4-13 溢れる思い
12時半―
対象者を見張りつつ、航はコンビニで買って来たお茶とおにぎりを頬張っていた。
「ふう〜・・・しかし、寒いな・・・。それに天気もいまいちだ・・。この寒さならひょっとして今日はホワイト・クリスマスになるかもな・・・。」
航はおにぎりを食べ終わると、手をこすり合わせて息を吹きかけた。対象者がホテルから出てきたところを望遠レンズカメラで撮影して証拠を押さえる。それが今日航に課せられた仕事だ。
「う〜っ!しっかし・・寒いな・・・・明日からカイロを持って来るか・・・・。」
その時、不意に航のスマホが鳴った。
「チッ!誰だよ・・・。」
舌打ちしながら航は着信を見た。
「うん?前田美幸・・・?誰だったかな・・・。」
いっそ電話を切ってやろうかと思ったが、再びかかって来られてはたまらない。やむを得ず航は電話に出る事にした。
「もしもし・・・。」
『あ、あの安西航さんですか?!』
受話器越しから妙にキンキン越えの女の声が聞こえて来た。
「はい、そうですけど・・・?」
(何だ?この女・・・・)
『私の事覚えていますか?』
「いいえ。悪いけどちっとも覚えていません。」
『そうですか・・・。』
受話器の向こうからは落胆した声が聞こえて来るが、航にはどうしようもない。
(仕方ないだろう?覚えていないんだから・・・。)
『あの・・・半月ほど前・・・合コンしましたよね?』
(合コン?合コン・・・・ああ、あの時のか・・・。)
あの日の夜・・・。
部屋で1人大して面白くもないバラエティ番組を見ていたら突然友人から飲み会の誘いがあって、行ってみると何とそこは合コンの場面だったのだ。
騙されたと思ったが、来て早々に帰るのも失礼だと思い、取り合えず航はお酒を飲むことに没頭する事にした。
相手の女性達は4名。そしてこちらも4名。
航はビールを飲みながら、チラリと友人達を見ると全員がだらしないほど顔を緩め、女性達に話しかけている。
(全く・・・合コンなんてくだらないっ!)
航の目には今目の前にいる女性達は、はっきり言って全く好みでは無かった。全員食べ物の匂いが分からなくなりそうなほどきつい香水をつけている。無駄に厚化粧で、妙に男を意識した様な服装・・何から何まで航の許容範囲を超えていた。
(朱莉・・・やっぱり俺はお前じゃなきゃ駄目だ・・・。)
朱莉の事は諦めなければいけないのに、未だ未練たらしく1人の女性を思い続けている自分が情けないと航自身思っているのに、どうしても朱莉に対する恋心を捨てきれずにいた。時折、朱莉が夢に出て来ては腕の中で消えていく・・。そんな空しい夢を数えきれない位見て来たのだ。
「ねえねえ・・・連絡先、交換して下さいよ。」
自分達にこびへつらう事もなく、1人無言でお酒を飲み続ける姿に女性達は興味を持ったのか、気付けば4人の女性達は全員航に興味津々だった。
(全く鬱陶しい奴等だ・・・。)
「ほら、勝手にしろよ。」
航は自分のスマホを取り出して投げてよこすと、女性達はきゃあきゃあ言いながらこぞって自分達の連絡先を航のスマホに入れてしまった。そしてそんな航たちの様子を友人達は嫉妬の目で睨み付けていた。そこで険悪なムードになってしまったので、航は1人でさっさと帰ってきたのである。
「ああ・・あの時のあんたか・・で?俺に何の用事なんだ?」
『あ・あの・・・今夜デートして下さいっ!』
「はあ?」
突然の女の申し出に航は間の抜けた声を出した。
「あのさあ・・・俺は・・・。」
『こ・・今夜、鳴海グループ総合商社のビル前の広場でイルミネーションの点灯式とプロジェクションマッピングの上映があるんです!とってもムードがあるんですっ!行きませんかっ?!』
「え・・?」
鳴海グループ総合商社だって・・・?!あの鳴海翔のか・・・?!
途端に航の胸の中で、鳴海翔の姿が思い出された。
(点灯式と言う事は・・・ひょっとするとあいつ・・何か挨拶をする為に出席するかもしれないな・・・?)
憎い恋敵をもう一度拝んでやろうと言う気になった航は返事をした。
「分かった。いいぜ。付き合ってやるよ。それで場所と時間は?」
(あわよくば、わざとぶつかったふりをして足を踏みつけてやってもいいな・・・。)
航の顔には不敵な笑みが浮かんでいた—。
そして待ち合わせ時間の10分前―
早々と航は会場に姿を現していた。待ち合わせの相手はまだ来ていない・・・と言うか、はっきり言えば航は顔も覚えていない。
(まあ・・・向こうから誘って来たって事は・・・当然俺の事知ってるんだろうからな・・・。それより・・鳴海翔はどこだ・・?まだ来ていないのか・・・?)
目に自身がある航はキョロキョロ辺りを見渡し・・・ピタリと足を止めた。
(え・・・?そ、そんな・・・う・・・嘘だろう・・・?)
ビルの前の噴水前で、航は見た。ずっと・・あの日、自分から一方的に別れを告げた愛しい女性・・・朱莉がそこに立っていた。
ベレー帽をかぶり、ロングコート姿にベビーカーを持っている。
遠目からでも分かる・・・群を抜いたその美しい姿・・・。航の胸に熱いものが込み上げて来た。
「朱莉っ!!」
気付けば大声で名前を呼んでいた。驚いた様に振り向く朱莉の姿は本当に綺麗だった。
息せき切って、航は朱莉の前に立っていた。
「う、嘘・・?本当に・・わ、航君なの・・・?」
目を見開いて自分を見つめる朱莉を見て・・航の理性は飛んでしまった。
「あ・・・朱莉・・・。会いたかった・・・!」
ここは鳴海グループの本社・・・。大勢の人がいるのは十分承知していた。
それにも拘らず、朱莉の肩を掴んで引き寄せると航は力強く朱莉を抱きしめていた。
感極まって抱きしめている航とは対照的に朱莉は焦っていた。
(何故?どうして航君がここにいるの?そ、それに・・・幾ら何でもこんな所でこんな真似をされたら・・!)
「あ・・あのね・・わ・・・航君・・!」
しかし、航は涙声で言った。
「た・・・頼む・・・朱莉・・もう少しだけ・・こ・このままで・・・・。」
(航君・・・ひょっとして・・・泣いている・・・?ど、どうして・・?だ、だけど・・・!)
その時―航の背後で恐ろしい声が聞こえて来た。
「おい・・・何をしているんだ?」
ハッとなって航が朱莉から離れるとそこに立っていたのは翔だった。翔は朱莉を腕に囲い込むと言った。
「君は・・・一体誰なんだ?俺の妻に何をしている?」
(妻・・・?!)
朱莉はその時、翔が初めて自分の事を妻と呼んだことに気が付いた。しかも翔の様子が今迄見た事も無い位、怒りに満ちた形相をしている。
「鳴海・・・翔・・・!」
(この男が・・・朱莉を苦しめる全ての元凶だ・・・!)
航も翔を睨み付けた。
「何?お前・・俺の事を知っているのか?」
翔はますます強く朱莉を抱きしめながら航を見た。
(何なんだ・・・?この若造は・・・?何故俺をそんな目で睨む?しかも・・こんな人目につくところで朱莉さんを抱きしめて・・・!)
一方、航は憎い恋敵の翔が朱莉を抱きしめているのが許せない。
「おい・・・お前、朱莉を離せ・・・。」
「何だって?」
「聞こえなかったのかよ。朱莉からその薄汚い手を離せって言ってんだよ。」
航は翔から目を離さずに言う。
「彼女は俺の妻だ・・・何故お前の言いなりにならなければならない?」
するとその時・・・。
「フエエエ・・・。」
ベビーカーで蓮が泣き始めた。
「レンちゃんっ!」
朱莉が翔の腕の中で叫ぶと、慌てて翔は朱莉を離した。
「レンちゃん・・・っ!」
朱莉はベビーカーから蓮を抱き上げると頬擦りしながら、翔と航を順番に見た。周囲では何事かと遠巻きに朱莉たちを見ている人々がいた。
「翔さん・・・ここは・・・人目があります・・・。何処か・・場所を変えませんか・・・?」
朱莉は肩を震わせ、蓮を抱きしめたまま俯いた。
「あ、ああ・・・そうだな・・。」
翔はベビーカーを持った時、姫宮が駆けつけて来た。
「副社長!何事ですかっ?!これから挨拶が始まると言うのに・・・こんな所へいらしたのですか?」
(あの女・・・鳴海翔の秘書の・・・姫宮!)
航は拳を握りしめた。
「あ、ああ・・・すまなかった。今行く。朱莉さんも一緒に・・・。」
言いかけた所へ姫宮が言った。
「申し訳ございません。会社関係者しか入れませんので。でも別のブースにならご案内出来ます。」
「あ・ああ・・そうか・・・それじゃ朱莉さん。途中まで一緒に行こう。」
「は、はい・・・。」
朱莉は俯きながら返事をした。
そして翔は朱莉の隣に立つ航をじろりと一瞥すると言った。
「何処のどいつか知らないが・・俺の妻に勝手に触れるな。」
「何・・・?」
しかし、航が言いかける前に翔は朱莉を振り向くと言った。
「朱莉さん・・・驚かせてすまなかった。後で話がしたい、いいよね?」
「は、はい・・・。」
朱莉の返事を聞くと翔はこれ見よがしに朱莉の肩を抱き寄せると片手でベビーカーを押しながら航の前を立ち去って行った。
(航君・・・。)
朱莉が去り際に悲し気に航を振り向いたのがせめてもの救いだった―。
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