5-8 式典の終わりに

 スピーチが終わった後、翔は朱莉を探していた。


(朱莉さん・・・一体何所へ行ったんだ・・?ん・・・?」


その時、翔は京極の姿を見つけた。


(京極正人・・・っ!な、何故あいつがこの会場に・・・?出席者名簿にあいつの会社は載っていなかったぞ・・?おまけにあいつ・・・何所を見てるんだ?随分険しいい顔をしているが・・・。)


翔は京極の視線の先を追い・・息を飲んだ。そこにはバルコニーで楽し気に話す朱莉と二階堂の姿があったからだ。


(え・・・朱莉さんと・・二階堂先輩・・・?)


朱莉は楽し気に二階堂と話をしている。その姿は今まで翔には見せた事の無い

姿だった。そして二階堂もまんざらでもない様子で話をしている。

その姿を見ていた翔は言いようのない嫉妬にかられ、唇をギュっと噛みしめると大股で2人の元へと近づき、いきなり朱莉の肩を掴んで自分の方へ引き寄せた。


「え?しょ、翔さんっ?!」


朱莉は驚いて翔を見上げた。


「2人共、外は寒いですよ?そろそろ中へ入られたら如何ですか?」


そして二階堂をジロリと見た。


「ああ、言われてみればそうだな。確かに外は冷える。それじゃ朱莉さん。お話し出来て良かった。又いずれどこかで会うかもしれませんね。翔もまたな。」


そして翔の肩をポンと叩きながら耳元で言った。


「京極という男に気を付けろ。」


「え?!」


それは一瞬の事だった。二階堂は意味深に笑うと手を振って会場の中へと戻って行った。


(二階堂先輩・・・何故京極の事を・・?)


朱莉を腕に抱え込んだまま二階堂の背中を見届けている翔に朱莉は言った。


「あ、あの・・・翔さん・・?」


朱莉に声をかけられ、翔はそこで我に返ると言った。


「朱莉さん。こんなに体が冷えてる。中へ入ろう。それにもうそろそろ式典も終了するし。」


「は、はい・・・分かりました。」


朱莉の肩を抱き寄せたまま、何やら考え込んでいるような翔を見上げながら朱莉は思った。


(翔先輩・・・どうしたんだろう・・?何だか様子がおかしいけど・・?)


その時、突然翔が朱莉を見ると言った。


「朱莉さん、ひょっとすると・・京極正人に会ったのか?」


「え?!な、何故それを・・?」


「朱莉さんと二階堂先輩がバルコニーで話をしている姿を睨み付けるように見ていた京極がいたんだ。」


「!」


その言葉に朱莉は思わず身体が小刻みに震えてきた。


「朱莉さん・・?どうしたんだ?震えているじゃないか・・・。」


「あ、す・すみません・・・。京極さんの名前を聞かされて・・・少し驚いて・・・。」


「朱莉さん・・・。」


(京極の奴め・・・これほどまでに朱莉さんを怯えさせて・・・いや、それ以上に問題なのは・・・!)


「朱莉さん。落ち着いて聞いてくれ。実は京極正人は今日の式典には呼ばれていないんだ。」


「えっ?!」


朱莉は驚いて顔を上げた。


「何の為にあいつがここへ現れたのかは、はっきりとは分からないが・・・あの男は朱莉さんに会うのが目的でここへやって来たのかもしれない・・。」


「!」


その言葉に朱莉は真っ青になった。


「すまない・・・別に怖がらせるつもりで話しているわけではないんだ・・。ただ・・用心に越したことは無いと思う・・・。」


「はい・・・わ、分かっています。でも・・本当に京極さんは・・悪い人では無いと思うんです・・。」


(だって・・・出会った頃は本当に親切にして貰っていたから・・・。)


「朱莉さん・・・。」


そんな朱莉の横顔を翔は複雑な思いで見つめるのだった―。




 

 式典が終わる時間がやって来た。


ここは会長の控室である。


「しかし、姫宮君も大げさだな・・・。少しクラッと来ただけなのに医務室へ行かせるなんて・・・。」


ソファに座った猛は姫宮に言った。


「何をおっしゃっているのですか。会長。たまたま私が傍にいた為、会長の異変に気づきましたが・・・仮にあの会場で倒れられたら大騒ぎになっておりましたよ?」


姫宮は諭すように言う。


「ハハハ・・・やはり、姫宮君には叶わないな。どうだ・・・?もう一度私の専属秘書に戻るか?翔にはまた新しい秘書を見つければいいわけだし・・。」


「いいえ、会長。お言葉ですが・・・もう暫く副社長の下で秘書の仕事をさせて下さい。朱莉様とも折角仲良くなれたので・・・。」


姫宮は頭を下げた


「ああ・・・なるほど、そう言う事なら分かった。ではもう暫く姫宮君には副社長のお守りをしてもらうとするか?」


猛は笑いながら言った―。



 

 その後―


猛は会場に戻ると最後の挨拶をし、式典は無事に終了となった。式が終わると翔は言った。


「朱莉さん、蓮を迎えに行かないといけないんだろう?俺はまだ用事があるから会社に戻ることは出来ないけど・・タクシー乗り場まではついて行くよ。」


「はい、ありがとうございます。」


するとそこへ二階堂が声を掛けてきた。


「それなら俺が途中まで送るよ。丁度これからタクシーに乗って帰るところだったからな。」


「二階堂先輩・・・。」


翔は何故か苦々し気に二階堂を見た。


「何だ?その顔は・・?鳴海、お前何か勘違いしていないか?」


「え・・?」


朱莉が怪訝そうに翔を見上げる。すると二階堂が耳打ちしてきた。


「鳴海、お前・・京極の事を警戒しているんだろう?お前が付いていけないなら俺が付いていてやろうかって言ってるんだよ。」


「!」


翔は二階堂の顔を見た。


「・・・そうですね・・。お願いします。」


翔は素直に頭を下げた。


「ああ、任せろ。」


そして二階堂は朱莉を見ると言った。


「それじゃ、朱莉さん。一緒にタクシー乗り場に行きましょう。」


「あの・・いいんですか・・?」


朱莉は翔を見ると尋ねた。


「ああ・・・そうしてくれるかい?朱莉さんを1人にしておくのは・・・心配だからね。」


「・・・分かりました。それでは二階堂社長、お世話になります。」


朱莉が頭を下げた時・・・。


「副社長!朱莉様!こちらにいらしたのですね?」


姫宮がやって来た。そして二階堂を見ると挨拶をした。


「始めまして。私は副社長の秘書を務めております姫宮と申します。本日はわざわざお越しいただき、ありがとうございました。あの・・朱莉様とどちらかへ行かれるのですか?」


姫宮は朱莉と二階堂が並んでタクシーに乗り場にいるのを不思議に思い、尋ねた。


「ああ、実は・・・朱莉さんを付けている男が式典に紛れ込んでいて・・俺は一緒に帰ることが出来ないので、この方に朱莉さんをお願いしようかと思っていたんだ。この方は俺の学生時代の先輩に当たる人で信頼できるからね。」


すると姫宮が素早く言った。


「それなら私が朱莉様の付き添いをさせて頂きます。社の保育所にも私が行かなければ分からないと思いますので。よろしいでしょうか?」


言いながら翔と二階堂の顔を交互に見た。


「そうですね・・・。二階堂社長のお手を煩わせるのもご迷惑でしょうし・・それでは姫宮さんにお願い出来ますか?」


朱莉が言うと、姫宮は笑みを浮かべた。


「はい、お任せください。」


するとその時、1台のタクシーがやって来てドアが開いた。


「それなら丁度タクシーも来たことですし、私はここで失礼します。それではまた。」


二階堂はお辞儀をすると、タクシーに乗り込んだ。


「本日はお世話になりました。」


朱莉は丁寧に頭を下げた。


「いえ、こちらも楽しい時間を過ごせましたよ。」


すると翔が二階堂に声を掛けた。


「二階堂先輩!・・・近いうち、連絡します。」


「ああ・・・分かってる。それじゃあまたな。」


2人は互いに意味深な笑みを浮かべると、二階堂は運転手に言った。


「出して下さい。」


そしてドアは閉まり、二階堂を乗せたタクシーは走り去って行った。

二階堂を見送る朱莉と翔の姿を姫宮は黙って見つめていた―。

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