3-13 翔の葛藤

 その後も朱莉と翔、そして蓮の3人で写真を何枚か撮った後、猛が加わり4人揃っての写真を撮った。



その後—


 朱莉が蓮のオムツを交換する為に、席を外していた時に猛は言った。


「翔。昨夜の話・・・ちゃんと理解したんだろうな?」


「はい。勿論です。」


「もう本人には伝えてあるが・・・お前の代わりになれる者は、まだ他にもいると言う事を忘れるなよ?」


「・・・はい、分かっています。」


翔はグッと拳を握りしめながら思った。


(あの時・・・たまたま思いついて俺が写真を手にしたのは・・この事を予兆していたのか・・・?俺はいつまでお前の影に怯えていないといけないんだ・・?)


その時―


「すみません。お待たせ致しました。」


ママバックを下げた朱莉が蓮を抱いて戻って来た。


「朱莉さん、重かっただろう?荷物持つよ。」


翔が言いながら、サッと荷物を預かる。


「え?あ・はい・・・。」


(やっぱり会長の前だと翔さん・・・すごく態度が変わるんだ・・・。)


翔の様子を厳しい目で見守っている猛の視線に朱莉は気が付いていなかった—。





「それじゃ、翔。朱莉さん、元気でな?必ず写真のデータを送って来るんだぞ?」


車に乗り込んだ後も猛は何度も念を押してきた。


「はい、大丈夫です。ちゃんと送らせて頂きます。」


朱莉が答えると、ようやく猛は納得すると言った。


「ああ、そうだ。来年は我が会社が設立後40周年を迎えるんだ。そこで代表社員だけでなく他社のCEOにも出席してもらう新年会を兼ねた大規模記念式典を開催するからな?」


(え?!記念式典?!)


朱莉はその様な話は初耳だったので驚いて翔を見た。しかし翔は朱莉に視線を合わすことなく返事をした。


「はい、大丈夫です。朱莉さんも承知しているので。」


(ええっ?!そ、そんな・・・っ!)


「そうか、それでは2人供。今度会う時は来年の記念式典だな。ちゃんと蓮も連れて来るんだぞ?」


「はい。勿論です。」


翔はにこやかに返事をするのを朱莉は呆然とした思いで聞いていた。


「それでは朱莉さん、元気でな。」


不意に猛に声を掛けられ、朱莉は慌てて挨拶をした。


「はい。わざわざお宮参りに来て頂いて有難うございました。」


朱莉は丁寧に頭を下げると、猛は一瞬笑みを浮かべた後に険しい顔で翔を見た。


「翔、上に立つ者は・・・確かに強くなくてはならないが・・・守らなくてはならない者には・・親切にしてやらないと駄目だ。分かったか?」


「はい・・承知しております。」


「?」


朱莉は何処か緊張感が漂う2人の様子を怪訝そうに見た。


「では、またな。よし。車を出してくれ。」


猛は短く言うと車の窓を閉めた。そして車はそのまま走り去って行った。


「朱莉さん。」


翔が声を掛けて来た。


「この後は何か予定が入っているのかい?」


「はい。実は六本木の写真館で午後2時からレンちゃんの写真撮影の予約を入れてあるんです。」


「ふ~ん・・・後3時間はあるな。よし、それじゃ何処かで食事でもしてから写真を撮りに行こう。」


翔は腕時計を見ながら言った。


「ええ?一緒に行かれるのですか?」


朱莉は驚いて翔を見た。


「?何故驚くんだい?それに俺がついて行くのは当然だろう?」


翔の言葉に朱莉は目を見開いた。


「で、でも・・・。」


(翔先輩が言ったんですよ・・?お宮参りは1人で行ってくれって・・だから私と出掛けるのは嫌だろうと思っていたから・・・。写真撮影は1人で行こうと思っていたのに・・・。)


「どうしたんだ?朱莉さん。」


「い、いえ。なんでもありません。それではよろしくお願いします。ところで食事の件なのですが・・・レンちゃんがいるので個室になっているお部屋か、お座敷の様になっているお店が良いのですけど。出来れば赤ちゃん連れが可能なお店でお願いします。」


「ああ、そうか。確かに言われてみればそうだね。蓮の事を考えて行動しなければいけなかったな。それじゃ少し調べてみよう。」


その後、翔がネットで『子供連れ可』のレストランを探している間に朱莉は車の中で蓮にミルクをあげていた。


(翔先輩・・・大丈夫かな・・?大分お店探すのに手間取っているようだけど・・・。)


やがて朱莉が蓮のミルクを飲ませ終って、蓮を抱きかかえていると憔悴しきった顔で翔が運転席に乗りこんでくると言った。


「・・すまなかった、朱莉さん。どうしても店が見つからなくて・・・。」


「気にしないで下さい。元々家で食事をしてから写真撮影に行こうと思っていたので。」


朱莉の言葉に翔がシートベルトをしながら言った。


「よし、ならすぐに帰ろう。俺が昼ご飯を作るよ。」


「え?翔さん・・・料理が出来るんですか?」


朱莉は驚いた。


「ああ。今は週に3日、家政婦さんがやって来て食事をまとめて作り置きして行ってくれているけど、元々料理は好きだからね。」


「そうなんですか?そう言えば九条さんも料理が得意だと以前お話してくれたことがあります。」


朱莉はそこで、アッと思った。


(ど、どうしよう・・・翔先輩の前で九条さんの話をしてしまうなんて・・・。)


しかし、翔は朱莉の考えに気付いていない様子で朱莉に尋ねて来た。


「え?琢磨が料理が得意だって?朱莉さんにそれを言ったのかい?」


「は、はい・・・。」


すると・・・。


「アッハハハハ・・・!」


突然翔が笑い出した。今迄そのような笑みを見た事が無かった朱莉は驚いた。


「ど、どうしたんですか?」


「あ・・い、いや・・。あいつは全く料理なんか作れないぞ?せいぜいお湯を沸かしてインスタント麺を作るぐらいしか出来ないんじゃないか?」


「ええ?ほ、本当ですか・・・その話・・・。」


「ああ、勿論だ。だけど琢磨の奴・・何でそんな口から出まかせを朱莉さんに・・・。」


そこまで言いかけて思った。


(そうか・・・琢磨・・・それ程朱莉さんの事が・・・。)


「朱莉さん・・・。」


翔はしんみりした口調で言った。


「はい。何でしょう?」


「琢磨の事・・・本当に悪かった。あいつは・・・朱莉さんに色々親切にしてあげていたのに・・。」


「それは、私は翔さんの代理妻だからですよ。九条さんは秘書だから親切にしてくれていたんですよ。」


「え・・・?」


翔は朱莉の答えに驚き、バックミラー越しに朱莉を見た。


「朱莉さん・・気付いていなかったのか?」


「何をですか?」


「琢磨が朱莉さんの事を好きな事に。」


「・・・。」


朱莉は一瞬大きく目を見開き・・・笑みを浮かべながら言った。


「九条さんが、私の事を・・ですか?そんな・・・あり得ませんよ。」


「え・・?」


(そ、そんな・・・あれ程誰が見てもはっきり好意を現しているのが見え見えだったのに・・朱莉さんは全くその事に気が付いていなかったのか?)


考えてみれば、翔は朱莉とこんな風に長々と話をした事は無かった。お互いの事など殆ど何も知らなかった。だからこそ・・・。


(朱莉さんが、これ程鈍いとは思わなかった・・・。でも、それはある意味朱莉さんは琢磨に全く興味を持っていないって事なんじゃないか?)


「それに、九条さんも親切でしたけど、姫宮さんもとても親切にしてくれていますから。」


朱莉の話は続く。


「そうなのか・・女性同士気が合うって事なんだろうね。」


翔は朱莉と話を続けながら思った。


(この様子だと・・・朱莉さんには好きな男はいないな。・・・最も恋人を作らないように念を押したのもあるけど・・・と言う事は、明日香が本当に俺に見切りをつけてしまうなら・・例の計画を実行しても問題は無いだろう・・・。)


翔はハンドルを強く握りしめた―。





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