5-13 姫宮静香
静香は京極家の双子の兄妹としてこの世に生を受けた。
母は名家の出身で、大企業の4人兄姉の末っ子であった。母は学生時代に美大に通う男性と知り合い恋人同士になったが、両親も兄姉達全員から激しい反対に遭い、卒業後ほぼ2人は駆け落ち同然で一緒になった。
売れない画家で貧しい暮らしを強いられたが幸せな暮らしをしていた。
一緒になって1年目に双子を妊娠し、正人と静香が誕生した。
そしてその頃から父は画家として売れ出し、少しずつその名声も地位も高まっていった。
正人と静香が5歳の誕生日を迎える頃、ついに父は有名画家の仲間入りを果たし、自分の画廊も持てる程になっていた。弟子も何人か持てるほどになり、家族の暮らしは格段に良くなっていった。
ところがその矢先、父は個展の帰りに交通事故に遭い、呆気なくこの世を去ってしまった。
お嬢様育ちだった母は無力な存在だった。気付けば父の残した絵画は全て弟子達によって奪われてしまった。
さらに追い打ちをかけるような不幸が京極家を襲った。
鳴海グループの息がかかったゼネコン業者が土地開発事業をする為に、父の残した画廊を買い取ったのだが、その名義すら弟子たちに書き換えられていたのだ。
弟子たちは京極家の財産を全て奪い去ると行方をくらまし、京極家に残されたのは父が生前加入していた保険の遺族金のみであった。
母は何度も自分の両親や兄妹にお金の援助をして欲しいと泣きついたが、誰も手を差し伸べてくれる者はいなかった。
仕方なく母は生活の為に家を手放し、親子3人小さなアパートでの暮らしが始まった。働いた経験が殆ど無かった母は昼はパートのレジ打ち、夜は数時間だけ水商売の仕事に手を出さざるを得なかった。そして残された静香と正人は2人きりで夜を過ごしていた。
ある日、静香と正人が夜、留守番をしていた時に上の階に住む住人が火の始末を怠り、家事になってしまった。
アパートは焼け落ちてしまったが、階下に住んでいた静香と正人は何とか消防に助けられたが、幼い子供を残して家を空けていたという事で母は世間から大バッシングを受け、精神を病んでしまった。
それを見兼ねた母の両親がようやく救いの手を差し伸べて来たが、条件付きだった。
静香を長男夫婦の養女にするので引き渡せと言う残酷な物だった。さもなければ援助はしない、勝手にしろと言われたのだ。
母はもう限界だった。今の生活を続けるには親族の言う通りにするしか無かった。
そして母は3年間の生活費援助と引き換えに兄夫婦に静香を養女にする事を承諾した。
正人・静香が5歳の寒い冬の出来事だった—。
静香は母と仲の良い兄、正人と引き離されたく無くて必死に泣いて抵抗した。
正人も静香を奪われまいと長男夫婦にしがみ付いたが、呆気なく振り払われ、その際に柱に頭を打ち付けて、5針も縫う大怪我を負ってしまったが、その治療費すら兄夫婦は支払ってはくれなかった。
そしてこの時、正人は誓った。
必ずあいつ等を見返してやると―。
兄夫婦は静香を自分達の娘として引き取ったが、それでも月に1度の面会を許してくれた。
母は静香が遊びにやって来ると、貧しい生活の中でも一生懸命出来るだけの御馳走を作って振舞った。
正人も静香との月に一度の面会を心待ちにしていた。
お金持ちの家に引き取られた静香はいつも身なりの良い恰好をしていた。そしてこっそり家にあるお菓子を持ってきて正人にあげたり、正人の為に対して興味も無い本を両親にねだって買ってもらい、それをプレゼントしたりと静香なりに気を使っていた。
しかし、その生活も3年で終わってしまった。何故なら長男夫婦が出してきた条件は「3年間の生活の援助」だったからである。
そして静香は京極家の人間と会う事を禁じられた―。
最初、事情を知らなかった正人は母を、そして裕福な家に引き取られた静香を恨んだ。だが、正人は小学生に上がった時に何故静香と会えなくなてしまったのか真実を知る事になった。
正人は母に頼み込み、静香が何処に住んでいるのか教えて貰った。正人は学校を無断で休み、住所を頼りに行ってみるとそこは豪邸で、お手伝いの人間がいた。妹に会いに来たと言ってもにべもなく追い返され、そこで正人は静香が帰宅するのを何時間も待った。
そして4時間待ち続け・・・ついに正人は静香と再会を果たした。
2人が小学5年の時の出来事だった—。
その後、正人と静香は内緒の手紙のやり取りをずっと続けた。
そして自分達が何故このような境遇に陥ってしまったのか、何年も調べ続け・・中学生になった時にようやく父親の弟子達の仕業である事を知る。弟子たちは全員画家として成功し、優雅な生活を送っていた。その事実を知った正人は復讐に燃えた。
父の残した遺品は絵画以外は全て母が保管していた。そしてそこには本物の父の遺言が残されていた。
正人と静香は弁護士に相談し、ついに偽造文書である事を証明する事が出来、弟子たちは全員偽造文書捏造の罪で起訴され、復讐は終わった―と静香は考えていた。
しかし、正人は違っていた。
父の画廊を潰したゼネコン企業の大本となった鳴海グループに復讐すると言い出したのだ。
2人が会う場所はいつもカラオケボックスだった。ここならどんな内緒の話でも出来るからだ。
「静香、お前も当然協力してくれるんだろうな?俺達の人生を滅茶苦茶にしてしまった鳴海グループに復讐する為に。」
「ねえ・・・正人。そこまでする必要があるの?鳴海グループは世界に名だたる巨大商社なのよ?分かってるの?」
「ああ・・・だから俺は奴等に負けないように・・・努力する。俺達を・・母さんを見下してきた姫宮家にも馬鹿にされない為に・・あいつ等を見返してやるんだ。」
京極は憎しみの籠った声で言う。その言葉を聞く度、静香は遠回しに自分も責められているようで何も言い返す事が出来なかった。
「静香・・・お前も当然協力してくれるんだろう?」
「私は・・・何をすればいいの?」
「鳴海グループに近付くんだ。静香・・・お前も俺と同様努力家で有名大学に入っただろう?だからお前は就職先は鳴海グループ1本に絞れ。そこに入社出来る様努力するんだ。いいな?」
「・・正人はどうするの?」
「俺は・・・起業する。あいつ等と肩を並べて対等に渡り合えるように・・・・あの弟子たちは皆間抜けだったが、鳴海グループが相手となるとそうはいかないだろう?何年も何年もかけて必ず・・報復してやる。それに俺にはもう1つ大儀名分が出来たからな。」
「え・・?もう一つの大義名分・・・?」
姫宮は首を傾げた。
「ああ、俺が高校生の時に世話になったバイト先があったんだが、そこの社長が病気で亡くなってしまったんだ。その時、鳴海グループの傘下にある外食産業が社長が病気の時、これ幸いと実質経営権を奪ってしまっていたんだ。そして経営が右肩下がりになってしまった時に全ての負債を何も知らない社長に押し付け・・その社長が亡くなったと同時に、倒産してしまった。残されたのは病弱な社長夫人と高校生の娘らしいんだが・・行方が掴めない。俺は須藤社長夫妻には散々世話になったから・・何とか助けたい。そして須藤家の分も含めて鳴海グループに報復してやるんだ。」
「正人・・・。」
姫宮はもうこれ以上正人を引き留める事は不可能だと思った。だからこそ、正人の側にいて、暴走しそうなら止める・・・それが妹の自分の役割だと心に決めた。
そして姫宮は京極に情報を流す為、鳴海猛の専属秘書となった―。
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