4-1 12月のある出来事

 季節は12月に入り、町はクリスマス一色になっていた。明日香はまだ長野から東京へ戻る気配は無かった。

この頃になってくると蓮は身体に丸みをおびて、ぽっちゃりした体型に変化していた。


「はーい、レンちゃん。オムツ変えてさっぱりしたね〜。」


朱莉がベビーベッドに蓮を寝かせた。


「アーウー。」


蓮は手足をバタバタさせて朱莉を見ている。


「フフフ・・・本当に可愛い・・・。どんどん大きくなっていくね?」


朱莉は愛おし気に蓮を見ながらそっと頬に手を当ててニッコリ微笑んだ。すると、蓮が朱莉に手を伸ばして言った。


「ダーダー。」


「え?もしかして抱っこ?レンちゃん、抱っこして欲しいのかな?」


朱莉が蓮を抱き上げると、蓮は嬉しそうに笑みを浮かべて、朱莉の胸に顔を埋めた。


「レンちゃんが本当に私の産んだ赤ちゃんだったら良かったのにな・・・。」


朱莉は寂しげにポツリと呟いた。




 午後1時―


ベビーベッドで御昼寝をしている蓮の側で、朱莉はネット検索をしていた。蓮に初めてのクリスマスプレゼントを選ぶ為だ。


(う〜ん。クリスマスの頃はレンちゃんは3カ月・・・この頃の赤ちゃんのおもちゃは・・・。)


朱莉はカチカチとマウスを動かしながら様々な商品を眺めていた。その時、朱莉のスマホに翔からのメッセージが届いた。


「あれ・・?どうしたんだろう?こんな時間に・・・あ、まだお昼休みなのかも。」


あのお宮参りの日から、ほぼ毎日翔からメッセージが届くようになっていた。

メッセージの内容はいつも殆ど同じで、朱莉が今日1日何をしていたのか尋ねる内容ばかりであった。

なので朱莉は毎日蓮の報告をしていたのだが、今回の内容はいつもとは違っていた。


『朱莉さん。もうすぐクリスマスだね。プレゼントは何が欲しい?考えておいてくれないか?』


「プレゼントか・・・。翔先輩もやっぱり蓮ちゃんにプレゼント考えているんだな・・。でも、パパだから当然だよね。きっと忙しくて探せないのかも。それじゃ私の分も含めてついでに探そうかな。」


そして朱莉はネット検索を再開した。




「翔さん、どうしたのですか?先程から何かソワソワしていますけど・・・?」


コーヒーを翔のデスクの上に置きながら姫宮が尋ねて来た。


「あ、い・いや・・・。朱莉さんに・・クリスマスプレゼントは何が欲しいのか分からないから先程、メールを送ったんだ。何が欲しいか考えておいてくれって・・・。でもやはり本人に聞かないで、サプライズ的に渡す方がいいのかと悩んでいる所なんだ・・・。」


「翔さん・・・。まさか朱莉さんとの偽装婚を取り消して、本当の夫婦になるおつもりですか・・?明日香さんに何も言わず・・?」


心配気に姫宮が尋ねて来た。


「そ、それは仕方が無いと思わないか?明日香が長野に行ってから一度も連絡をくれた事は無いんだぞ?もう・・・俺にはどうしようも出来ない・・・。」


翔は溜息をつきながら言った。


「翔さん・・・明日香さんの居場所は分かっているのですから、今度の週末迎えに行って差し上げたらいかかでしょう?」


「え・・ええっ?!姫宮さん・・・本気でそんな事言ってるのか?」


「はい。そうです。ひょっとすると明日香さんは翔さんのお迎えを待っているのかもしれませんよ?」


「・・・・。」


翔は難しい顔をして考えていた。


「どうされたのですか?」


「い、いや・・・・。今迄の明日香との生活を振り返ってみたんだ・・。よくよく考えてみれば、俺は明日香に振り回されっぱなしの生き方をしていた気がする。明日香はいつも何処かピリピリしていて・・・時には腫れ物に触るような気持ちで接していた事もある。だけど・・・今はすごく気持ちが楽なんだ。明日香の時々起こすヒステリーに付き合わされることも無いし。何ていうんだろう・・・。朱莉さんは穏やかだから、一緒にいて楽な相手なんだ。だから・・・このまま明日香の事は放っておいてもいいんじゃないかと・・・最近思うようになってきているんだ。明日香だって恐らくもう俺の事なんかどうだっていいと思っているのかもしれないしな・・。」


「翔さん・・・。ですが、そこに朱莉さんの気持ちは含まれてはいませんよね?一番肝心なのは・・朱莉さんの気持ちだと思うのですが?」


「え?朱莉さんの気持ち・・・?いや・・まさか偽装婚に応じる位なんだ。これが本当の結婚に変わるのに異論はないんじゃないかな・・・?」


「私が口を挟むべき事では無いと思うのですが・・・やはり蓮君は明日香さんが産んだお子さんなのです。もう一度明日香さんとお話をしてから朱莉さんとの事は考えた方がよろしいかと思います。」


そこまで姫宮が話した時、翔のスマホが着信を知らせた。


「あ、朱莉さんからだ・・。クリスマスプレゼントの件の返信かもしれないな。」


翔は早速スマホをタップして、眉をしかめた。


「・・・何だ?これは・・・?」


「どうされたのですか?」


「い、いや・・クリスマスプレゼントのリクエストなんだが・・・歯固めのおもちゃか布絵本がいいと送って来ているんだ・・・。」


がっくり項垂れながら翔は言った。


「あ、朱莉様らしいですね・・・。どうやら蓮くんのクリスマスプレゼントのリクエストだと思ったらしいですね・・・。」


姫宮は笑いをこらえ、肩を震わせながら言う。


「そうだった・・・。朱莉さんは・・・鈍い女性だったて言う事を忘れていたよ。だけど、考えてみれば蓮にとっての初めてのクリスマスだからな・・。クリスマスホームパーティーを開いてみるのもいいかもな・・・。」


翔の言葉を姫宮は黙って聞いていた—。



一方朱莉は蓮に渡すプレゼントを決めた。


それは天井一杯に映像が広がる「お休みシアター」。可愛らしいアニメーションだけでなく、美しい星空も投影してくれる、ちょっとしたプラネタリウムのようなマシンである。


朱莉はスマホに触れて、明日香のメッセージを開いた。あれから3日に1度は明日香とメッセージのやり取りをしていたのだ。勿論翔には内緒で。朱莉は蓮の写真を、そして明日香は美しい星空の写真を送って来てくれていた。


そしてこの間のメッセージにもうすぐ東京へ戻る事を示唆した内容が朱莉の元に届いたのである。


「明日香さんは・・・長野県へ行って星空が好きになったみたいだし・・このプレゼントなら蓮君が明日香さんと一緒に住むようになった後も・・使えそうだものね。」


朱莉はネットで購入ボタンを押すと、今度は画面を切り替えて通信教育の勉強をはじめるのだった。



その日の夜10時―


朱莉の自宅にインターホンが鳴り響いた。丁度蓮を寝かせつけたばかりの朱莉は驚いた。


「え?誰かな・・・?こんな夜に・・。」


玄関まで行き、ドアアイを確認して朱莉は驚いた。何とそこには明日香の姿があったからだ。


「あ・・明日香さん?!」


朱莉は驚いて玄関のドアを開けると、そこには憔悴しきった明日香の姿があった。


「こんばんは・・・朱莉さん。突然尋ねて悪いのだけど・・今夜一晩泊めてもらえないかしら?」


「え?ええ・・・それは構いませんけど?」


朱莉は戸惑いながらも明日香を部屋に招き入れた。明日香は項垂れたまま部屋へ入って来る。そしてダイニングテーブルの椅子に座ると、肩を震わせ始めた。


「あ、明日香さん?ど、どうされたのですか?」


朱莉は驚いて明日香に尋ねた。


すると突然テーブルに突っ伏し、明日香は泣き崩れた—。









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