・この画像は何が写ってるんだ・・・?)
翔は震える指先で添付ファイルを開いた。そこには先程の女性記者と翔が食事をしている写真だった。この食事はインタビュー目的・・・いわゆる仕事の一つだったのに、画像だけ見れば翔が楽し気に食事をしている姿にも見て取れる。
(だ・・・誰だ・・?俺にこんなメッセージを送りつけて来るとは・・・これで二度目だ・・俺を脅迫しているのか・・くそっ!一体誰がこんな真似を・・・!)
翔は悔し気に髪をかき上げ、ソファに座りため息をつきながら改めて画像を見直した。
「この写真から見ると・・・俺の左後ろ側から撮っているな・・。監視カメラはついてないだろうか・・明日にでもこの店に確認をしてみよう。)
そして翔はスマホを握りしめながら思った。
必ずこのメッセージを送りつけてきた人物を見つけてやると―。
その頃、朱莉は蓮の為に手作りスタイを作っていた。一針一針手縫いをしながら朱莉は思った。
(そうだ・・・・。レンちゃんの為にベビー服を作ってあげようかな・・。明日にでもネットでミシンを見てみよう)
そしてベビーベッドでスヤスヤと眠っている蓮を見た。
朱莉は今幸で一杯だった。こんなに穏やかな気持ちになれたのはまだ父が生きている時以来だった。父親がいて・・母がいて・・3人で仲良く暮らしていた・・あの時以来の充実した気持ちでいられるのはすべて蓮のお陰だった。
(後・・4年もしくは3年・・・それまではこの幸せを噛みしめて生きて行こう・・・。)
そして朱莉はスタイを1枚縫い上げた―。
翌朝―
翔が出勤して来ると既に姫宮がデスクで仕事をしていた。そして翔を見ると立ち上がって挨拶をした。
「おはようございます、翔さん。昨日は私のミスでバレンタインの日に雑誌記者のインタビューの予定を入れてしまい、申し訳ございませんでした。」
「い、いや。それは別にもう構わないんだが・・。」
翔が言いよどむのを見て姫宮は首を傾げた。
「?どうかなさったのですか?」
「いや・・・昨夜帰宅後不審なメールが届いたんだ。」
「不審なメール・・ですか?」
「ああ・・そうだ。姫宮さんにも確認して貰おうかな?」
「私が見てもよろしいのですか?」
「ああ。」
翔はメッセージをタップすると画面を開いて姫宮に渡した。
「では拝見致します。」
姫宮は翔からスマホを受け取り、メッセージを見て顔色を変えた。
(正人・・・っ!な・・なんて真似をしてくれたの・・・っ?!)
確かに姫宮は京極に翔と女性記者のインタビューの情報は教えた。しかし・・・このような行動に出るとは思いもしなかった。しかもご丁寧に画像まで送りつけている。
(何を考えているの・・・っ?!いつまでもこんな事を続けていれば・・・今に発覚してしまうかもしれないじゃないの・・・っ!)
翔は姫宮が青ざめているのを見て心配になり声を掛けてきた。
「大丈夫かい・・・姫宮さん・・。顔色が悪いぞ・・?」
「い、いえ・・・。すみません。少し驚いてしまって・・・。」
「とにかく、このメールの出所を調べてみるつもりだ。協力してくれるね?姫宮さん。」
「はい、承知致しました。」
姫宮は返事をしたが・・その胸中は穏やかでは無かった―。
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