4-22 曖昧な関係

 明日香と翔の本当の関係を全く知らない白鳥は椅子に座っている明日香の両肩に背後から手を置き、話を続けた。


「明日香さんは素晴らしいイラストレーターなので、彼女自身の作品を集めて、このホテルで画廊を開こうかと考えているのです。明日香さんも快く引き受けて頂いたので、今後も公私含めて良いパートナーになっていければと考えております。」


ニコニコと笑みを浮かべながら言葉を続ける白鳥とは対照的に明日香の顔色は見る見る内に青ざめていくが白鳥は明日香が背中を向けているので、その様子に気が付いていない。


(そ、そんな・・・誠也・・!よりにもよって翔の目の前でこんな事を話すなんて・・・っ!)


一方、驚いているのは翔の方だ。


(え・・・・?総支配人が・・・明日香の恋人になったとでもいうのか・・?もしかすると明日香がこのホテルに戻って来たのは、この男が新しく恋人になったからなのか・・?あの置手紙は俺を試す為に・・・?)


「あ、明日香・・・。今の話は本当なのか・・・?」


翔は声を震わせて尋ねるが、明日香は口を一文字に結んだまま答えようとしない。


(翔の馬鹿・・・っ!そんな事・・・誠也の前で答えられるはずないでしょうっ?!)


「どうしたんですか?明日香さん。お兄さんが質問していますけど・・?」


白鳥は不思議そうな顔で明日香に尋ねた。


「そ、そうね・・・。あ、あの悪いけど・・兄と2人で話がしたいの・・・席を外してくれるかしら?」


「あ、ああそうだね。家族との話し合いも大事だろうし・・・。」


そして白鳥は翔を見ると言った。


「それではごゆっくりしていって下さい。」


丁寧に頭を下げるとその場を立ち去って行った―。


暫く、翔と明日香の間には気まずい沈黙が流れたが、これではらちが明かない。


「明日香・・・今の話は本当なのか・・・?」


「今の話って・・・?」


「総支配人が言っていた話だよ。」


「・・・ここでは話したくないわ・・・。」


明日香は言うと、テリーヌを口に入れた。


「ああ・・・そうだな。ここでするべき話では無かったな・・。分かったよ。食事がすんだら俺の部屋へ行こう。そこで話し合いをしよう。いいな?」


「・・・分かったわ。」




 そこから先は、2人は無言で食事を進めた。そんな2人の様子を背後で伺っていた京極は思った。



(もうここから先は・・話を聞くことは無理だな・・・。俺も食事をさっさと済ませたらホテルへ戻ろう。静香が待っているだろうしな。)


そして京極、明日香、翔は黙々と食事を進めるのだった―。



 

 午後7時―


食事を終えた翔と明日香は今、2人で翔の宿泊しているスイートルームへと来ていた。


「ふ~ん・・・。ここが翔の宿泊しているスイートルームなのね・・・。素敵な部屋じゃないの。」


一通り部屋を見て回った明日香はソファに座ると言った。


「明日香・・・それじゃ話をしようか?」


翔が向かい側のソファに座ると明日香は言った。


「ねえ、どうせ話をするなら何かお酒を飲みながら話がしたいわ。ここにあるお酒はフリーなんでしょう?何か飲ませてくれないかしら?」


明日香はバーカウンターを見ながら言った。


「明日香・・・大事な話なんだ。アルコールを飲みながら出来るような話では無いだろう?」


翔がため息をつくと、明日香は鋭い視線で翔を見ながら言った。


「違うわっ!こんな話だからよっ!とてもお酒を飲まなければ話なんか出来ないわよっ!」


「あ、明日香・・・。」


久しぶりの明日香のヒステリックな叫び声に翔は戸惑った。


(やはり俺と明日香では・・・水と油・・と言う事なのだろうか・・?)


翔は溜息をつくと言った。


「分かったよ・・・明日香。何を飲みたいんだ?」


「そうね・・・。確かサンガリアの瓶があるのをさっき見たわ。それを頂戴。」


「了解。」


翔はグラスに冷凍庫から氷を取り出して、グラスに入れるとサンガリアを注ぎ、マドラーで掻き混ぜると明日香に持って行った。


「ありがとう。」


翔は缶ビールを冷蔵庫から取り出すと明日香の向かい側のソファに座ると言った。


「それじゃ、乾杯でもしようか?」


「乾杯?何に?」


「再会を祝って・・・じゃ駄目か?」


「こんな状態・・・祝えるとでも思っているの?」


「やめよう・・・こんなギスギスした会話。もう担当直入に聞くよ。明日香・・あの総支配人とは・・どんな関係なんだ?」


「どうって?」


「ごまかすな。それともストレートに聞かないと分からないのか?」


「・・・寝たわよ。」


少しの間をおいて明日香は答えた。


「え・・?ね、寝たって・・・。」


余りの突然の言葉に翔は耳を疑った。


「ええ、そうよ。それも一度や二度じゃないわ。何回も関係を持ったわよ。どう?ちゃんと答えたわよ。それともまだ他に何か聞きたいことはある?」


「明日香・・・お、お前・・その話本当なのかっ?!」


思わず翔は立ち上がり、明日香の隣に座ると両肩を掴んでいた。


「ええ、そうよっ!だからお酒を飲みながらじゃないと話なんか出来ないって言ったのよ!」


パンッ!


明日香は翔の手をはたいて振り払った。


「明日香・・・お前、どういうつもりなんだよ・・・?他の男と寝るなんて・・・俺と言うものが・・・。」


そこで翔は言葉を切った。


(今・・俺は明日香に何を言おうとしていたんだ?俺と言うものがありながら・・・とでも言うつもりだったのか?明日香が去って・・・気付けば明日香とやり直す事も考えず、逆に朱莉さんとの偽装婚を本当の婚姻関係にしようとしていたのに・・?)


一方の明日香は翔が突然黙り込んでしまった事が腑に落ちない。


(何なの・・?翔・・・。一体何を考えているのよ・・・?)


「明日香・・お前・・・あの男が好きなのか?」


翔は真剣な目で明日香を見た。


「え?好きか・・ですって・・?良く分からないわ・・。」


「わ、分からないって・・・お前・・・。」


「それじゃ、聞くけどそういう翔はどうなのよっ!普通だったら自分の恋人が浮気をしている事を知った場合、もっと相手を強くなじるのが普通じゃない?浮気相手にだって食ってかかるのが普通なんじゃないの?それなのに・・・・なのにどうして翔!貴方はそれ程まで冷静でいられるのよっ!以前の翔だったら・・・もっと相手に強い態度で出たはずよ?何せ・・・朱莉さんにまで貴女は酷い態度を取っていたくらいだから・・・。」


「あ・・朱莉さん・・・?」


翔はそこでドキリとした。まさかここで朱莉の名前が出て来るとは思わなかった。


「そうよ・・・翔。私だって人の事を言えないけど・・貴方は本当に酷い態度ばかり朱莉さんに取って来たわ。私は・・そんな翔を見ている内に・・次第に貴方に嫌気がさしてきたのよ。だから・・距離を置く事に・・・。」


「そう・・か・・・。」


翔は力なく頷いた。だが・・このままで話を終わらせるわけにはいかない。何故なら2人の間には蓮という子供がいるからだ。


「明日香・・・・。俺達はあまりにも長く一緒にい過ぎたのかも知れない・・・。それで目新しい人間に惹かれてしまったんじゃないのか?」


(そう・・・俺が朱莉さんに興味を持ったように・・・。)


「翔・・・貴方・・何が言いたいの・・?」


ソファに座ったままの明日香が翔を見た。


「明日香、朱莉さんとの契約婚は最長で後4年は続く事になっているんだ。だから・・今まで通り・・それまで互いに距離を空けて見るのはどうだ?勿論明日香はいつでもあの億ションに帰って来てもいいし、希望があるなら・・蓮にだって会わせてやれる。・・・どうだろうか?」


「翔・・・。貴方・・本気でそんな事言ってるの?」


(こんなの・・・単に問題を先送りしてるだけで、何の解決も出来ていないじゃないの・・!それとも・・・この話を有耶無耶にしてしまうつもり・・?)


だけど・・・明日香も今の自分の気持ちが何処を向いているのか分からなくなっていた。自分が白鳥の事を好きなのかどうかも分からないが・・・もう少しだけ白鳥の側にいたいと思う気持ちがあるのは確かだった。


「分かったわ・・・・。私達の関係は・・・もう少しこのままにしておきましょう・・。」


明日香は翔の言葉に頷いた。


 幸か不幸か、明日香と翔の『今の関係をこのまま続けて様子を見る』という2人の考えは一致したのであった—。









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