4-23 バーでの会話

 気まずい雰囲気の中、結局結論が出ないまま明日香は自分の部屋へと帰って行った。

1人ホテルでブランデーを飲みながら翔は窓の外の景色を眺めていた。外は美しくライトアップしたホテル内の庭が幻想的な雰囲気を醸し出していた。


(綺麗な景色だな・・・。朱莉さんと蓮の3人で見られたら良かったのに・・・。)


翔は気付いていなかった。無意識のうちにいつの間にか普段から朱莉の事や蓮の事を常に考えていると言う事に―。




夜9時―


 姫宮は1人、ホテルのバーカウンターでカクテルを飲んでいた。すると京極から電話がかかって来た。


「はい。」


『もしもし、これからそっちに戻る予定なんだが・・・今何処にいるんだ?』


「ホテルのバーカウンターでお酒を飲んでいた所だけど?」


『そうか、ならそのままそこで待っていてくれ。後20分以内にはそっちへ行くから。』


「分かったわ。」


それだけ言うと電話は切れた。姫宮は空になったカクテルグラスをテーブルの上に置くと溜息をついた・・・。


 それから約20分後・・・言葉通り京極が現れた。


「待たせたか?静香?」


「大丈夫、時間ぴったりだったから。」


京極は姫宮の隣に座ると尋ねて来た。


「何飲んでるんだ?」


「マルガリータよ。」


「そうか・・・俺はマティーニにするか。」


そして京極はバーテンに手を上げてマティーニを注文した。その様子を姫宮はじっと見つめている。


バーテンは慣れた手つきでマティーニを作ると京極の前へスッと差し出しながら言った。


「お2人・・お似合いのカップルですね。」


「ああ、まあな。良く言われるよ。」


すると京極は肩をすくめながら言った。バーテンはそれを笑顔で返すと、去って行った。


「またいつもみたいに適当な事を言って・・・。」


姫宮はカクテルを飲みながら京極に言った。


「ああやってさり気なく釘を打っておけば静香に変な虫が付かないだろう?」


「そうかしら?」


姫宮は残りのグラスを煽るように飲むと、トンと空になったグラスを置いた。


・・傍目から見たら美男美女のお似合いカップルに見えるかもしれないが、正真正銘2人は実の兄妹である。しかも二卵性双生児なので、顔もあまり似ていない。


「それで?何か面白い情報でも手に入ったのでしょう?」


姫宮は京極の顔をじっと見つめながら尋ねた。


「ああ、まあな。あのホテル・ハイネストの総支配人と鳴海明日香・・・付き合っている様だった。」


「え?嘘でしょう?!」


流石に姫宮はその話に驚き、身を乗り出してきた。


「いや、嘘じゃないさ。俺はこの目で見て、聞いて来たんだ。俺のテーブル席の後ろに鳴海兄妹が座ったんだが、その食事の席に白鳥が現れたんだよ。それで鳴海翔に向って明日香と公私の付き合いがある事を明かしていた。あの時の鳴海翔の反応は見ものだったなあ・・・。」


クックッと肩を震わせながら面白そうにしている京極を見ながら姫宮は尋ねた。


「白鳥誠也は・・2人が本当は恋人同士だって事を知っていそうだった?」


「いや・・・あの雰囲気だと、それは無いな・・・・。多分明日香は白鳥には自分の事情を何も説明していない。」


「それじゃ・・・単なる火遊びのつもりなんじゃないの・・・?だけど・・子供だっているのに・・・?」


「さあな?そこまでは分からないが・・明日香は始終機嫌が悪かったのは確かだ。

鳴海翔が現れても嬉しそうどころか、迷惑そうにしていたからな。」


そこまで言うと京極は言った。


「白鳥誠也について調べようと思っている・・・。」


「そう?でも正人ならそう言うと思ったわ。で?私が調べる?」


「いや・・・安西航に調べさせようかと思うんだ。」


「えっ?!何故・・・彼に・・・?!」


「・・・ちょっとした罪滅ぼしのつもりさ。俺が余計な真似をしたから静香は朱莉さんを守る為に安西航をやむなくストーカーに仕立て上げて・・朱莉さんと会えない状態を作り上げてしまったからな。破格のお金で依頼しようと思っている。」


「そう・・・。」


「それに・・・安西航は九条とも繋がっているからな・・。さり気なく今の明日香と鳴海翔の関係があの男の耳にでも入れば・・・ますます面白い事になりそうじゃないか?」


何処か楽しそうに言う京極を姫宮は冷ややかな目で見つめながら言った。


「正人・・・そう言って、本当は楽しんでいるだけじゃないの・・?」


「いや?別に楽しんでいる訳じゃない・・・。だが、静香。忘れたのか?俺達が今迄何の為にここまで必死になって頑張って生きて・・ここまで来たのかを。全てはあいつ等に復讐する為だっただろう?」


「・・・。」


姫宮は黙って聞いている。


「だけど・・・正人、朱莉さんまで巻き込んでしまっているじゃないの・・・。」


「いや、俺は朱莉さんを鳴海家から守りたいだけだ。それに・・・朱莉さん親子だって鳴海家の被害者なんだぞ?」


「だけど・・・朱莉さんのお母様も朱莉さん自身もその事は何も知らないのよ?」


「・・・。」


京極は黙っている。


「・・・とにかく、朱莉さん親子にはもう構うのはやめた方がいいわ。これは私からの忠告だから。」


いつになく強い口調で姫宮は京極に言った。


「分かった・・・。だが・・個人的に朱莉さんに連絡位は入れてもいいだろう?」


「正人・・・。」


(やっぱり貴方・・・朱莉さんの事が・・好きなのね・・・?)


姫宮は朱莉に対して不器用にしか振舞えない京極を黙って見つめるのだった—。





夜11時―


今夜も明日香は白鳥と同じベッドの上にいた。


「明日香・・・お兄さんとは話が出来たのかい?」


明日香の髪を撫でながら白鳥は尋ねる。


「ええ・・・少しはね・・・。」


「何故彼はここまでやってきたんだい?」


「私が書置きのメモだけ残して・・・黙っていなくなったからよ。連絡も一度もしなかったし。」


「そうか・・・。明日香のお兄さんは随分と妹に過保護なんだな?明日香も言えばいいのに。もう自分は成人女性だから過保護にしないでくれって。」


それを聞いた明日香はクスクス笑った。


(そうよね・・・何も事情を知らない人から言わせると、翔の取っている行動は妹から離れられない過保護な兄と見られてもおかしくはないかもね・・・・。)


「どうした?明日香?何がおかしい?」


白鳥は不思議そうな顔で明日香を見つめた。


「いいえ。何でも無いわ。」


明日香は白鳥の胸に顔を埋めると言った。


「・・・本当にここは星が綺麗に見えて素敵な所よね・・・。ここから夜星を眺めているとインスピレーションが湧いて来るわ。」


「そう言えば、ネットの書き込みをみたよ。最近イラストの雰囲気が変わったって・・それもいい方向で・・・。評判も上々らしいじゃないか?」


「ええ、そうね・・・。その為かしら?この間初めてゲーム会社から、ある女性向けゲームの絵師を担当して貰えないですかって依頼が入って来たのよ。」


「へえ〜・・それはすごいじゃないか。」


「ええ・・。全てはここに来たお陰だと思ってる。」


「気のすむまでいればいいさ・・・。そうだ、明日香・・。俺のマンションで一緒に暮らさないか・・?」


明日香は白鳥の突然の誘いに・・・言葉の代わりにキスで応えるのだった—。




 その頃、朱莉は1人ベッドの中にいた。明日香と翔の事が気がかりで中々眠る事が出来ずにいた。何度目かの寝返りの後、朱莉はポツリと呟いた。


「どうか・・翔先輩が明日香さんを連れて東京へ帰って来てくれますように・・・・。」


そして、朱莉は目を閉じた―。








  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る