4-2 亀裂
朱莉は急に泣き崩れた明日香を見て驚いた。
「明日香さん?一体どうしたのですか?何かあったのですか?」
静かな声で語りかけると明日香は顔を上げて朱莉を見た。
「しょ、翔が・・・。」
「翔さんがどうかしたのですか?」
「わ、私・・じ、実は3日後に・・・東京へ戻るつもりでいたのよ・・・。」
すると再び明日香は嗚咽しながら、ポツリポツリと語り始めた―。
午後2時―
この日も明日香はホテルでイラスト制作の仕事をしていた。作業はいよいよ大詰めで星空の背景を加工する作業まで進んでいた。その時、明日香のスマホに着信が入って来た。
(もしかしたら出版社からの催促かもしれないわね・・・。)
そう思った明日香はスマホをタップしてメッセージを表示させると、相手は翔だった。
(何よ・・・全く。翔ったら・・こっちから連絡を入れるまでは一切構わないでと伝えてあったのに・・・。)
明日香は半ばうんざりしながら、内容を読んだ。
『明日香。もう1カ月以上も連絡が取れなくなって不安で堪らない。俺にはやっぱりお前が必要なんだ。頼む、愛しているんだ。お願いだからすぐに帰って来てくれないか?明日香が傍にいてくれないと頭がおかしくなりそうだ。このままでは仕事に悪影響を及ぼしかねない。一生のお願いだ。俺の側にいて欲しい。』
「な、何なのよ・・・この女々しい文章は・・・。だけど、ここまで必死にお願いされたなら流石に一度は東京へ戻らないとまずいかもね。全く世話の焼ける・・。」
明日香は溜息をつくと今迄描いていたイラスト作業を中断し、画像を保存すると電源を切った。その後、ネットで電車の時刻表を確認すると出発する為に部屋の片づけ作業を始めた—。
1カ月以上滞在していたホテルを出る時、総支配人が挨拶にやって来た。この人物はまだ30代前半とみられる男性ではあったが、中々のやり手であった。他のホテルには見られないきめ細かなサービスが明日香の長期滞在のポイントとなったのだ。
「いえ、こちらこそお世話になったわね。そうだ、これ・・・ほんのお礼にイラストを描いたの。良かったら受け取ってくれる?」
明日香は自分が描いたイラストを総支配人に手渡した。それは沢山の銀河が描かれた幻想的なイラストだった。
「おお・・・これは何と素晴らしいイラストなのでしょう・・・。このイラストを当ホテルに飾らせて頂いてもよろしいでしょうか?」
総支配人は満面の笑顔で明日香に言う。
「ええ、そうね。飾って頂けると私も嬉しいわ。このホテルは知名度も高いから私の宣伝もしてくれそうだしね。」
すると総支配人は言った。
「鳴海様、宜しければまたイラストを描いて頂けませんか?勿論ただでとは申しません。それなりのお金で購入させて頂きます。そしてその絵画をギャラリーとして当ホテルに飾らせて頂ければお互いにメリットがあると思いませんか?」
言いながら、総支配人は自分の名刺を差し出してきた。
『ホテル ハイネスト 総支配人:白鳥誠也』
「そう、ありがとう。」
明日香は名刺を受け取った。
「鳴海様、長きにわたり当ホテルをご利用頂きまして誠にありがとうございました。」
白鳥は深々とお辞儀をしてきた。
「こちらこそ、お世話になったわね。長野に来る時は必ずここを利用させて頂くわ。」
「はい、いつでもお待ちしております。」
そして総支配人、白鳥はわざわざ明日香がタクシーに乗りこむまで見送ったのである。
駅に向かうタクシーの中で明日香は思った。
(あの支配人・・・まだ若いのに中々やり手じゃない。それに何処か雰囲気が琢磨に似ていたわね・・・。)
そしてタクシーの窓から景色を眺めながら思った。またすぐにここに戻って来たいと・・。
その後、明日香は長野で温泉へ立ち寄り、午後6時の北陸新幹線に乗り、東京駅からタクシーで翔の待つ億ションへ戻って来たのだが・・・。
それは夜9時の事―
イラストの仕事も無事終わり、部屋でワインを飲みながら明日香は翔の帰りを待っていた。
すると玄関のドアがガチャリと開けられ、慌てた様子で翔がリビングへ入って来たのだ。そして明日香を見ると驚愕の表情を見せた。
「あ・・明日香・・・う、嘘だろう・・・?」
そんな様子の翔を見て明日香は思った。
(ふふ・・本当に今日帰って来るとは思わなかったみたいね。あんなに驚いた顔して・・。)
「ほら、約束通りちゃんと帰ってきたわよ?翔。」
明日香は笑顔で翔に言う。
(どう?あれ程私に泣きついてメッセージを送って来たんだから・・・さぞ嬉しいでしょう?)
しかし、翔の反応は意外なものだった。
「ど・・・どうして突然帰って来たんだ・・・?」
困ったような顔を浮かべる翔を見て明日香はカチンときた。
「どうしてですって?翔!貴方が私に早く帰って来てくれと泣きついてメッセージを送って来たからでしょう?!」
「メッセージ?何の事だ?」
翔はポカンとした顔をしている。
「とぼけないでよっ!今日私のスマホに送って来たじゃないの!証拠だってあるのよっ!」
言いながら明日香は自分に届いたメッセージを表示させて翔に突き付けた。
「!」
そのメッセージを読みながら、翔の顔色がみるみる青ざめていく。
「な、なんだ・・・?このメッセージは・・・た、確かに俺のアドレスだが・・俺はこんなメッセージ送っていないぞ・・・?」
その声は震えている。
「何ですって?翔じゃ・・・無いの?このメッセージを送って来たのは?」
「あ、ああ・・・。大体明日香は俺に言ったじゃないか。一切俺からは連絡を入れるなと・・・だから俺は約束を守って・・・。」
何故か困った表情を浮かべる翔に明日香は言った。
「じゃあ・・・誰がこのメッセージを私に送って来たっていうのよ・・・?」
「そんなのは知らない・・・大体、俺は自分のPCにパスワードだってかけてある・・・。」
「誰かにPCを乗っ取られたんじゃないの・・・?それってかなりまずいわよ?」
流石に明日香も心配になって来た。
「あ、ああ・・・。明日、朝一で手配するが・・・取りあえず警備員にケーブルを抜いてもらうように依頼しておく。」
その後、警備員に連絡し終えた後に翔は明日香の向かい側のソファに座ると言った。
「もう・・・てっきり帰って来ないと思っていた。」
「そんなはず無いでしょう?」
明日香はワインを飲みながら翔の様子を伺った。折角一月ぶりに帰って来たと言うのに、何故か翔は喜んでいないように見えた。
「ねえ・・・折角東京に戻って来たんだから、もっと嬉しそうな顔出来ないの?」
明日香はワイングラスをトンとテーブルの上に置くと尋ねた。
「・・・・。」
しかし、翔はそれには答えずに視線を合わそうとしない。
「翔・・まさか・・私にはもう戻ってきて欲しくは無かったわけ・・?」
「い、いや・・・だ・だって・・記憶喪失の間、明日香は琢磨の事を・・・。」
言いかけて翔は言葉を切った。
「な・・何よ・・・その話!それはこの間までの話でしょう?!だ、だから・・翔のそういう態度が気にいらないのよっ!」
明日香は立ち上がると叫んだ。すると今迄ならそこで謝罪していた翔が言った。
「明日香・・・俺もお前のそういうヒステリックな所が苦手なんだよ・・・。もう少し・・穏やかになれないのか・・?」
「な・・何よっ!その言い方は・・・!そう・・・翔、貴方・・・本当はこのまま私が戻って来なければいいと思っていたんじゃないの・・?」
明日香は肩を震わせながら尋ねるが、翔は無言だ。しかし、その無言こそが明日香の言葉を認めていると言う事になる。
「そう・・・それ程私が疎ましいともうなら・・・もう一度出ていくわよっ!」
幸い、まだトランクケースには明日香の持ち物が全て入っている。明日香はトランクケースを手に取ると言った。
「・・・出ていくわ、さようなら。」
「・・・。」
それでも翔は明日香に言葉をかけない。
「・・クッ!」
明日香は歯を食いしばると、トランクケースを持って・・・結局行き場が無く、朱莉の元へとやって来たのだった—。
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