5-7 京極の予感
「でも意外でした。まさか九条さんと翔さんが二階堂社長の後輩にあたるなんて・・・。」
朱莉はワインを少しずつ飲みながら二階堂と話をしていた。
「ええ、その頃から私はいずれ起業する事を考えていて既に九条を引き入れようと考えていたんですよ。だから九条が鳴海の秘書になるって聞かされた時は正直、驚きを通り越してショックでしたね。何だかこっぴどく振られた気分でしたよ。」
「振られた気分・・ですか?それは中々面白い表現ですね・・・。」
朱莉が二階堂の話に笑みを浮かべた時・・・・。
「朱莉さん。」
背後から突然声を掛けられた。
(え・・・?その声は・・・?)
朱莉は思わずビクリとなり、恐る恐る振り返るとそこには京極が立っていた。口元は笑みを浮かべていたが・・・目元は笑っていなかった。
「こんばんは、朱莉さん。こうしてまた貴女とお会い出来るなんて奇遇ですね。」
口元だけ笑みを浮かべながら朱莉に言うと、チラリと二階堂を見た。
「きょ、京極さんも・・・・呼ばれていたのですね・・?」
朱莉は緊張の面持ちで京極を見た。
「はい、それにしても・・今夜の朱莉さんはいつも以上に美しいですね。本当に今夜は何てラッキーなんだろうと思いましたよ。」
「い、いえ・・・そんなに大袈裟な事・・言わないで下さい・・。」
朱莉は俯いた。
(何だろう・・?今夜の京極さんはいつにもまして怖く感じる・・・。まるで何かに対して怒っているみたいで・・。)
一方の二階堂は京極と朱莉の間に流れる緊張感に気が付いた。
(朱莉さん・・・一体、どうしたというんだ・・?この男が来てから様子が変だぞ・・・?ん・・?)
よく見ると朱莉の手足が小刻みに震えている。
(このまま黙って見てはいられないな・・・。)
「今この方と私は会話をしていた最中なのです。失礼ですが、貴方はどちら様なのですか?」
二階堂は京極から隠すように朱莉の前に立ちはだかると言った。
「ああ・・・貴方は・・確か『ラージウェアハウス』の創設者の二階堂晃社長ですね?」
それを聞いた二階堂の眉がピクリと動いた。
「・・・私の事をご存知なのですか?」
「ええ。貴方はIT産業部門では有名人ですからね・・・ちなみに僕もIT企業経営者なのですけどね・・。京極正人と申します。朱莉さんとは同じ億ションに住んでいるご近所さんなんですよ。プライベートで朱莉さんと交流があるんです。そうですよね?朱莉さん?」
不意に朱莉は声を掛けられ、肩を震わせながら小さく頷いた。
「は、はい・・そうです・・。その節は・・色々ありがとうございます・・。」
朱莉は視線を逸らすように京極に礼を述べたが、二階堂は明らかに朱莉の様子がおかしい事に気付いた。
(何故だ・・・何故彼女はここまであの男に怯えている・・・?だが、このまま放っておくことは出来ないな・・。)
「京極さんですか・・・。それでは挨拶も済んだ事ですし・・・もうよろしいですか?今、婦人がお話をしている相手は私ですので。」
すると、京極は一瞬二階堂を睨み付けると言った。
「お話なら・・・私も混ぜて頂けませんか?3人でお話しましょう。」
しかし二階堂は溜息をつくと言った。
「申し訳ないですが・・・どう見ても婦人は貴方を見て怯えているように見えるのですが・・?」
「・・・っ!」
京極は一瞬顔を苦し気に歪めた。
「お2人の間に何があったのかは私には関係無い事なので尋ねませんが・・女性を怯えさせるような真似は今後控えるべきだと思いますよ?」
そして二階堂は震えている朱莉に優しく声を掛けた。
「大丈夫ですか・・?少し外の空気を吸いに行った方がいいかもしれませんね。御一緒しますよ。」
そして朱莉を促すと、チラリと京極を見た。京極は悔しそうな顔で二階堂を見ていたが、やがて諦めたのかフイと視線を逸らせて歩き去って行った。
(あの男・・・危険因子に違いないな・・・。)
その後ろ姿を見送りながら二階堂は思った―。
「どうですか?少しは落ち着かれましたか?」
会場のバルコニーに出ると二階堂は朱莉に声を掛けてきた。
「は、はい。大丈夫です・・・有難うございます。」
朱莉は深呼吸すると返事をした。まだ手足は震えているが、大分気持ちは落ち着いてきた。
(まさか・・・京極さんがここに来ていたなんて・・・。だけど・・何故?以前は頼れる人だと思っていたのに・・・何故・・今は私は京極さんを・・怖いと感じてしまうの・・?以前のような関係には・・もう戻れないの・・?マロンを引き取ってくれたあの頃のような・・。)
青ざめた顔でまだ震えている朱莉を見ながら二階堂は声を掛けた。
「あの男は・・・何者ですか・・?見た所・・・大分朱莉さんに執着しているように感じられましたけど・・・?鳴海はあの男の事・・知ってるのですか?」
「はい・・翔さんも知っています・・・それに・・九条さんも・・・。」
「そうなんですか?」
二階堂の眉がピクリと上がった。
「は、はい・・・。」
項垂れる朱莉に二階堂は言った。
「こんな事を言っては不快な気持ちになるかもしれませんが・・・あの京極と言う男・・恐らくは朱莉さんに想いを寄せていると思います。ひょっとして・・貴女は以前あの男とお付き合いしていたのですか?」
「まさかっ!そんな事は・・・一度もありません。・・・色々と親切にして頂いた事はありますが・・・。」
(そうよ・・初めて出会った時の京極さんは優しくて・・行き場の無いマロンを引き取ってくれたし、翔先輩や明日香さんから庇ってくれた事もあった。沖縄に行く時も見送りに来てくれたし・・・。)
思わず、当時の事を思い出し・・朱莉は不覚にも目に涙が滲んでしまった。
それを見た二階堂はギョッとした。
「す、すみませんっ!私は・・・朱莉さんを泣かせるつもりは・・・!」
「いいえ・・・こ、これは・・ち・・違うんです・・。どうして京極さんがこんな事になってしまったのか・・分からなくて・・。」
朱莉は目を擦りながら言った。そんな朱莉を見ながら二階堂は思った。
(あの男・・・怪し過ぎる・・・。俺の事も知っているし、九条の事も知っていると朱莉さんは言っていたしな・・。大体、俺の事も・・睨み付けていたが・・あの態度はどう見ても俺に対する嫉妬だ・・・。まさか・・ひょっとするとあいつか?あの写真と報告書を俺に送り付けて来たのは・・・。)
そして小声で呟いた。
「京極・・・あいつの事・・・調べた方が良さそうだな・・・。」
一方、京極は鳴海会長を探していたが何処にも姿は見当たらない。
(まさか・・・静香の奴・・何かしたか?何処か席を外すように・・会長に言ったのか?だが、最期のスピーチもあるのに帰るはずは・・・。)
その時、壇上に鳴海翔が現れた。そしてマイクを握りしめると言った。
「お集りの皆様、大変申し訳ございませんが鳴海猛会長は体調不良を起こし、医務室に行きました。幸い、只の貧血であると言う事が先程判明しましたが、大事を取って今は休んでおります。しかし、最期のスピーチにはまたこちらに戻って参りますので、それまでの間御歓談ををお楽しみください。」
そして翔はお辞儀をすると、壇上を降りて行った。その様子を呆然と見ていた京極は苦笑した。
「全く・・・静香も随分面白い真似をしてくれるな・・・。まあ、今迄散々勝手な真似をしてしまったからな・・・。今回ばかりは諦めてやるよ。だが・・・。」
(二階堂晃・・・あの男は・・・厄介な相手になりそうだ・・・。)
京極はホールから見えるバルコニーに目をやった―。
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