4-12 聖夜の奇跡
「ああ。そうなんだ・・副社長室で待ち合わせは無しになった。代わりに社の広場の噴水前に17:50に待ち合わせる事にしたので調整を頼むよ。・・・ああ。それじゃよろしく。」
翔は電話を切るとネクタイを緩めて背広を脱いだ。
(明日はイルミネーションの終わった後・・・店を予約してあるが・・・朱莉さんは受けてくれるかな・・。)
翔は溜息をつくとバスルームへ向かった―。
ここは京極の部屋―
PCが並べられた部屋。
京極は1台のモニターの前で皮張りの肘掛椅子に座りながら電話をかけていた。
「・・・そうか。教えてくれてありがとう。え・・?行くのかって?何言ってるんだ?慎重に行動しろと言ったのはそっちだろう?2人きりで行動させるのは癪だが・・仕方ないだろう。・・・落ち着け、分かってるって。何とか策を練るから・・これからも奴の動向を逐一報告頼む。・・ああ。それじゃ・・。」
ピッとスマホの電源を切ると京極は背もたれ椅子に寄りかかりながらPCに触れた。
「どうするべきか・・・。あまり俺が出てくるわけにはいかない・・・。彼に動いてもらうか・・?」
そして京極はスマホを手に取り、じっと眺めた—。
翌朝―
虎ノ門にオフィスを構える京極が出社してきた。京極の会社はIT企業と言う事もあり、出社は自由となっている。東京本社には32名の社員がいるが、実際に出社してきている社員は10名にも満たない。
「皆、お早う。」
カジュアルスーツで出勤して来た京極はデスクで仕事をしている社員達の間をすり抜けながら、フロアの一番奥にある自分の席に座った。すると次々と社員達が京極の所へやって来て挨拶と支持を仰いだ。その中の1人、中途採用で入社して来たばかりの21歳になったばかりの女性がコーヒーを持って京極の席へとやって来た。
「社長、おはようございます!」
「ああ、お早う。君は確か・・・。」
「はい、2か月前に入社して来たばかりの前田美幸と申します。社長、コーヒーをどうぞ。」
トレーに乗せたコーヒーを京極のデスクに置くと美幸は笑顔で返事をした。
「僕の為にわざわざコーヒーを淹れてくれるなんて有難う。」
爽やかな笑顔で京極は答える。
「い、いえ!私、まだまだ仕事で皆さんの足を引っぱってしまうばかりで・・・これ位当然ですっ!」
そしてパッと頭を下げる。
「ハハハ・・・朝から元気があるのはいい事だよ。それじゃコーヒーのお礼だ。今何か行き詰っている仕事はあるのかい?もしよければ見てあげるよ?」
「いえ!そ・そんな・・社長のお手を煩わせるなんて事は・・・。」
美幸は真っ赤になって遠慮するが、京極は立ち上がった。
「まあいいから。僕は社長でもあるけど、1人のエンジニアでもあるからね。どれ、前田さんの席に行こうか。」
「しゃ・・・社長・・・ありがとうございます・・・っ!」
美幸は両手を組んで真っ赤な顔で頭を下げた。
「ほら・・・。ここはこうすればいいんだよ。」
京極はPCのキーを叩くと、美幸に見せた。
「そうなんですね〜どうりで上手くいかないと思いました・・・。でも社長、流石は社長です!何日も行き詰っていた箇所をたった数分で修正してしまうのですから・・。本当にありがとうございます。」
「いや、お礼は別に構わないさ。仕事を覚えてくれればそれだけで十分だから・・・ん?」
その時、美幸のデスクに置かれているある物が京極の目に止まった。
「前田さん・・・。この写真は?」
「あ、あの・・実はこの間学生時代の友達と合コンして・・その時に撮影した写真なんです。」
「ヘエ〜・・・。隣に写る彼は?・・・もしかして前田さんの想い人かな?」
京極は指さしながら尋ねた。
「え?!な、何故それを?!」
途端に美幸は真っ赤になる。
「うん、分かるよ。この写真を見れば・・・それに僕の学生時代の専攻は心理学だったんだよ。その人の眼つきや行動を分析するのは得意なんだ。僕のみるところ・・・彼はこの合コンに渋々やって来た・・・そんな感じがするね・・。恐らく頭数合わせか・・強引に連れて来られたか・・・。」
「すごい!何故分かるのですかっ?!まるで占い師みたいですっ!」
「ハハハ・・だから言っただろう?僕は人間分析に長けているって。そして前田さんは彼に気があるが・・・何も伝えられていない・・・。」
「うう・・・そ、そうなんです・・・。幾ら話しかけても上の空と言うか・・・他の女子たちに対しても同じ態度で・・終いに連れて来た友人達に責められたら、『だったら俺は帰る。元々来たくて来た訳じゃないんだからなっ』って言って帰ってしまったんですよ〜!男の子たちは皆文句言ってたけど、私達はクールで格好いい!って皆でその後話題になって・・・合コンは失敗してしまいました・・・。」
しゅんとなる美幸に京極は言った。
「前田さん。君は今日僕にコーヒーを淹れてくれたから良い話をしてあげるよ。実はね、六本木に『鳴海グループ総合商社』の本社があるのは知ってるだろう?」
「ええ、勿論です。だってあれ程の高層ビルですよ?知らない人はいませんから。」
「そこで今夜18時からイルミネーションの点灯式とプロジェクションマッピングの上映があるんだ。とてもロマンチックな映像ショーなんだよ。どうだろう?彼の連絡先は知ってるんだろう?」
「え?あ・・はい。知ってます・・・。」
「そうか、なら誘ってみるといい。その際は必ず何処で行われるか言うんだよ?そして・・誰に聞いたのかは伏せておくこと?いいね?待ち合わせ場所は・・・そうだな・・。確かあそこの広場には今は水が出ていないけど噴水があるんだ。そこの前で17;50頃に待ち合わせをするといい。」
京極がスラスラと話すのを美幸は口をぽかんと開けて見ていた。
「あ、あの・・・社長・・・随分具体的例をあげてお話伺いましたが・・・本当にうまくいくのでしょうか・・?」
美幸は半信半疑で尋ねた。
「ああ、勿論。保証するよ。きっと・・・彼は来るはずだ。それじゃ、幸運を祈るよ。」
京極はそれだけ告げると美幸の席を立って自分のデスクへと戻って行った。そして椅子に座ると口角を上げた。
(よし、仕込みは完了だ・・・。大丈夫、あの男なら必ずやって来るに違いない。だが・・こんな偶然があるとは・・・。まさに奇跡だ・・・。自分の強運の良さを祝いたい気分だな・・・。)
そして京極は満足げにPCを立ち上げた—。
この日の夕方はとても寒い日となった。
「レンちゃん。大丈夫?寒く無いかな?」
社員の人達と顔を合わす事は無いが、念のため朱莉は本日はいつもよりも念入りにメイクをしてきた。
(翔さんに恥をかかす訳にはいかないものね・・。)
濃紺の品の良いベレー帽をかぶり、蓮をベビーカーに乗せてベージュのママコートを着た朱莉は少し時間が早めだったが翔との待ち合わせ場所に噴水前で立って待っていた。
「それにしても寒い・・・・雪でも降りそうだな・・・。」
朱莉が曇り空を見上げて呟いたその時・・・。
「朱莉っ!!」
突如人混みの中から自分を呼ぶ声が聞こえて来た。驚いた朱莉が振り向くと、自分の方へ向かって駆け寄って来る人物が目に入った。
その人物は―。
「え・・・?わ・・・航・・君・・・?」
気付けば、朱莉の目の前にはあの懐かしい航が立っていた。
「う、嘘・・?本当に・・わ、航君なの・・・?」
朱莉が声を掛けると、航は今にも泣きそうに顔を歪めた。
「あ・・・朱莉・・・。会いたかった・・・!」
小雪の舞う中・・・・気付けば朱莉は航に抱きしめられていた—。
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